エントリーナンバー1
「へへ~」
「うふふ。」
だらしない顔をして、二人の少女がすりすりとしている。
すりすりとされているその茶色の毛玉のようなそれは、何かを訴えるように視線の先の人物を見つめている。
その視線の先の人物は困ったように苦笑いを浮かべるばかりだ。
苦笑いも素敵だけれど、それは今何の助けにもならない。
と、手足をジタバタとさせる。
「かーわーいーー!」
「こらこらー、あばれちゃだめでちゅよー」
片方の少女がぎゅっと抱き寄せて、もう一人は執拗に頭を撫でてくる。
すっかりもみくちゃにされてしまっているのは喫茶店『小道』のナンバー2看板娘、キャニだ。
そして、もみくちゃにしているのが宿屋『レッドフォックス』ナンバー1看板娘のパティと、パティのナンバー1幼馴染のトリシャだ。
そして喫茶店『小道』のナンバー1看板娘であるところのリンは、その三人の様子をジト目で見ている。
キャニとユウの静かなやり取りをみて、そういえば以前、自分もあの二人にもみくちゃにされて、ユウに助けを求めたけれど無駄に終わったことを思い出した。
ふっと覚めたような笑いを浮かべて、リンはカウンターに頬杖をついた。
「寂しいの?」
そんなリンにユウが微笑みかける。
「は?」
ユウの言葉の意味を解さず、首をかしげるリン。
「さみしいんでしょー?二人がキャニに構いっぱなしだから」
「ちがう」
ジト目をしてユウをにらむと、リンはきっぱりと言い放ち、再び頬杖をついてそっぽを向く。
「ふふん」
「何その笑い。」
コーヒーを淹れながら目を細めてリンを見るユウ。なんだかその含みのある表情にリンは眉をひそめる。
「なんでもないよー」
とぼけたようにニコリと笑うユウだったが、リンは納得していない。
「いや、何か考えてる。」
「いいえ、何も。」
「ちがうよ」
「そうかいそうかい」
それでもユウのニヤニヤは止まらないのであった。
それからげっそりとしたキャニを抱きかかえたままで、パティはカウンターに、そしてトリシャはジト目のままのリンを膝にのせてパティの隣に座った。
そんな二人はいつにもまして満面の笑顔を放っている。
「追加料金いただこうかなぁ、指名料とか。」
そんな四人の様子にユウはぼそりと呟いた。
「『小道』のナンバー1ウェイトレスは、リンちゃんで決まりですね。」
目ざとく、いや耳ざとくユウの言葉を拾ったトリシャがやはりニコニコ笑顔で言い放つ。
「何言ってんの、トリシャ姉。キャニちゃんだって可愛いもん。」
「やっぱり指名料とろう。」
二人の会話に決意を秘めた目のユウ。
「まって、ユウさん。まって!」
「汚いなさすが勇者きたない」
「まちませんし、きたなくありませーん」
つーんとすましてユウはコーヒーをカップに注ぎながらそっぽを向いた。
(あれ?ユウさん拗ねてない?)
(…そうかな?そうかも。)
(トリシャ姉がきたないとかいうから。)
(いや、そこじゃないと思うんだけど。)
二人がリンやキャニを可愛がってくれて嬉しいと正直に思うのだが、ユウは美少女リンと推定美少女のキャニに対して、多少なりとも対抗心もあるのだ。
別にパティやトリシャに可愛がってもらいたいとか、そういうのではないが、それじゃあ、自分を指名してくれるのは誰だろう、なんて考えてしまった。
妹とか娘みたいな二人と何張り合ってるんだろう、とは思うのだが、そのとき、いやな想像がユウの脳裏をかすめていく。
「おめでとう!リン!」
拍手喝采のなか、階段を下りてくるリン。
すっかり大きくなったリンは艶のある黒髪に、薄く化粧をして、この世のものとは思えない美しさで、純白のドレスを纏っている。
紅い瞳と、薄く引かれた口紅が白い肌とドレスにすら映える。
そして、その隣にはとても素敵な男性の姿が。
「次はユウの番だよ!」
そういってニコリと笑ったリンはブーケをユウに向かって一直線に投げてよこすのだ。
そして幸せそうな二人はユウや仲間の見送りの元、豪華な馬車に乗り、去っていく。
(いや、まぁ、リンは、うん。)
その日が楽しみなようで、怖いようで。
その時自分にもそういう人がいるといいな、なんて思いつつ、想像の中でさえ
「次はユウの番だよ!」
なんて言われてしまっているのだ。
自分の男っ気のなさは自覚すらあるが、自身の想像の中でまで、となると、
「これは酷い」
と思うのである。
トリシャの膝の上でジト目のリンからキャニへと視線を移す。
「おめでとう、キャニ!」
―中略―
リンとその夫とユウの見送りの元、豪華な馬車に乗り、去っていく。
リンは2児の母になっていた。
「ああああああああ!!」
「ちょ、ユウさん!?」
「だ、大丈夫ですか?」
突如として奇声を発したユウに驚いて、パティとトリシャは立ち上がる。
この一瞬の間に一体何があったのか。
「…………だ、大丈夫…」
(じゃないかも)
ぜはーぜはーと息を整えながら、ユウはあらかじめ淹れてあった自分のコーヒーを一気に飲み干した。
「ところで、ユウさんユウさん。」
コーヒーを一気に飲んで、息も整ってきたところに、パティがキャニを抱きしめながらニコニコしてユウを呼ぶ。
「どしたの?」
その隣ではトリシャがこれまたニコニコ笑顔でリンを抱きしめながらもパティよろしくユウを見つめている。
「いや、私はね、ユウさんがいいならって。」
「?」
トリシャが突然支離滅裂な事を言い始めたので首をかしげるユウ。
「ちょ、トリシャ姉。まってちゃんとお願いするから、慌てないで。」
そのトリシャは目をぱちくりしながら、膝の上のリンを何度も何度も撫でている。
理由はわからないが緊張しているようだ。
そのトリシャにパティが苦笑する。
「いや、実はですね。」
改めてユウに向き直ったパティが真剣な眼差しを向けながら口を開いた。
「今日、泊めて欲しいんです。」
「へ?」