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静けさとまどろみと

ウォードッグ族の子犬が喫茶店『小道』に居候する事になった。

名前は「キャニ」

ウォードッグ族の娘で今年で18歳になる。が、ウォードッグ族は人間の寿命の約3倍以上を生きる長命種でキャニの年齢を人間で換算するとわずか6歳になる。

勿論人間の6歳とは比べるまでもなく知能も力も高いが、同じウォードッグ族の大人から見ると幼女もいいところらしい。


実際力も知恵もリンに及ばない。

キャニが居候を始めて既に何日か経っているが、もはやリンの妹分に収まっていた。

魔族は力が全てという概念があるから力も知恵も及ばないリンに対してキャニはその地位で甘んじたようだ。

そんなキャニが何故人語を解しているかというと、何でもフーディから貰い受けた腕輪に秘密があるらしい。

その腕輪は魔法道具マジックアイテムで言語翻訳の機能があるらしいが、フーディ曰く人語限定だそうだ。


それならば、とリンは既に卒業した絵本や本を引っ張り出してきて文字と言葉の講義を始める。

元々知能自体は低くなかったようで、さらに腕輪の効果もあってか、キャニは見る見るうちに文字と言葉を覚えていった。

間もなく腕輪がなくても言葉や文字を解するようになり、かつてのリンの様にユウやリンに意表をついた質問をしては二人をあわてさせるようになるが、それもまだ先の話だ。


今もリンとキャニは喫茶店隅のテーブルに二人で陣取って文字と言葉の勉強をしている。

キャニが「こうか?」と問えばリンが「そうじゃない」とか「そうそう」とかやり取りをしては、その度にニコニコと微笑む。

キャニの表情も目まぐるしく変わって、上手くいけば満面の笑みを浮かべるし、失敗した時はがっくりとすっかり落ち込んでしまう。

キャニが笑えばリンも微笑むし、キャニが落ち込めばリンはあわあわと慰め始める。

そんな二人をユウはカウンターから優しく微笑んで見守っているのだった。


陽が高く昇ってくると、光が屋根より高くなるから店内は影がさして少し暗くなる。

いつもの如くコーヒーを飲みながら本を読んでいたユウがその事に気がつくと隅のテーブルの二人に視線を移す。

二人は相変わらず表情を目まぐるしく変化させて落ち込んだり笑ったり、慰めたりしている。

ユウが立ち上がるとそんな二人の頭をポンポンとして


「そろそろご飯にしよっか?」


と声を掛けた。

リンは子ども扱いに少し不満そうだったが、キャニは満面の笑みを浮かべる。


「ご飯!ごっはーん!」


はっはっと舌をだしてユウを嬉しそうに見ていた。


ご飯を食べ終えると、三者三様に昼下がりを楽しみ始める。

ユウは相変わらずコーヒーを飲みながら読書、リンは新作お菓子を試作しに窯へ。

キャニはというと喫茶店の床に寝そべってよだれを垂らしてうたたねをしている。


微かに差し込む陽の光がぽかぽかと店内をあたためてくれて、ついユウもうとうとと舟を漕ぐ。


店の奥の窯から微かに聞こえてくる薪が跳ねる音。


店内には優しく差し込んだ陽光が時折雲に隠れて翳ったり、また照らしたり。


静かなそこで微かに寝息を立てる小さな子犬と、規則的に首をゆらしてうつらうつらとさせている店主。


コーヒーから昇っていた湯気の影はもうなくて、漆黒の湖面が天井の様子を映し出している。


時折甘い香りを纏った少女が店内の様子をそっと見に来て、寝息を立てている二つの姿を確認すると、やれやれと両手をあげて、それでも音を立てないように奥へと戻っていく。


また薪のはねる音。


風がドアをノックしても、誰も気付かないから、そのまま吹き抜けていってしまう。


そよ風に揺れる森の木々の音が、余計に静寂を際立たせる。


差し込んだ陽光が子犬の鼻をくすぐって、子犬はそれから逃げるように寝返りをうつ。


その寝返りが静寂を破るけれど、それは一瞬の事で、破けたその穴をまた静けさが埋めていく。


ゆっくりと流れていくはずの時間は、二人が気付いた時にはあっという間に過ぎ去ったと感じさせるだろう。


うっすらと目を開けて、ユウはぼんやりと外を眺めていた。


甘い香りがして、目の前に良く知っている少女が座った。


カップとお菓子を手にもってうんうんとしきりにうなずいて、やがて背を向けると程なくして首をカクンとさせて規則的に肩を静かに上下させ始めた。


甘い香りと、静かな寝息、そして静寂だけが今を支配している。


遠くから木々のざわめきがやってきて、けれどそれは彼女らには届かずに消えていく。


陽がゆっくりと地平線へ向けて動き出していた。


流れていく雲を見つめて、それからユウはまた目を閉じてまどろみに身を委ねた。



――ここは喫茶店『小道』


ぽかぽか陽気に包まれて、三人の娘がそこにたたずんでいる。


お勧めはコーヒー、静かな三つの寝息をそえて。

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