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エントリーナンバー2

「へへ~」

「ふふ~」


ベッドの上で、二人の少女がニヤニヤと笑いあっている。

その二人の間には一匹の子犬と、一人の少女。


子犬はすでにげんなりとしており、片方の少女の膝の上でうつぶせの大の字になって横たわる。

少女の方はジト目のまま、そんなキャニの姿をじっとみている。

もちろん少女も、もう片方の女性の膝の上だ。


「でさ、トリシャ姉――」

「へ~、あ、でもユウさん――」

「ええー、そうなの?そしたらパティちゃんは――」


喫茶店『小道』の営業は終了している。

昼間からずっといるパティとトリシャは、ずっとリンとキャニを離そうとはしなかった。


「このままじゃ、営業に支障がでちゃうんですけど…」


ユウが苦笑いを浮かべるが、


「お客さんなんてきませんよー」

「いいじゃないですか、お客さんいませんし、きませんし。」


パティとトリシャが満面の笑顔で言うのだ。


その言葉にユウも口をパクパクさせて返す言葉も出てこない。


しかもパティもトリシャも「ねー」と顔を見合わせてそれぞれお気に入りの「お人形」とか「ぬいぐるみ」のような(・・・)、膝の上に抱いているものを思い思いに愛でる。


その膝の上のリンにせよ、キャニにせよ、最早光を失った焦点が合わなくなった目をして、されるがままになっていた。

流石に、休憩が必要そうだと思うのだが、パティもトリシャも一向に二人を放そうとしない。

いくら二人が可愛いもの好きだとはいえ、少しばかり異常にも思える。

最初はご指名があって羨ましい、とかそんな事を思っていたユウだったが、段々膝の上の二人がかわいそうに思えてきた。


もしかしたら二人は何かにとり憑かれているのかも知れない、と思ったユウだったが、魔力の流れなどを調べても異常は見当たらない。

行き着いた結論は――


「本物かぁ…」


思わず呟いた。

その呟きにパティとトリシャはきょとんとしている。

コーヒーとお茶菓子を、ガールズトークに乗せて、つまみはリンとキャニ。


そしてパティからでた「お泊まりしたい」の提案を了承すれば、そこからまた日が沈むまで乙女達のおしゃべりは尽きることなく続くのであった。


――で。


ユウも開き直ってしまう。

夕食を五人で済ませ、喫茶店を閉めると、今度はユウの寝室でガールズトークの続きが始まる。

それにしても、どうしてこんな実のない話を延々と続けているのだろう、とユウ自身も不思議に思うくらい話題が尽きなかった。


「も、もうだめ…かんべんしてぇ」


そこで、キャニがついにギブアップして喋って(・・・)しまった。


聞きなれない声に、パティとトリシャが一瞬固まる。


「え…今の誰?」


と、パティがきょろきょろと周りを見渡す。


「私じゃないよ?」


同じようにトリシャもキョロキョロとする。


「ここだよ、ここ…疲れたよぅ」


パティの膝の上でくったりとしたままキャニが喋る。


「な…」

「え…」


声の主を確認した二人は、またも固まった。

キャニは疲れて溶けてしまった思考回路の中で、こうやって正体をばらしてしまえば、きっと怖がって解放されるだろう、そんな事を考えていた。


恐れ多くもウォードッグ族の末裔である。

人間が自分を恐れないはずがない。


「ふへ…ふはは…」


そんな事を思いながら思わずへたれた笑い声をもらしてしまうのだった。


それが完全な間違いだとは一切思わずに――


「トリシャ姉」

「パティ…」


二人は顔を見合わせて、パティの膝の上の子犬を見つめる。


キャニの頭の中には、逃げ惑う二人の姿が浮かんでいるのだろう。

「ふへへ」とだらしない声を上げながら舌をべろんとたらしていた。


「か、か、可愛いーーーーーーっ!!」

「ふにゃ!?」

「やばっ、これやばっ、初めてリンちゃんに会った時以来の衝撃だわ…何この可愛い生き物…」


パティが思い切りよくキャニを抱きしめて、思わず犬にあるまじき声をあげてしまうキャニ。

そして完全に瞳孔が開いたトリシャは両手をわしゃわしゃとさせてキャニへとその手を近づけていく。


「…いまだ。」


リンがぼそりと呟いて、トリシャの膝の上から脱出し、そのままユウの隣へと座る。二人からは隠れるようにして。


そして本日二度目のキャニわやくちゃショーが始まった。


キャーキャーと騒ぎ立てながらパティとトリシャはキャニを力の限り抱きしめ、撫で、高い高いとかして、愛でる。

そうしてしばらくされるがままのキャニであった。


「もーう!げんかーーーい!!」


だが、そこで突如キャニが声を張り上げる。

次の瞬間、キャニの体が光を放ち始め…


「おっ、おっ、なんだこりゃ!?」


当のキャニ本人でさえ驚いている。

当然、キャニを愛でていたパティもトリシャも驚いてベッドの上で光り始めたキャニの姿を呆然と見つめた。


光はより強くなって、球を作り出す。

直接見ていられないほどまぶしい光だった。

薄目で状況を何とか見ようとするパティとトリシャ。

ユウもまた驚いてその様子を唖然とみている。


やがて光は形を変えて、子犬がいたはずのそこには、光を放つ人型の姿があった。


「何が…何が起きたの?」


ゆっくりと光は収束して、やがて消える。

そこには一人の少女の姿があった。


「お…おお!やった!人化できた!!ユウ!みてみて!」


そのままユウに飛びつくように抱きつく少女。


「へっ、えっ、キャニなの?」


ユウの視界には白い肌の肩と、長い茶色の髪、そしてお尻から伸びた茶色いふさふさの尻尾が見える。

その尻尾はぶんぶんと激しく振られていた。


「キャニだぜー!みてみて!初めてできた!!」


ユウから離れると、キャニはユウの前に仁王立ちになる。

その姿に、一瞬呆気にとられたユウだったが、すぐにはっとして立ち上がり、クローゼットに走った。


「ん?」


そのユウの行動が不可解で首をかしげるキャニ。


「とりあえず、キャニ、これ着よう。」


ユウはクローゼットから引っ張り出したポンチョのような服をキャニの頭からすっぽりとかぶせた。

そう、キャニは裸だったのだ。


背丈はユウと同じくらい、全身すらっとしていて、無駄な肉が見当たらない。

いや、二つの大きな肉の塊がぷるぷるとゆれていた。


「あ、そっか、服きないとね!」


ニカッと犬歯を見せてキャニが笑った。


「……あたしより…でかい…」


その様子を呆気に取られてみていたトリシャがぼそりと呟いて、自分の胸に手をおいてぽむぽむとする。

パティはキャニの変わり果てた姿に、言葉を失って目を見開いている。


ユウはというと、なんだかあきらめたような顔をして苦笑いを浮かべていた。


そして――


「ずっ……」


ユウの横でそのやり取りを見ていたリンが、ぶるぶると体を震わせて俯いている。


「ず、ず、ず…」


ぐっと拳を握り締め、きっとキャニを見上げた。その目には涙さえ浮かんでいる。


「ずーーーるうううーーーーいいいいーーー!!!」


夜の『小道』にリンの絶叫だけが響き渡るのであった。

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