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コーヒーと焼き菓子で楽しいひと時を

 開店して間もないある日、『小道』には珍客があった。珍客と言うか、客自体が珍しいというのは秘密であるが。


「客珍?」

「リン、それなんだか下品な響きがするよ」


 とにかく、この辺鄙な場所にある喫茶店に珍しく来客があった。


 やってきたのは厚手のローブにフードを深く被った格好の男で、背丈はユウよりも顔一つ分くらい高く、思わず見上げてしまう。

見上げてもフードの中の顔は見えなかったりするのだが。


「やぁ、この雰囲気。いいね!」


 入ってくるなり店内を見渡して、男は親指を上に立てた拳をぐっと突き出した。


「いらっしゃいませ、何にしますか?」

「えっと、メニューは?」

「あ……」


 そう言われてユウはすっかりメニューを用意するのを失念していたことに気付く。客がほとんど、いや、まったくといって来ないので、出す機会もなければ作る事すら忘れてしまっていたのだ。


「あはは……えっと、コーヒーですかね?」

「何で客に聞くのかなぁ」


 えへへ、と、ユウは少し顔を赤くして、照れ笑いを浮かべながら傍らにあったお盆で口元を隠した。


「それでコーヒーの他には?」


 フードの客のその声色は不機嫌とか不愉快とかそういう感じではなく、むしろ何か楽しいことを見つけたような弾んだ声だった。


「ええと…」


 口元をお盆でかくしたまま、ユウは天井へと視線だけを送る。


「ロコモコパン、フィナンシェ、ベリーケーキ」


すると、客の隣に控えていた、メモ帳と羽ペンをもった小さなウェイトレスが告げた。


「…となっております」


 視線をそらしながらユウが言葉を続けた。


 ロコモコパンは厚めに切ってこんがり焼いたバケットにハンバーグと目玉焼きを乗せた料理。

 フィナンシェは小麦粉とアーモンド粉と焦がしバターで焼き上げる焼き菓子。

 ベリーケーキはその名の通り数種類のベリーを乗せて煮詰めた砂糖水をぬったケーキの事である。


「ほほぉ、どれも美味しそうだねぇ、おすすめは?」


 フードの男はニコリと笑って――フードで隠れてユウからもリンからも見えなかったが――小さなウェイトレスに尋ねる。


「お腹すいてる、なら、ロコモコパン。甘いの苦手、は、フィナンシェ」

「ふむ、それじゃあ、コーヒーとフィナンシェをもらおうかな」

「かしこまり、まし」


 ウェイトレスは持っていた紙にさらさらと書き付けると、小走りにユウの下へ駆け寄って


「オーダー、コーヒー、フィナンシェ、いじょ」


といいながら、メモした紙をユウにつきつけた。どこか興奮しているようにも見える。


「うん、よく出来ましたー」


 メモされた紙には誤字もなく綺麗な字で、客の注文が書き付けてあった。

 それを確認してユウがよしよしとリンの頭をなでる。


「子供じゃないよ!」


 といいながらも、嬉しそうに鼻息すら荒くして撫でられるがままになっていた。


「お客さんは、どこからいらっしゃったんですか?」


 コーヒーとフィナンシェが二個乗った皿をフードの客の目の前に並べながら尋ねる。

 相変わらず表情は見えないが、コーヒーとフィナンシェの香りに嬉しそうにしているのがわかった。


「おほう、このコーヒー絶品だねぇ。僕は所謂根無し草でね、特にどこからってこともないんだけど、あえて言うなら南の方かなぁ。それにしても色んなところに行ってるけど、こんなに美味しいコーヒーは初めてだよ!」


どこか演説でもするかのように声たからかにコーヒー片手に熱弁する客。


「ありがとうございます、コーヒーにはちょっと自信があるんですよー。南からって事は南方の出身なんですか?」


コーヒーを褒められてうれしかったのか、ユウはさらに顔をぱーっと輝かせた笑顔になっている。


「うーん、南方出身といえばそうなのかもしれないねぇ、一応南で生まれたからなぁ」

「?」


少し困ったようにフードの客は頭をぽりぽりとかく。その声色に困惑の色は見えないのだが。


「南といえば、コーヒーを甘くして飲むのが主流ですよね? ミルクや砂糖をたくさん入れたりして。酸味の強い豆が特産だから――」

「よく知っているねぇ、行ったことが?」


「はい、えーっと、前の仕事が方々に行かなきゃいけない仕事で」

「そうなんだ、若いのに色んな所にいったのかな? すごいねぇ。ちなみに僕はあの甘くして飲む飲み方はあまり好きではないんだ。どちらかというとブラック派でね。たまに甘いのも飲みたくもなるんだけれど、でも、ホイップ入れたり砂糖ぶち込んだりするのはどうもあまり好きになれなくてねぇ」


 そうして、すっとコーヒーを口に含む。その所作は、なんだか優雅で、上品なものに感じられた。


「そう、これ、この苦味こそコーヒーって感じがしてね。時に酸味が強かったり、苦味が強かったり。酸味も好きだし、ミルクや砂糖と混ざってマイルドになった苦味もいいけれど、やはり、コーヒーそのものって感じの苦味が僕は好きだねぇ」


 大げさにカップを持った手を大きく広げたかと思うと、慎重に且つ大胆に、そのカップを口元へと運んでいき、飲み干してしまった。


「そして、このコーヒーは――ほどよい苦味、控えめな酸味。丁寧に挽かれた豆は、刺すような苦味ではなくて、口の中をまるでマッサージしてくれるような刺激に落ち着いている苦味。まさに絶妙!」

「はぁ……」


 あまりに大げさな身振り手振りに、ユウは少し呆気にとられていたが、ともあれ自分の淹れたコーヒーを気に入ってくれたのは間違いなくて、しかもあまりに大げさに褒めてくれるものだから、次の瞬間には照れてしまっていた。


「そして、このフィナンシェ! 実にこのコーヒーに合う! アーモンドプードルを少し多めに使って、砂糖は控えめ、焦がしバターの作り方はまさに懇切丁寧! コーヒーの香りと苦味に、フィナンシェの香ばしさがマッチして、いくらでも口に入りそうになる!」


 その言葉に、今度はリンが反応する。表情こそ変わらないように見えるが、頬が少し赤くなっているのが見て取れた。


「これは、この子が作ったんですよー」

「ほう! ほう! すばらしいな!」


 男は無表情――に見える――な小さなウェイトレスに視線を移すと、またも大げさな口ぶりと手振りで絶賛した。


「ふつう」


 そういうリンの顔はいよいよ真っ赤になりそうになっていた。


(あれ?)


 その光景を笑顔で見守っていたユウだったが、何か、小さな違和感を覚えた。

 しかし、それが何なのか、自分でもわからなかったし、目の前の客は自分とリンの事をしきりにべた褒めしてくるしで、いつの間にかその違和感はどこかへ行ってしまった。


 ところで、フードを深く被って、店内だというのにそれを外さずにいる客について、ユウやリンが怪しんだりしていないのかというと、この世界では珍しいことではない。

 宮廷魔術師もそのほとんどがローブにフードだし、冒険者の中にはただ「謎めいた自分の演出」という理由で好んでそういう格好をしているものもいる。

 「謎めいた自分の演出」というのはユウにはよくわからない事だったが、そういう矜持を持った人も少なくないらしいくらいには見かける事はあった。

 それに宗教的な理由や、高貴な人のお忍び、その他もろもろ様々な理由で、ローブにフードという姿はそうそう珍しいものではないし、フードで表情や顔を隠すこともそんなに珍しいことでもないのである。


「いやぁ、いい時間をすごさせてもらったよ。ありがとう。」


 フードの客は立ち上がると、金貨を一枚カウンターの上に置いた。


「えっ? あの、お客様、それは多すぎますよぅ」

「へ? いやお釣――」

「ふぁっ!?」


 よく見る光景だったし、話の流れとか、さらには自分も昔は普通にやっていた事だったのだが、大きな勘違いだった事に気づいて、ユウは見る見る顔を真っ赤に染めてしまう。


「す、す、すみません。えっと、御代は――」


 あわあわと、慌てているユウを見て、フードの男は思わず噴出してしまった。


「あははは、ごめんごめん、冗談だよ。これは楽しませてもらったお礼だからね、大丈夫だよ、受け取ってくれるね?」


 ケタケタと意地悪く笑ったが、嫌味な笑い方ではなかったから、ユウもちょっと安心した。それでも、紅潮した頬はしばらくもどらなかったが。


「立地もいい、自然の中に溶け込むようで、それでもここにあるという雰囲気、何よりコーヒーがおいしい。また来るよ」


 フードの客はそういい残して店を後にしていった。




「楽しいお客さんだったねぇ」

「ん」


 フードの客はにぎやかで、ユウのコーヒーやリンのお菓子をべた褒めしまくって、まるで嵐のように去っていったが、何だか二人は心地よさを感じていた。


「お客さんも、楽しんでくれてたみたいだし」


 自分達が味わった楽しさ、心地よさをあのフードの客も味わってくれてたらいいな、とユウはそう思う。


 楽しい時間はあっという間に過ぎていくし、楽しければ楽しいほど、別れはさびしくなるし、名残惜しくもなる。

 しかし、なんだかあのフードの客は心地よさだけを残して去っていった。


「また来てくれるといいね?」

「うん」


ユウの笑顔に、珍しくリンも笑った。




世界の片隅、山と森の狭間にある喫茶店『小道』


そこにはとびきり笑顔の店主と、小さなウェイトレスがいる。


お勧めはコーヒー、お茶請けには小さなパティシエの作った焼き菓子を添えて。



時系列はバラバラです。

一応、今回は開店して間もないころの時間になってます。

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