夢を見た 1
ユウは馬車の客車にのって揺られていた。
御者台にいるのはウォル。客車にはユウの他に、アイナ、リン、ノールがいる。
「ええと、これからどこいくんでしたっけ…?」
「おお、勇者殿、お目覚めになられましたか!」
ノールが大げさに言うと、深々と頭を下げる。
「おお、ゆうしゃよ、ねてしまうとはなさけない。」
膝の上に乗ったリンがユウを見上げてそういうが、棒読み具合がひどい。
「ユウ様。これから私の結婚式にいくんですよ。」
そういうのはアイナだ。
「ええええぇぇぇっ!!??」
アイナの言葉に素っ頓狂な叫びを上げてしまったユウ。
(ちょっとまって、結婚っていった?アイナちゃん結婚するの?まだ10歳…だよね?)
一瞬、自分は…などと考えてしまう。
「はっはっは、そんなに驚かなくてもご存知でしょう。貴族社会では極普通のことですよ。」
ノールが軽快に笑う。
「先方もとっても素敵な方で…」
アイナが頬を朱に染めて、それを隠すかのように両手で頬をおさえる。
「ユウは独身です。」
膝の上のリンがまたも棒読みのように言う。
「大丈夫ですよ、ユウ様はとっても素敵な方ですから。」
なんの根拠もない事をニコニコと言ってのけるアイナ。
(これが持つものの余裕か!くっ!)
結婚。確かにいい年頃だし、そろそろそういう相手がいればいいなぁ、なんて思うこともあるけれど…
ユウはふとツクシの事を思い出す。
市井のものには結婚というのは時々難しいのかもしれない、なんて言い訳をを考えながら、思わずため息をついた。
「ユウ様…?あっ!」
アイナが首をかしげてユウを覗き込もうとしたときだった。
馬車が思いっきり跳ねて、客車の四人は一瞬浮遊感を得る。
「ふぎゅっ」
次の瞬間、座席に思いっきり尻を打ちつけたかと思うと、膝の上のリンの全体重が加速をつけてユウの太ももを直撃した。
思わず変な声をだしてしまったユウ。
いくら子供とはいえ、その全体重が思いっきりのしかかってくればとんでもない圧力がかかるのである。
「おおゆうしゃよ、へんなこえをあげるとはなさけない。」
「リンのせいじゃないかぁ」
思い切り太ももを強打されて涙目になっているユウを尻目にリンはまた棒読みだ。
「おやおや、どうしたのかな?」
跳ねた直後から馬車は停車してしまい、不審に思ったノールが客車を出て行った。
御者台から降りてきたウォルとアールが何事か話しているが、声までは聞こえてこない。
アイナは窓に張り付いてウォルとノールの様子を眺めているが、アイナにも二人の声は聞こえていないようだ。
リンがユウの膝の上で微動だにしないものだから、ユウはただ客車の端っこでじっとしていることを余儀無くされる。
「あ、すみません、お嬢様方、一度客車から御出になっていただきたいのですが。」
突如、客車のドアが開くと同時に、ウォルが顔を覗かせてそういう。
「……」
そのウォルの顔をマジマジとみてしまったユウ。
あのウォルがなぜそんな話し方をしているのかと、もしかしたら偽者ではないのかと、つい目と耳を疑ってしまう。
確かに良く知っている顔だが、服は礼服を着ているし、髪はぼさぼさだが髭もそってある。
礼服は鍛えられた筋肉でパンパンに膨れ上がっていて、お世辞にも似合うとは言い難い。
細部が異なるにせよ、目の前の人物は確かにウォルだった。
最初にアイナが馬車を降り、次にようやくリンがユウの膝から立ち上がり、客車を出て行く。
リンの重みから解放されたユウも、一度ため息をつきながらも客車を出た。
「一体どうしたんですか?」
客車を降りるなり、ユウはノールに問いかけるのだが、ノールは取り合う気配もなく空を見上げていた。
何故空を見上げているのか、その理由はまったくわからないが、釣られてユウも空を見上げてしまう。
けれど、雲が流れていく以外、空に何も変わったところはなかった。
ずっと見上げていても仕方がないので、視線を戻したユウの目に今度は、ひしゃげた車輪が飛び込んできた。
「ありゃぁ…」
なるほど、馬車が止まるわけである。
それほど大きな衝撃には感じなかったが、それもアール家の馬車の性能故か、中で受けた衝撃とは裏腹に、馬車の客車に取り付けられていた車輪は大破してひしゃげていたのだ。
街道でさえ道が完全に整備されているわけではないから、馬車が壊れてしまうのはそう珍しい事ではない。それ故に、街道沿いの町や村では必ず馬車の部品を扱っている店がある。
けれど、今立ち往生している近くに町や村はなかったはずだし、どうするのだろうとユウは首をかしげた。
ところで、リンとアイナはどうしたのだろう。
ふと、二人の姿がないことに気がついて、ユウは周囲を見渡した。
すると、馬車から少し離れた木陰で二人が並んで座っているのが見えた。
「とっても素敵ね、リン!」
「おお、なさけない」
リンに親しげに話しかけるアイナと、ただ前を見てなさけないなさけないと繰り返すリン。
その光景は、なんだか不思議なものに思えて、けれど微笑ましくもあり、首をかしげたままユウはなんともいえない表情で二人を見つめていた。
「さ、旅の続きと行きましょう。」
それからしばらく二人の様子をみつめていたユウに後ろからウォルが声をかけてきた。
「え?馬車は…?」
ウォルの声に思わずユウが振り返ると、そこにはまるで今作り上げたような新品の馬車がおいてあった。
「えっ?えっ?なんで?え?」
突然の事に目を丸くするユウ。
ひしゃげていたはずの車輪もまるで今取り付けたかのようにピカピカで、さらには旅をしてきたような傷もなく、本当に馬車自体が新品に摩り替わっているかのようだった。
「いつのまに直したんですか…?」
さっきまで空を見あげていたノールがニコニコとしながら客車へと乗ろうとしていたから、思わずユウは声をかけてしまう。
「はて…?直す?何をですか…?」
ノールはニコニコとしながらもユウの言葉に首をかしげる。
気付くと、少し離れた場所にいたはずのリンとアイナはいつのまにか馬車の中でさっきと同じように座っている。
一体何が起こっているのか、困惑して周りをキョロキョロと見回してしまうユウ。
「いや、だって、ほらさっき車輪が壊れて…」
ユウが指差した先にはひしゃげた車輪の姿はなくて、ただ新品の馬車があるだけ。
はっとしてユウは空を見上げる。
はるかかなたに巨大な翼を持つ動物が、その手に何か箱のようなものを飛び去っていく姿が見えたような気がした。
ノールがそんなユウの肩をポンポンと叩いた。
「一体…何が…」
「ユウ殿、アール家の馬車は壊れないのです。」




