お店番3~ホヴィ&リリー 前編~
「こう、かな。」
椅子に腰掛けるとカウンターより一段低いところに物がおける小さなスペースがあって、そこに持参した本とコーヒーを置く。
コーヒーは自分で淹れたものにしたかったのだが、どうにも上手く淹れる事ができなくて結局従者であるジッチが淹れたものだ。
それにしたってユウのコーヒーには及ばない。それでも自分で入れたものより何倍もマシだ、というかコーヒーとしてのレベルは非常に高いといっていいだろう。
とにかく、コーヒーと本を置いて、足を組んで座る。冒険者としてのみだしなみとして、動きやすい服装を選んだ結果、少し短めのスカートだから少し気になるリリー。
けれど、どうせカウンターで見えないのだからと意を決して足を組み、片手にコーヒー、反対側の手で本を手に取る。
「そうでございますな。」
横から執事たる威厳をもってジッチが応えた。
今日の店番はリリーとホヴィだ。
帰ってこないウォル達を心配して早めに店に来たリリーとホヴィは店に入るなり、残っていたお酒の匂いに顔をしかめた。
「お、おう、早いなお前たち。」
散らかった酒瓶やゴミを回収しながらやってきた二人にバツの悪そうな顔をするウォル。
その後ろではジッチにトッチもまた同じように店内の掃除に掛かっていた。
「ふむ…君たちが…君たちは?」
パーティメンバーの様子を呆気に取られてみていた二人に聞きなれない声が問いかけてくる。
二人が同時に振り向くと、そこには全身をフードローブで覆った、どうみても怪しげな男が立っていた。
一瞬後ずさる二人。それに気付いたウォルがはははと笑った。
「フーディさん、こいつらが昨日話したうちの有望株のリリーとホヴィだ。」
「あ、はじめまして、リリーです。」
ウォルの紹介に、後ずさってしまった事が相手に失礼だったと思い直したリリーが短いスカートの裾をちょこんとつまんで貴族式の礼をする。
「あ、えと、どうもホヴィです。」
遅れてホヴィも会釈する。
「ほう、ほう、そうかそうか、"君たち"がねぇ。うん、僕からみてもかなり有望だと思うねぇ」
なんだか嬉しそうに語るフーディにホヴィとリリーはわけがわからずに顔を見合わせる。
フードに隠れているからまったく表情はみえない、声色からなんとなく上機嫌なんだろうなと思えるくらいだ。
一種異様な雰囲気を醸し出す目の前の男にホヴィとリリーは少し引き気味だったが、彼の”有望”という言葉にちょっと表情を綻ばせる。
褒められるのはやはり嬉しいものだが、目の前の異様に褒められるのはなんだか妙な感じもする。
「それじゃあ僕はこれで。少年少女よ!頑張れ!」
フーディはサムズアップしてきらんと歯を輝かせる、ような仕草をするとそそくさと店を出て行った。
気がつくと、ウォル達3人も店の片づけを終えたようで、ジッチはリリーの傍に控え、トッチは玄関の傍にやってきて警戒を始める。
そのトッチの警戒網からフーディは既に出た後なのか、それともやはりトッチには捉えきれないのか、トッチは先ほど出て行ったフーディの気配を捉える事ができないでいた。
それはともかく、今日はリリーとホヴィ、そしてジッチが店番担当だから、リリーもホヴィもユウに指示されたとおり開店準備を始める。ジッチはリリーについてその都度手伝っていた。
(あまり甘やかすのもどうなんだろう。)
そんなリリーとジッチを見てため息をつくホヴィだった。
開店準備も終わり、ウォルとトッチは後は任せると言い残して店を出て行った。
昨日の酒が残っているのだろうか、トッチはともかくウォルはなんとなくふらふらとおぼつかない足取りだった。
まぁ、トッチもいるし大丈夫だろう、とどことなく頼りなさげなリーダーを3人は見送った。
「こう、かな?」
「そうでございますな。」
見送った後で、店の下げ看板を営業中にひっくり返すと、リリーは早速カウンターに陣取って、コーヒーと本を片手にカウンター内の椅子に座って呟く。
それに対してジッチが目を細めて応えていた。
(ユウスマイル、ならぬユウスタイル、ねぇ…)
半目でそんな二人のやり取りを眺めるホヴィ。
確かに、ふいにここを訪れると決まってユウはコーヒーを片手に本を読んでいた。
リリーはそれを真似ているようなのだが、果たしてここは喫茶店である。それでいいのだろうか?と疑問に思うホヴィ。
とはいえ、客もいない、客が来る気配もないこの店ではその"ユウスタイル"こそふさわしいのかもしれないとも思う。
さて、酒盛りを始めてしまうような不肖のリーダーウォルとは違い、そつなく開店した今日の喫茶店『小道』。
ユウには及ばないものの、ジッチの入れるコーヒーや、さらにはリリーが持参した紅茶は中々のものであるし、リンが残していった焼菓子にもまた良くあう。
特に紅茶にいたっては、コーヒーとはまた別のアプローチでリンの菓子の美味しさを引き出していく。
それをして、
「思ったとおりですな。」
とジッチはしたり顔でリンの菓子と紅茶のハーモニーを楽しんでいたようだ。
とはいえ客の来ないことに定評のあるこの『小道』では、それはもしかしたら宝の持ち腐れになる可能性もある。
もしユウがこの場にいたならすぐさまジッチに紅茶に関しての教えを請うであろう。
幸か不幸か今は不在のため、ある意味でジッチの面目は保たれたともいえる。
きっとユウが紅茶に手をだしたら、ジッチの紅茶を入れる手腕を程なく超えていってしまうだろうから。
リリーはコーヒーを片手に、本を読み薦める。今読んでいるのは帝都で人気の恋愛小説「チョコ混じりのココア」だ。
慣れない環境、というか、憧れの人の店の、憧れの人の席で、憧れの人の真似をしながらそこに佇むお嬢様は、少し落ち着かない様子で何度もコーヒーを口に運んでは頭にまったく入ってこない小説の中身をただその文字を見るだけに留め、何度も足を組み替えては、時折ため息をつく。
ジッチはその横でただ静かに控えている。
客が来ないのだから、ホヴィもすることがなくて、カウンターの隅に座ってジッチに出された紅茶をちびちびとやっては物思いに耽る。
ホヴィとしてはここ喫茶店『小道』といえば、勇者ユウよりも、魔族の娘であるリンの方が最初に思い浮かぶ。
可憐なウェイトレス姿、艶のある綺麗な黒髪、ぷっくりとして瑞々しい唇や、宝石を思わせるような赤い瞳。
そして何よりも彼女の笑顔。
本当ならば自分が今座っている席の目の前にいて、目をキラキラさせて客たちが自分の菓子を食べる様子をみていたり、そして笑ったりしているのだが、今はその姿はなくログハウスの丸みを帯びた木の壁があるばかりだ。
と、そこではっとして気付いて、ぶんぶんと首を振るホヴィ。
(なんでこんなこと考えてんだろ。)
以前に彼女に栞をあげたのは、彼女が本が好きだと聞いてたまたま彼女の黒髪のイメージによく合いそうな品物を見つけたからであって、本当にたまたまなのだ。
単なる偶然なのだ、他意はない。ましてやまだ子供。そう妹に何かプレゼントする感覚以外の何者でもない。
ホヴィは自分にそう言い訳をしながらも目の前にいないリンに思いを馳せては、またぶんぶんと首を振る。
リリーはユウの真似、コーヒーを飲みながら本を読んでいるが、その視界の端には自分より年下のどことなく頼りない少年冒険者の姿を捉えていた。
なんとなく気になるのだ。何度となく依頼を一緒にこなしていく中で、少し危なっかしかったり、言葉は立派なものの、やはり頼りないこの少年冒険者に対して、弟を見守るような、そしていざというときには彼を守らなければいけない、といったような保護者のような姉のような感覚を覚えていた。
そのホヴィがさっきから壁を見つめてはぶんぶんと首を振っている。
憧れの場所で憧れの人への思慕に浸っていたのだが、どうにも視界の隅っこが騒がしくていけない。
リリーは一度本を閉じると、ホヴィの前へと立ちはだかった。
「さっきから騒がしい!何なの?」
「うぉっ!?」
目の前に整った顔立ちの少女が突然現れて、どっきりとびっくりが同時にホヴィを襲う。
腰に両手の甲をあててリリーがホヴィの顔を覗き込むようにしていた。
その眉はちょっと吊り上がっていて不愉快さを顔全体で表している。
「あ、ごめ、ちょっと考え事を…」
「いつお客さんがくるかわからないんだから、気を抜かない!」
ピシャリとホヴィを指差して言い放つ。
(いやいや、リリーだって似たようなもんじゃないか。)
説得力のないリリーの言葉にホヴィは不満気だ。
「そういえばリリーはさ、どうしてそんなにユウさん好きなの?会ったのはこないだが初めてだったんでしょ?」
「え、勇者様を嫌いな人がいるの?」
「えー…まぁ、いないだろうけど…」
リリーの言葉にホヴィは腕を組んで片目で上を見ながら考え始める。
「まぁ、人間代表勇者からすれば面白くない相手、かもしれないけれど…」
「そうかもしれないわね。けど、私が人間代表勇者だとしてもユウ様のことは大好きよ?」
「いや、そりゃリリーはね…」
「何よ。」
ホヴィのなんだか含みのある言葉に不満気な表情のリリー。
「そんなに言うんだったら話してあげるわよ。」
いつもご来店いただき、ありがとうございます。
続きは明後日か明々後日くらいに。