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『小道』よいとこ一度はおいで

 午後のひと時。

たまには、と思い、香木を焚いて窓を開けるとすぐ外の森の香りと焚き上げた香木の香りが調和して、店内にさわやかな香りが満ちる。


そしてそれは、コーヒーの香りともまた調和して、いつもの一杯が特別な一杯に変わる。


「んー……」


その芳しいコーヒーと店内の香り。それを楽しみながらゆったりと午後のひと時を楽しもう、とそう思っていたのに――


「いやいやいやいや、どう考えてもうちの村です。」

「何言ってるんですの?便利だし、景観もいい、帝都こそ至高、ですわ!」

「あはは、若いなぁ、二人とも、いや、うちも若いよぅ?でもうちの国の方がえらい住みやすいおすえ」


三人の娘がカウンターでぎゃーぎゃーとわめいている。

午後のひと時がすっかりぶち壊しだ。


辟易しながらも、それでも「美味しいなぁ」と無理矢理コーヒーを楽しむユウ。


「ユウさんは!」

「ユウ様は!」

「ユウちゃんは~」


「どう思います!?」

「どう思いますか?」

「どない思う~?」


三人がそれぞれ別の口調で合唱してその矛先をユウに向ける。


「はぁ…」


ため息をついてしまう。


今日は本当に珍しい取り合わせだった。

ユウの目の前にはうら若き乙女がふた…うら若き乙女が三人並んでいる。


『小道』の近くの村のレッドフォックスという宿の看板娘パティ。

冒険者でウォル達のパーティメンバーでもあり、帝都貴族の三女でもあるリリー。

そして近くまできたので、と泊まりにきた東の国の『天花菜取つくしどりの銀狐』という宿の女将であるツクシ。


偶然に偶然が重なって、この三人が一堂に会することになったのだ。

最初にツクシがやってきて、その後すぐリリーがやってきて、またそのすぐ後にパティがやってきて。


三人は始めこそにこやかになごやかにちょっとした話をしていたはずだったのに、何がきっかけだったか、それぞれの故郷自慢がはじまり、それはやがて泥沼化してしまった。


ユウとしては年長者であるツクシにまとめてもらいたいと思うのだが、何故か一緒になってお国自慢を始めてしまっている。


「帝都には有名スイーツ、有名料理店ばかりでなく、民草の生活水準も高く、非情に過ごしやすいですし、各地方から集められた様々な特産品料理店がありますのよ?当然、ツクシ様のお国の料理店もございます。」

「おお…」

「それはえらい楽しそうやねぇ…」


リリーの主張に、他の二人がつばを飲みこむ。

主に有名スイーツ、というところに惹かれているようだ。


「ふふん、リリーちゃん、確かに帝都はえらい良さそうなとこみたいやけど、うちにもすい~つはあるんよぅ。和菓子、ていいはります。」

「わがし…なんだろう、とても心惹かれる名前…」


パティがまたもごくりとつばを飲み込む。


「き、聞いたことがありますわ、東国門外不出のような扱いでこちらには滅多に出てこないという幻のお菓子…甘いけど、甘さ控えめで、しかも体によくてダイエットにも…」


リリーはそこまで言って、ふとツクシを見る。

キモノ、という一風変わった服装をしている彼女はその服の上からでは正確には測りかねるが、かなりのスタイルを維持している。

細い手足、そしてその帯の締め具合からわかるウェストの細さ、対比するように盛り上がった胸。


「うぅ…」


思わず一歩引いてしまうリリー。どうやらパティもそれに気づいたようだ。

リリーをみて、自分をみて、そしてついでにユウを――


「なーに?」


眉の釣りあがった笑顔があったので、ユウのほうは見ないことにした。


とにかく、その圧倒的なスタイル、圧倒的な雰囲気に思わず神々しささえ覚えてしまう二人であった。


「うー…」


それにしてもパティは困っていた。


二人に張り合うようなものがいまいち浮かんでこない。

自分の宿はそこそこ、料理もそこそこ、あるのは観光名所くらい…そうか!観光名所だ!


「ふ、ふふん。お二人ともがすごいのはわかりましたが、うちの村も中々なんですよ?」


パティは腰に手を当てて胸を張る。


「あの村は、確かにいい村だとは思いますが…何かありましたっけ?」


小道に来るときや依頼でこの辺りに来たときは大概リリーはパティの宿に滞在するからそこそこ村のことは知っているのだが、何か特徴のようなものがあったかと思う、いまひとつ浮かんでこない。


「なにもな…」

「何もないがある、いうんは、何もないってことなんよぅ?」

「むぐ…」


ツクシに先制されてしまったパティ。

この狐のような目をした女性はふふ、と笑いを浮かべてパティをみていた。

うちの剥製にしてやろうか!

なんて思うけど、それにしても反撃の手を一つつぶされてしまった。


大人気ない、とユウはジト目でツクシを見ている。


「え、えーと、じゃあ、うちには勇者ユウさんの…」

「それはうちもそうですえ?」

「帝都はむしろ発祥の地、とすら言えますしねぇ…」

「んぐ…」


勇者ユウの滞在した、という特典はこの二人には通用しないようだ。

それに、勇者ユウの名前を出したとたん、目の前の当の本人が縮こまって顔を赤くしてしまうから、これ以上はやめよう、とパティは思うのだった。

リリーはわからないが、目の前のこの狐に似た女性はそれすらも肴にしてしまいそうな気がして、どうしても憚られてしまう。


「うー…あー…あ、登山!登山出来ますよ!最近は帝都の方でも山登りする女性が流行だっていうじゃないですか!」

「え、そうなん?…そうなんか…登山女か…ええかもなぁ」


パティの言葉にツクシが何かぶつぶつといい始めた。が、


「パティちゃん、それ間違ってる。山登りの服装をアレンジして作った服が帝都の若い女性の間で流行ってるのよ。可愛いってね…」


ピシ…!


パティの背後で何かが割れるような音がして、パティはがっくりとカウンターに突っ伏した。


「うぅ…どうせ田舎ですよ…何もないがありますよ…」

「あ、あら…」

「そんなつもりではなかったんですけれど…」


すっかり元気をなくしてしまったパティに二人はおろおろとする。


「ほ、ほらレッドフォックスっていい宿屋じゃないの…」

「有名スイーツも有名料理もないですけど…」

「う…」


リリー撃沈。


「あ、ほら何もないがあるいうんは…」

「ないものはないんですよ…」

「うぅ…」


ツクシ撃沈。


その後もどうにかなだめようとする二人だったが、すっかり闇が入ってしまったパティには何を言っても轟沈させられてしまう。


「そ、そうだ。パティさんの村が一番近いじゃない、ここから!」

「あ、せやね!これは他にない特典やと思うよぅ?」

「……そ、そうかな?」


すこし復活してきたのか、パティが突っ伏したままだった顔をすこしカウンターから浮かせた。


「そ、そうですわよ!パティさん。この『小道』のポータルはレッドフォックスしかありませんのよ?」

「そ、そうだよね。」

「うらやましいわ~、こんな美味しいコーヒーが毎日でも飲めるやなんて~」


むくりと起き上がったパティ。


「そっかぁ、うちの村には『小道』があったんだ…」

「そうですわよ!」

「せやで~」


ニコニコ顔に戻るパティ、そうしてまた故郷のいいとこ合戦が再開する。


その中で一人神妙な顔をしてコーヒーをもったまま、ぷるぷると震えているのは、誰であろうユウだった。


(観光名所じゃないけどね、お客なんてこないけどね!)


そんなユウに気づくことなく、三人娘のおしゃべりは続いていくのであった。


――ここは喫茶店『小道』


最寄の宿はレッドフォックスになります。


レッドフォックス名物は親子喧嘩、温かい家庭料理をそえて

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