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犬族の祀り 後

松明をもった複数の人間が厳かに列を作り、練り歩いていく。


松明の行列の道を作るように囲む人々は、その松明の灯りでのみ照らされている。

それ以外に灯りはなく、また行列を見守る人々もシンと静まり返って、彼らの歩く音以外は聞こえてこない。


行列の中ほどには揃いの伝統装束を纏った三人の少女がいる。


(キャミがきたよ!)


ユウに抱きかかえられていたキャニが首を伸ばしてユウに耳打ちする。


(え、どれ?)

(まんなかの!)


三人の中でもより目立つ衣装をきた真ん中の娘をキャニが指差す。


(かわいいねぇ~)

(だろう?)


三人の娘は皆可愛らしかったが、特にキャニには自分の妹は可愛く見えるらしい。

ところで、ユウが一目でキャミだとわからなかったのには理由がある。

行列の中心でもある三人の娘は"妖精"役で、皆の願いを神に届ける役割があるのだが、その三人ともが人間の形をしていた。

ユウが最初にキャミとあったのは、子犬の格好であったため、わからなかったのだ。


話によると、この祭りのときだけ全ての妖精役の子供は、人化する決まりになっているそうだ。

人化できないものは、魔力のこもった魔法アイテムを借りて祭りの間だけ人化する。


(キャニも人化したの?)

(したよー!)


キャミをみると、やはり整った顔立ちと、すらりとした体型、そこに祭り用の化粧をして紅をさしているから、子供の幼さと、化粧による綺麗さがアンバランス感があるが、それが松明の灯りに浮かび上がって、妖艶というか不思議な美しさをみせている。

キャニもこういう顔立ちなのだろう、とユウは思って、次の瞬間がっくりと首をうなだれた。


(うちの店には美少女が二人もいる…)


思えば、キャニの母である族長夫人もまた綺麗な顔立ちをしていた。

キャニにもまた、人化すればきっと美少女となるのだろうと、そしてそれは二大看板娘を得ることにもなるのだが、看板負けしてしまいそうで、思わず辟易しそうになるユウであった。


厳かな行列は続き、やがて天高く積み上げられた木の塔の前へと到着する。

行列の道を成していた人垣もまた、彼らの後ろに続いて、塔の広場へとやってきた。


三人の妖精役の娘が塔の前に設置された祭壇に立ち、跪いて祝詞を唱え始めた。

つづいて、行列の者もそれに続き、人々がそれを見守る。


甲高い声で祝詞の最後の部分が読み上げられると、三人の娘は同時に松明を塔に放り込む。


刹那――


塔の下の部分が一気に燃え広がり、松明の灯りしかなかった広場がにわかに明るくなる。

つづいて行列の者も松明を燃え盛る炎めがけて放り投げた。


燃え盛る炎を背負って、族長が祭りの開始を宣言する。

そこでようやく、そして一気に広場は喧騒に包まれた。


炎の塔の間では、さっきの三人の娘が奉納の舞を踊っている。

その舞に歓声がおこり、広場の端では食べ物を扱った屋台が設置されていて、呼び込みの声が聞こえ始める。


「この祭りはですね、ウォードッグ族が闇を恐れ、闇と戦った伝説に纏わる祭りなんですよ。」


いつのまにか横に立っていたフーディが炎の塔を眺めながら呟く。


「フーディさん。詳しいんですか?」

「まぁ、聞いた話ですけどね。かつてウォードッグ族の先祖である犬族が、光を守るために篝火を掲げ、夜を徹して光を守り抜いた、という伝説があるんです。夜の間も消えない光を模す為にこの巨大な塔が作られるようになったとか。そして妖精は光の化身、というわけですね。」

「そういうの無駄に知ってますよね、フーディさん。」

「うふふ」


ユウの感心してるんだか、あきれてるんだかいまいちわからない評価にフーディはニヤリと笑った。


「そういうところは、尊敬できる。」


ユウの隣でリンもしきりにうなずいている。


「リンリンに尊敬してもらえるなんて、嬉しいですね!」


ばっと両手を広げて、喜びを表現しようとするフーディ。


「そういうとこ、だけ。」


そんなフーディをジト目で射抜くリンに、フーディも頭をかいて苦笑していた。


炎は勢い良く燃え盛り、その勢いに負けじとウォードッグ族達は雄たけびをあげたり、騒いだりと炎の前で宴会が始まる。

キャミもその役目を終えて、今は家族と一緒に宴会の中心にいた。

ユウがキャニも行かなくていいのかと問うが、


「俺は今家をでている身だし、妖精役をやった子はとーちゃんとかーちゃんを独占していいんだぜ。」


へへん、と胸を張るキャニ。

寂しくないわけではないだろう。けれど、今日は大役をこなした妹のキャミが主役。

妹慮るキャニは、まだ幼いとはいえお姉さんなのだ。


「そっか、えらいね、キャニは。」


ユウがニッコリと笑ってキャニの頭をぽふぽふとなでてやる。


「えっ、いや、ふつうだよ!ふつう!」


といいながらもニカッと犬歯をむき出しにして笑った。




やがて塔がすべて炎に包まれて、巨大な炎の柱となる。


これだけ大きな炎が灯れば、熱さも凄いし、燃え尽きた塔が崩れたりするのではないかと心配になるが、その辺は魔法で強化されていたり、よく計算されて木が積み上げられていたりして、崩れる危険はないと族長が説明してくれた。

暑さだけはどうしようもないが、その所為でよく冷えた麦酒や、果実をしぼったジュースなどが飛ぶように売れていた。


(アイスコーヒー…今度売れるかな…?)


少し商売というものがユウにもわかってきたのだろうか。

あるいは、自分のコーヒーを飲んでもらいたいという気持ちからかもしれなかったが、飛ぶように売れる麦酒やジュースをみて、ユウは次回は"喫茶店『小道』"として参加する事を固く心に誓うのであった。


しばらく炎を見ていたユウだったが、フーディが一緒に村を回ろうかとお誘いをくれた。けれど、その誘いは他のウォードッグ族にフーディが連れ去られる形で有耶無耶となった。


「ああっ、ぼ、ぼくはユウちゃんと…!」

「ほーら、先生ももっと飲んで騒いでー!」

「ゆーうーちゃーーん」


手足をじたばたとさせるフーディだったが、両脇を屈強なウォードッグ族にがっちりと挟まれて抵抗むなしく連れ去られていってしまった。


呆気にとられて見ていたユウだったが、フーディの姿が見えなくなった頃にようやく我に返って乾いた笑いをこぼすのだった。


それから、炎の広場から少し離れた小高い丘で、ユウ達は座って炎を見ていた。

キャニはリンの膝の上で寝息を立て始めている。


力強く燃え盛る強い炎は、少しの風でもその姿を変えず、まるで美しい炎の精霊の髪が風になびくように火の粉を少し散らずばかりだ。

炎の精霊の舞は続く。


星たちは彼女を恐れたのか、その輝きはとても弱く見える。

月ですら、その舞に見惚れてしまったのか、彼女の前ではその輝きがかすんでいる。


彼女が照らす街、今このときだけは彼女はこの街の太陽だといわんばかりに街々を明るく照らしている。

その光は力強く、それでいてとても優しく。

子供たちを守る母のように、穏やかに街を包み込んでいく。


小さなウォードッグ族の子供が妖精役の真似をしてぎこちない舞を舞って、その様子に親たちが目を細める。


フーディ達男衆が酒を酌み交わし、豪快に笑い声を上げている。


女性たちは談笑しながらごちそうをつまみ、あるいは膝でまどろみ始めた自分の子供をなでている。


まだ元気な子供たちは、広場を走り回ったり、露店を回ったりしてはしゃいでいる。


恋人たちが炎の目の前で見つめあい、決意を秘めた男は女に永遠の愛をささやく。


老齢のウォードッグ族達は炎の塔を見上げ、祈りをささげる。


族長もまた、炎の精霊のように強く、優しい眼差しでそんな皆を見守っていた。


皆が思い思いに過ごして、夜は更けていく。


やがてリンもまたユウに体を預けるようにしてまどろんでいった。

ユウはふわりと微笑んで、リンの髪を梳くように撫でる。

安心した顔をしてリンは静かに寝息を立てていた。


子供たちもリンやキャニのように親に寄りかかって眠っている。

親たちは皆一様に優しい顔をして、子供たちを見守る。


それを炎が見守る。


やがて力尽きて、燃え尽きるまで――


太陽が昇り、皆を託すその時まで――


炎はその舞を力強いものから、静かな舞いに変え、皆を優しく照らしながら、その時を待つ。



――朝が来る


太陽が顔を出して、ウォードッグ族の間からときの声が上がった。


その声に微笑むように、最後に一度炎は力強く燃え上がって、やがて消えた。



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