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夜想曲 -第一楽章-

その日はユウの思いつきで三人はとある街へと向かっていた。


客が一人も訪れないのは珍しい事ではない喫茶店『小道』。

朝が来て、開店して、誰一人お客が来ることなく、閉店の時間を迎えた。


いつものことだ。

けれど、今日はユウがはたと思いついて、リンとキャニにお出かけの用意をさせた。


「ふぉおおおおお!俺飛んでるぜーー!」


ユウがリンを抱きかかえ、そしてリンがキャニを抱きかかえての夜間飛行。

眼下に広がる景色にキャニは大はしゃぎだ。

何かを見つけてはキョロキョロ、流れていく景色に興奮したようにはっはっと息をする。


「はしゃぎすぎ、子供みたい。」


キャニの様子にリンが半目になる。

ユウからその様子は見えなかったが、リンの言葉に思わず笑いが零れる。

最初にリンを伴って飛行したとき、それはもう大興奮でキョロキョロしていたのを思い出したからだ。


「ユウ?」


リンがもぞもぞとしている。なんとなくリンが睨み付けたがってる気配をユウは感じていた。


「ウォードッグで空を飛んだのは俺が初めてだろうぜ!」


上でもぞもぞとしている二人の事はまったくお構いなしに、ニカッと犬歯をむき出しにして笑うキャニ。

そして三人は南の空へと飛び去っていくのであった。


-----------------------------


夜の街。

その街ではもうすっかり日が沈んだというのに、多くの人々が行き交い、魔法によって灯されている街灯が煌々と街を照らしている。


その一角に一軒のバーがある。

古ぼけた木の扉を開けば、


カランカラン……


と、ドアベルの音が店内に響く。


薄暗く、狭い店内の壁際にカウンターが設置してあって、寝ぼけたような半目の男がグラスを布で磨いていた。

カウンターを挟んだ椅子には、その椅子一つでは足りないだろうと思えるほどの巨大な男が静かにグラスを傾けている。

やはりそのグラスもその巨大な手には似つかわしくないほど小さく見える。

その後ろ。

箱型の箪笥のようなものが置いてあって、しかしそれは箪笥ではなく、背の中ほどが出っ張っていてそこに黒と白の板が規則正しく敷き詰められていた。

その板を押すと、ポーンという音が店内に響き渡る。


その箪笥のようなものの前に座った赤い髪の女性は店内に響く音を確認すると、すっと両手を白黒の板の上に乗せた。


――刹那。


軽快な音が店内に鳴り響く。

軽快でありながら、しかしどこか艶のある、しっとりとした旋律は、軽快な音とのアンバランスさを生み出して、そしてそれらは不思議と調和する。楽しいような、切ないようなそんな音楽が店内に静かに流れていくのだった。


「素敵だねぇ…」


カウンターの椅子で、目を閉じてその旋律に身を任せるように体を右に左に小刻みに動かしているのは、ユウだ。

その膝の上で、リンもまた同じようにメロディに体を預けている。


足元では美しい旋律などどこ吹く風といった様子で、子犬が皿の上に載った骨にむしゃぶりついていた。



やがて演奏が終わる。

箱の前に座っていた赤い髪の女性が振り向いてお辞儀をすると、パラパラと店内からやる気のない拍手がした。

其の中で、懸命に手を叩いている二つの影に、その女性は注目した。


「ユ…ユウさん!?」


ニコニコと満面の笑みを浮かべて力の限り手を叩くユウと、その膝の上で同じく手を叩くオーガ族の娘、リンの姿を認めて、彼女は素っ頓狂な声をあげてしまう。

思いかけぬ場所で思いがけぬ人が突然現れたことで、赤い髪の女性――フーカは目を白黒とさせて二人を凝視してしまった。


「え、偽者?」

「本物ですよぅ」


フーカの言葉に苦笑するユウ。

ポカンと口をあけたまま、フーカは、「え、なんで、どうやって、なんで」としきりにつぶやいている。


フーカが疑問に思うのも無理はない。

ここは魔族の街(・・・・)で、さらに喫茶店『小道』からはどんなに早馬を飛ばしたとしても何日もかかるほど遠い。


ということは店を休んでまでここにきてくれたのだろうか。それにしたって普段はトッカやダンテと行動が一緒では無いし、流しのようなことをしながら生活費を稼いでいるのだから一箇所にとどまっていることは少ないし、狙って見つけ出すのは困難だ。

いくら魔王城デビューしたからといって、すぐに有名になるわけでも無い。

人づてに探したとしてもそうそう見つかるようなものでもなかった。

旅先での偶然、ということにしても子供をつれての長旅は中々にしんどいものだろう。

ユウの顔にはそういった長旅の疲れのような様子はまったくなかった。

むしろ近所に遊びに来た、といった風体である。


「えっと…会いにきてくれたんですか?」


そんなわけはない、と思いながらもそうだったらいいなという想いもあって、聞いてしまう。


「うん!」


意外なことにユウはうなずいた。


「は?」


自分で聞いたことなのに、思いっきり肯定されてしまい思わず呆気に取られてしまうフーカ。


「いやぁ、来る途中でうまくダンテさん捕まえることができてね、フーカさんは今あの辺りだろうって聞いたから、着てみたんだよー」

「え…」


ユウの話ではダンテはこの街から馬で二日は掛かるところにある街にいるようなのだが、しかし、ユウは"来る途中"といった。


「ごめん、偽者?」

「本物ですよぅ」


二度目の同じ疑問。それほどに信じられずにいた。


それから――


ユウの飛行魔法の話を聞き納得するフーカ。

そういうことなら折角来てくれたのだし、と早速さっきの箱の前に座って、曲を奏で始めた。


「これ、フーカからだよ。」


曲に聞き入っているユウの前に二つのグラスが置かれた。入ってきたときグラスを拭いていた男が、ユウとリンの前にすっと琥珀色の液体の入ったグラスと、乳白色の液体の入ったグラスを差し出す。


「コーヒー豆を漬けて寝かせた酒と、ミルク。あ、あとそこの犬にゃ、これかな。」


男はどこからともなく骨を一本出すとキャニのほうへと放り投げた。


「わぉん」


キャニは見事にそれを空中でキャッチすると、また一心不乱にかじりはじめた。



「ほわぁ」


コーヒー酒を飲んだユウの第一声である。

その声にフーカが曲を奏でながら振り向いて、ニコッっと笑った。


「これ、すごいですね。コーヒーの香りがお酒の強さをマイルドにさせて、けど風味はお酒にのってより強く出ちゃうけれど、これはこれでお酒って感じがして。」


琥珀色の液体に丸い大きな氷が浮かんでいて、グラスを揺らすたびに氷がグラスの淵にあたってからんからんと心地のよい音を立てている。

その様子を見ながらユウが目を丸くしながら見て、飲んで、またため息をつく。


「これ、どうやってつくるんです?」

「簡単だよ、酒に豆を入れて寝かせておくだけ。」

「へぇーいいですね!」

「酒は強くなく弱すぎない方が良いよ」


帰ったら早速作ってみよう、そう思うユウであった。

もちろん自分用で店には出さないつもりだ。


それから、はたと気づくと店内は少し混み始めていた。

その様子にカウンターの男、この店のマスターは訝しげな顔をする。


いつものこの時間はこんなに混んだりはしないのだ。

あからさまに見たことの無い客までいる。

一体何が起こっているのか、昨日から流しでやってきているあの赤髪の女に人気があるのか。

あるいは今日は何かこの近くで催し物でもあったのだろうか。


この店は大概同じ面子が同じ時間にやってきて、管を巻いて帰っていく、ありがちな小さなバーでしかない。

新規客は旅行客や、たまたま近くを通ったから、あるいは流しの演奏を聴きに来るものなどあるが、それもそう多くは無い。

今日の様にあからさまに新規客が何人も雁首そろえてやってくることなど今までになかった。


そして気づく。やってきた見慣れない新しい客達は、皆全て同じ方を見ていた。


ユウである。


皆一様にユウの方をながめては、ほぅ、とため息をついていた。

そのうち一人が立ち上がりユウのほうへ近づこうとしたが、周りの人間に止められて席へとまた戻る。

一種異様な光景でもあった。


「なんになさいますか?」


すっかり呆気に取られてしまっていて、客達に注文を聞くのを失念していたマスターだったが、注文ついでに何が起こっているのかを聞き出すために、カウンターから離れた椅子に腰掛けている見慣れない客達に声を掛ける。


「一体今日は何があったんです?」


注文を聞き終え、ここぞとばかりにマスターは客達に小声で問いかけた。


「え、しらねーの?マスター。あすこの人間、カウンターの、オーガの子抱いてる人、勇者ユウだよ?」

「え…」


勇者ユウ。それは魔族の間でも誉れ高い名前であった。

数々の実力派魔族達をねじふせ、前魔王妃に並ぶ人気を誇る、美しき人間の娘。

人間でありながら、これほどまでに魔族達を虜にするのは、その美しさと強さ、そしてここでも笑顔だった。


「まじで?」

「うん、まじで。ほら、これみてみ」


客が出してきたのは、かつて魔族領へとユウが訪れたときに書かれた肖像画。

多少幼さがあるものの、確かにカウンターでオーガ族の娘を膝に乗せている女性とよく似ていた。


「他人の空似ってことは…」

「ないね、だって今ピアノ弾いてるの、フーカだろ?トッカータトリオの」

「へ?なにそれ?」

「おいおい、マスター。フーカのこともしらずにここで演奏させてたのかよ。いいかい、トッカータトリオってのはトッカ、ダンテ、フーカの三人からなる弦楽トリオで、先日魔王城での演奏会でデビューして、じわじわと人気がでているんだ。しかもその三人は勇者ユウの知り合いだってんで、トッカの勇者メモって本も少しだけど出回ってきてる。で、俺はさっきフーカとユウが親しげに話してるのをみてて確信したんだ。あれは勇者ユウだって。」

「はぁ…」


思わぬ有名人が二人も自分の店にいるらしい。

ため息をつくマスター、そして同時に酒の値段を上げることを決意するのであった。


少し騒がしくなってきた店内。

それでもユウはコーヒー酒を飲みながらフーカの演奏に聞き入っていた。

その継ぎ目、フーカに声を掛ける男があって、しばらく何かを話し込んでいる。

時折、ちらちらとユウの方をみているようだが、ユウはそんなフーカに微笑を返すばかりだ。


男とフーカがうなずくと、次の演奏が始まった。

今度は男も懐から弦楽器を取り出してフーカの奏でる旋律にあわせながら弾き始める。

そして低くしゃがれているものの、何故か魅力を感じる声で歌い始めた。


――おお、魔の地に現れるは、美しき乙女。


その歌い出しに、がやついていた店内は急速に静まり返っていった。


====================


おお、魔の地に現れるは、美しき乙女


われらが力に屈せず、越え、駆けぬけるは戦陣の乙女


美しき黒髪が一閃し、強者は倒れ、そして乙女に恋をする


おお、その名はユウ、勇者ユウ、美しき一輪の花


おお、永遠の戦乙女、その名はユウ、美しき戦陣の女神よ


====================


「ちょ、ちょーーっ!!」


がたっ!と勢いよく立ち上がったのは他でもない、ユウだ。


「何それ!何そのうた!」


顔をゆでだこの様に真っ赤にしたままユウが叫ぶ。


「え…」


そんなユウの様子に周りも唄っていた男も、フーカまでも呆気に取られ困惑する。

何それ、といわれても、もう何年も前から歌われている、一つの流行詩だ。

ユウが最後に魔族領を訪れてから、もう大分だっているし、最後に来たときもそんな流行詩があるなんて聞いたことがなかった。


「だめ!だめです!せめて、美しきとかはやめて!」

「ええっ!?」


フーカと詩の男が顔を見合わせる。

その間もユウは顔を真っ赤にしてなんだーかんだーとわめいているが、作詩したのが自分たちなわけでもないので、一体どうすればいいのかと同時に首をかしげた。


一方周りの客は、顔を真っ赤にしているユウに、呆けたように見入っている。


(可愛い…)


そこにいた誰もの共通認識だった。


魔族からすれば、ユウの強さは圧倒的だし、さらには美人という認識になっている。

そこに加えて今のユウは"可愛い"のだ。訪れていた客のほとんどは思わず顔を綻ばせて、真っ赤な顔で叫ぶユウを見て癒されているのであった。


「と、とにかく、私は別に美しいわけじゃないので、せめて、普通の、にしてください!あ、あと女神とかもなし!女神様に失礼ですから!」


腕を組んで口をとがらせたまま、ぷいっとそっぽを向いてしまうユウ。

そんな仕草は同性であるフーカにすら"可愛い"と思わせる。


「参ったなぁ…」


頭をぼりぼりと掻く詩の男。よかれと思ってささげるつもりの歌がどうやらお気に召さなかったらしい。

それならば仕方ないが、若干納得もいかない。


「あの、お二人さん、今日のところはそれでお願いできませんか?替え歌…っていうと失礼かもしれませんが、それで今日はカンバンということにしたいので…」


混乱の収拾をつけるために、とマスターが二人に切り出す。

二人は同時にうなずいて、「それじゃあ」と再び演奏を始めた。


====================


おお、魔の地に現れるは、普通の乙女


われらが力に屈せず、越え、駆けぬけるは戦陣の乙女


美しき黒髪が一閃し、強者は倒れ、そして乙女に恋をする


おお、その名はユウ、勇者ユウ、普通の一輪の花


おお、永遠の戦乙女、その名はユウ、普通の人間の娘よ


====================


なんとも間抜けな歌詞になったものだ、と男もフーカも辟易する。

ユウはうんうんとうなずいて満足げだ。だからそれはそれでよかったのかもしれない。

けれど、なんとなく理不尽で、ため息がとまらない二人であった。



閉店後。

フーカとユウはカウンターに並んでグラスを傾けていた。

奥のソファではリンとキャニが丸くなって寝息を立てている。


「ごめんね、無理言っちゃって。なんか恥ずかしくて。」

「いいんですよ、面白かったですから。」


と、フーカは意地の悪い笑みをうかべた。


「もう…あんな詩が流行ってるなんて知らなかったですよぅ」

「ま、ユウさん人間領に住んでますしね。知らなくてもしょうがないと思いますよ。」

「でも、やだな…私なんて普通というかよくいる田舎の村娘ってのがぴったりだと思うんだけどなぁ」

「あれ…知らないんですか?ユウさんって魔族の価値観だと超美少女なんですよ?」

「えぇっ…なんかそれも慣れないっていうか恥ずかしいって言うか、なんか、やだ。」

「やだって…」


自覚のない目の前の娘に、思いっきりため息をつくフーカ。


「フーカさんすっごい美人ですし、ほらリンも美人でしょう?それにキャニだって可愛いし。」

「それは人間目線ですよね?魔族目線になると、私もリンちゃんも普通ですよ?あ、でもリンちゃんはそれでもかなり可愛い方に入るとは思いますけどね。」

「うぅん…」


どうみても美人にそういわれてしまうと返す言葉がない。言葉を返したところで平行線になるだけであろう。

けれど、リンが可愛いといわれたことについては大いに同意できる、そんな風にユウは顔をほころばさせた。


「リン、可愛いですよね?超可愛い!」

「え、えぇ、そうですね。とても可愛いと思いますよ。」


少し酔っているせいか、普段と口調が変わっているユウ。しかもリンに対して親ばかのような一面もみせちゃっている。

寝息を立てているリンを愛おしげに見つめるユウに、フーカもまた思わず微笑んでユウを見つめるのであった。


「よし」


フーカは立ち上がり、再び"ピアノ"の前に座った。


「ユウさんに、この曲を」


フーカの言葉に、ユウはニッコリと笑ってうなずいた。


楽しげに踊る旋律が、上から下へと行ったり来たり。鍵盤の上を所狭しと駆け回るフーカの指。

それはまるで、鍵盤の上で指が踊っているかのようだった。

指の踊りの曲を奏でるのもまたその指。

"ピアノ"というのはなんとも不思議な楽器だなぁとユウは思う。


目を閉じると、酔いを感じて目の辺りが少しぐるぐるとする。

フーカの奏でるピアノはそのぐるぐるさえ乗っかって、やがて夜空へと飛び出していく。


星々の間で跳ね回る旋律たち。


楽しげなその旋律は時に回ったり、時に大きく跳んでいったり、やがてユウを巻き込んで夜空の間を駆け回る。


やがて遊びつかれた旋律たちはゆっくりとフーカのところへと帰っていく。

ゆっくりと、羽が舞い落ちるかのように、ゆったりと。



舞い降りた旋律たちが、漆黒の湖面に波紋を作り、しかしそれはまたゆっくりと消えていく。


一つ、また一つ、舞い降りては消えてゆく。


そうして静かに夜は更けていく。

ユウさんの自己評価は、基本低いのです。

自分が英雄譚を歌われているという事実よりも、美しいとか言われてしまう方が気になっちゃうのです。


それと冒頭のは…いつかキャニが出撃します。多分。


次回はぼんやり回になる予定です。土曜日までにはどうにか。

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