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犬族の祀り 前

「なぁ、ユウ。里帰りしたいんだけど…」


今日の『小道』は、なんと午前中にお客様を迎えていた。

パティの村の隣村から、パティの村へと行商するための一行が『小道』で休憩を取ることとなったからだ。

既にこの二つの村では周知されていて、そこからお客がやってくることも珍しくない。


珍しくない…というか、客が来ること自体は珍しい事なのだが、やってくる客の面子は大概同じなので珍しい客ではない、という意味である。


この、行商のためにやってきた客で一時店は騒然とした。

ユウはコーヒーと、希望者に軽食を、リンは追加で菓子を焼き、キャニはカウンターの傍でゴロ寝をして客に愛想を振りまいていた。

ユウはキャニを普通の子犬として紹介していたので、客たちの前でキャニが喋る事は適わない。


とにかく、時々犬のように振舞って、けれどゴロ寝をする様はどこぞのおじさんのような雰囲気を纏っていたがユウは気にしない事にした。

この、キャニの事がやがてパティとトリシャの耳に入り、一騒動起きるのだがそれはまた別の話。


ともあれ、客が捌けて一段落したところへ、キャニが里帰りをしたいと言ってきたのだ。


「…ホームシック?」

「ち、ちがわい!いや…えとね、ユウ、近くウォードッグの祭りがあるんだよ。」

「へ~、祭り?」

「うん、何年かに一回やるんだけど、確か今年がそうなんだ。」

「なるほど、どんなお祭りなの?」


ユウの記憶では、お祭りといえば、帝国隣国国王の誕生祝賀パレードや、ツクシの国で定期的に行われているお祭りのイメージがある。

ユウが育った村でも収穫祭はあったが、こじんまりとしていて、どちらかというと規模の大きいホームパーティといった様相だったから、最初にツクシの国のお祭りを見たときは驚いたものだ。


キャニの説明によれば、「でかい火を倒して、願いがかなう」という要領を得ないものであった。

でかい火と言えば、ツクシの国の神火を思い起こすが、あれとはどうやら趣が異なるように思える。


「火の周りではウォードッグ族の子供が妖精役をやって願いを叶えるようにウォードッグ族の神様に祈りと踊りをささげるんだ。」


目をキラキラとさせてキャニが語る。

こういうところは女の子なんだなぁ、とユウはニコリと微笑んだ。


「里帰りするのは全然かまわないんだけど…」

「けど?」

「私たちもそれいってもいいのかな?」

「え?」


ユウの言葉にキャニは丸い目をさらに丸くさせた。


--------------------


星空の間を縫うように抜けていく一筋の光。

それは地上から見れば、点滅するようにキラキラと現れては消え、消えては現れ。


「ウォードッグ出撃だぜー!」

「なにそれ?」


二回目の夜間飛行にキャニが叫ぶ。

それが聞こえたリンがジト目で、抱えているキャニを見る。


「ウォードッグ族の伝説で、いつか空を飛べるウォードッグ族が現れたらそう叫ぶことになってるんだ!」

「なにそれ。」


キャニによる説明にならない説明が始まる。

黒い悪魔がどうの、ウォードッグ族の伝説がどうの、と。

断片的でとりとめもなく、うろおぼえな昔話を聞かされてリンはちょっとげんなりとしている。

キャニのお話は目的地につくまで延々と続くのであった。


ウォードッグ族の村は南の魔族領のさらに東側に位置していて、深い森の中にあった。

森は広大で、ウォードッグ族のほかにもいくつかの種族も住んでいるとのことだ。


月光が森の表面を優しく撫でるように照らしている。

高度を落としたユウ達の眼下には樹海が広がっていた。

しばらくそのまま森の上を飛行していると、前方に巨大な影が見えてきた。


「あ、あれあれ!」


キャニがその巨大な影を指差しながら叫んだ。


「なんだあれ…」


前方の彼方に、巨大な塔のようなものが見える。月明かりがなければ、このままぶつかっていたかもしれないくらいの大きさで、森の中からにょっきりと顔をだしていた。

空を飛びながらその巨大さにユウはあんぐりと口を開けてしまっていた。


やがて森が開ける。


その巨大な何かを取り囲むようにして木々が取り払われ、代わりに木作りの家々が見えてきた。

ひっそりと篝火がたかれていて、その灯りは空からでは森に隠されて見えなかった。

灯りの間を動き回る複数の影を見とめて、ユウ達はその家々の一角へと降り立った。


空から飛んできた、となると大概驚かせてしまうので、闇にまぎれてなるべく暗がりを選んで降り立ったつもりのユウであったが、一つ失念していた事があった。


「おい、空から女が降りてきたぞ!」

「なんてこった、親方!」


すぐ近くからそんな声がして、すっかり目撃されていたことに気付く。

ここが人間の村であれば、見られている可能性は少なかったかもしれない。

けれどここはキャニの故郷、ウォードッグ族の村なのだ。

獣の加護を受けている魔族は多くの場合夜目が効く。

上から見た街並みにすっかり油断していたユウはその事を完全に失念していたのだった。


間を置かずに、ユウたち三人は周りを取り囲まれていた。


「人間か…?」

「いやまて、あれは…オーガ族の娘だ。」

「何?じゃあ、大きい方もそうか?」


ユウ達の周りを取り囲んでいるウォードッグ族の面々は空から降りてきたユウ達にしきりに騒いでいる。

全て魔族の言葉で騒ぎ立てているのだが、ユウもリンも、勿論キャニもその言葉を理解できる。

そのウォードッグ族だが、皆ユウよりも大きな体をしているが、その姿は人間のそれとあまり変わらない。

違うのは、魔族の言葉を喋り、犬の耳を持ち、犬の尻尾をうしろになびかせている事くらいか。


「あれ…キャニ?」


取り囲むウォードッグ達の間から女性の声がして、囲みの間からすこし小柄な女性のウォードッグがひょこっと顔をだした。


「あっ、かーちゃん!」


キャニはその姿をみるなり、リンの腕から、だっ、と飛びだして駆けていく。

女性は飛び出してきたキャニを抱きとめる。


「おまえ、どうしたんだ?フーディさんと一緒に行った筈じゃ?」

「そうそう、フーディに連れられて今あの人んとこで居候してるんだ!」

「居候…?」


キャニに母と呼ばれたその女性は、キャニとユウたちの顔を見比べると、首をかしげる。

そこへまた、別のウォードッグがキャニとキャニの母の前にたち、鋭い眼光でユウとリンを見る。


「どうやらキャニが厄介になっているようだが…どういうことなのか説明していただきたい。」


凛として、威厳のある声がそこに響き、厳しい目線がユウとリンを射抜く。

だが、そこに敵意がないことにユウは気付く。

目の前の男は何者であるかはわからないが、今は状況の説明をする他はなさそうだと、ユウは抱えていたリンを降ろし、けれど確りと抱きかかえて男に向き直った。


「おやおや、なんの騒ぎですか?」


そこへ突然、場にふさわしいとはいえない軽快な声が割り入ってくる。


「あれ…ユウちゃんじゃないですか?それにリンリンも。」


ウォードッグ達の囲みの間を抜けて顔を出したのは、怪しげなフードだった。


「は?」


フーディの出現に間の抜けた声を上げたのは、誰あろうユウ達の目の前に立ちはだかっていた男だった。

さっきの威厳のある声からは想像もつかないほど気の抜けた声だった。


――それから。


フーディの計らいで、ユウとリンはキャニの家へと招かれた。

「立ち話もなんですから」と気軽に言うフーディだったが、ウォードッグ達は何故か彼の言葉を無視できないようで、キャニの実家でもあり、同時にその男の家でもあるここへと案内されて来た。

道すがらのフーディの話では、先ほどの男はウォードッグ族の現族長であり、キャニはウォードッグ族の族長の娘だったらしい。

といっても五番目の子供であるらしく、次期族長だとかそういう政治的なものは何もかかわりがない。

それ故にフーディに預ける事ができたのだろう。

ウォードッグ族のしきたりなのか、子供は長子も含めて一度村の外へと出してやるらしい。

長子は命を落とすようなことが無い限り必ず村へと帰り、家を継がなければならないが、それ以外は基本的に自由である、ということだった。

帰って家のサポートをするもよし、行った先に住み着いてもよし、生きることが全て修養である、というのがウォードッグ族の考え方らしかった。


キャニの家にて、ユウとリン、族長夫婦、キャニ、そしてフーディが卓を囲んでいた。

フーディとユウの説明により、キャニとの関係については夫婦は納得したようだったが、どうやってここに来たかについては、いまいち納得出来ないらしい。


「空を飛ぶなんて、そんな出鱈目な。」


そうは言ってみたものの、実際に空から降りてくる三人を目撃したものは少なくは無い。

信じられないが、信じざるをえないだろう、というのが族長の本音であった。


「それで、まだ一年も経たないうちにどうして戻ってきたんだい?」


今度はキャニの母が口を開いた。


「まだ人化もできないようだけど…」


少し非難がましい口調になっている母。それはすぐに戻ってくるような軟弱さを憂いてか、それとも子育てに失敗したのだろうかと自分への責めなのかはわからないけれど。


「私が思うに、ユウちゃんとリンリンに祭りを見せたかったのでは?」


そこでフーディが口を挟む。


「自分のふるさとをみてもらいたい、という気持ちが芽生えるほど良くしてもらってる、同時に故郷を自慢し、故郷の皆にユウちゃんとリンリンを自慢したいという気持ちなのでは、と僕はおもいますがねぇ」

「…あ!そ、その通りだぜ!」


フーディの言葉にはっとしたように叫ぶキャニ。おそらくフーディが言っている事を理解できていないだろうなぁ、とその場の皆が思わずため息をつきそうになる。


「まぁ、そういうことであれば…」


それでも、ようやく落とし所をみつけた、と族長はぽんと拍手かしわでを打つ。


「キャニがお世話になっている、客人として我らの祭りに招待しようと思う。」

「うおぉぉ!やったぁー!!」


族長の言葉にキャニが大興奮で跳ね回る。

リンがそれをやれやれ、と見守るのであった。


翌日。

ユウとリンを客人として迎えるという話はすぐに村内に浸透したようで、道を歩くユウとリンを奇異の目で見るものはいなかった。

朝食の席で、族長が簡単に祭りについて説明してくれたのだが、この祭りは「グーズリルー」とよばれていて、ウォードッグ族の伝説に纏わる祭りなのだそうだ。

昔は厳格な祭りとして部族内のみで行われていたが、段々と他の魔族達も観光に来るようになって、今では多くの賑わいをみせるという。

それも、何年か置きに行われるということから、特別感もあって魔族内でも人気の祭りらしい。


空から見えた巨大な塔のようなものの前に立ったユウは、改めてその巨大さを見上げて思わず口がポカンとなってしまう。塔の天辺の方は雲まで届くのではないかというくらいだ。

その塔のところどころに小さな影が見えて、せわしなく動いていた。


ところどころに見える小さな影はすべてウォードッグ族で、休むまもなく木を積み上げている。

タイミングの良いことに、祭りは明日の晩から始まるのだという。

祭りはこの巨大な塔に火を放つところから始まり、塔が燃え尽きるまで夜を徹して行われるのだそうだ。


塔を一周しつつ、進むと、村の広場らしき場所に出る。

小さなウォードッグ族、ウォードッグ族達の子供が一所に集められて、その前にいる大人のウォードッグ族から何か話をされていた。

人の形をした者、まだ4本足の獣の姿のものがまばらにいて、けれど皆同じように前の大人の話に一身に耳を傾けている。

その中にはキャニの姿もあった。


「あっ、ユウ!」


話が終わり、ユウの姿に気がついたキャニが駆けてくる。

その後ろからはキャニより一回り小さい子犬が遅れてついてくる。


「聞いて、ユウ。今年の妖精は妹がやることになったんだ!」


目をキラキラとさせてユウを見つめているキャニに、ユウもにっこりと笑ってしゃがみこんだ。


「へぇ~、大役なんでしょう?すごいなぁ」

「うん!あ、ほらキャミ。ユウだよ!」


後ろについてきていた子犬へとキャニが振り返り、ユウを指差して紹介してくれた。


「あ、こんにちは、ユウさん。姉がいつもお世話になってます…」


キャニよりも小さなその子犬はペコンと頭をさげて、そこからそっと上目遣いでユウの顔を窺っているようだ。


「ん?どうしたの?」


そんなキャニの妹、キャミにニッコリと笑いかけて、そっと頭を撫でようとしたユウ。


「あっ!」


その動きに凄い速度で反応したキャミはさっと避けて、盾にするかのようにキャニの後ろへと引っ込んでしまう。


「あら…」


ちょっぴり残念そうな顔をするユウ。

けれどキャミは別にいやだったわけではないようだ。

キャニの後ろから、頬を少し紅くしてちらちらと見ている。


(なんかデジャヴ…)


ユウはそんなキャミの様子にとある貴族令嬢の事を思い出していた。


「ちょっと恥ずかしがりやさんなんだ、キャミは」


キャニがよしよしとキャミの頭を撫でる。撫でられるがままで、目を伏せるキャミ。

しばらくキャニが妹を「よしよしよしよし」と何度も何度も撫でていたが、キャミはキャミで段々鬱陶しくなってきたのだろう。目が段々半目になってきて、ため息をつき始めた。


「おねえちゃん、練習いくから…」

「おっ、がんばってこいよ!」


撫でていた手を、今度は肩に向かってポンポンとするキャニ。

多少鬱陶しくても、頑張れといわれると嬉しいのだろう。

キャミはニカッと犬歯を見せて笑い、立ち去っていってしまった。


「姉妹だねぇ」


キャミの笑い方がキャニにそっくりで、ユウは思わず目を細めてしまう。

キャニもまた、ニカッと犬歯をむきだしにして笑い、キャミを見送るのであった。



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