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男達の晩餐~お店番2 -ウォル編-~

「う……」


 硬い床の感触で目を覚ましたウォルは次にずきんずきんと痛む頭を抑えながらうめく。


「うぅ、頭痛が痛い…」


 こめかみを揉む様にしていたウォルはそのまま蹲る。

 しばらくして立ち上がるとその目に飛び込んできたのは、凄惨たる光景であった。


「うわ…」


 思わず声に出る。

 ウォルが痛む頭を抑えながら見回すと、倒れた椅子に無数の空き瓶が散乱しており、そのところどころに何かの食べカスや食べかけのものなども落ちている。

 そしてまた、二人の男がそこで倒れていた。


 一人は大の字になっていびきをかいており、もう一人は全身を覆っているローブの所為で布の塊のようにして丸まっている。


「大丈夫ですかな?」

「うおっ」


 そんなウォルの後ろからのっそりと熊のような影が現れる。


「ジッチさんか、びっくりするじゃないか」

「はっはっは、失礼しました」


 朗らかに笑い声をあげたのはお嬢様冒険者リリー付の執事であるジッチだ。ジッチは汲んできた水をウォルに渡すと転がっている瓶などを拾い始めた。


「何でこうなったんだっけ…」

「覚えておいででないのですか?」

「面目ねぇ」


 ジッチは目を閉じて大きくため息をつくと、話はじめた。


 事の始まりはユウからの依頼だ。


 とある依頼をまたもいつものメンバーでこなした帰り道、突如飛来したのがユウだ。

 なんでも「上から見えたから」とかさらっと言いのけたが、未だ飛行の魔法は開発されていない。その事に大興奮のリリーはユウの前に飛び出すとマシンガンのように喋り始めるが、まぁまぁとリリーを諌めて手短にウォルへと要件を伝える。その要件にすらリリーは大興奮。「何日でもやります!」と鼻息荒く依頼されたウォルをよそに勝手に引き受けてしまった。

 要件とは、しばらく店を離れる事になるのでその間の何日かの店番を頼むという事だった。一も二もなくその依頼を引き受けてくれた、リリーが。


 結局そのまま一行はパティの村のレッドフォックスへと向かう。宿にて話し合いの末にパーティを二つに分けて店番をする事になった。


 初日はウォルとトッチが担当する。その間ジッチとリリー、ホヴィはレッドフォックスでお留守番。

 リリーは二日とも出ると言い張っていたが、丁度パティの村での簡単な依頼もあったため分担する事になり、リリーは渋い顔をしていた。


 ともあれ、ウォルとトッチは喫茶店『小道』へとやってきた。

 ユウに教えられた通りに店の玄関を開け、まずは店内の掃除。

 そして、その後コーヒーの仕込みを行う、が。


「ええと…どうすりゃいいんだ?」


 カウンターの中にあった器具を持ち出して、お湯も沸かしたのだが、いかんせんやり方がイマイチわからない。

 ユウにもらったメモを読んでみるが、いまひとつ要領を得ない。とりあえずユウがやっていたようにドリップしてみるが…


「う、苦」


 一口飲んでみて思わず顔をしかめて舌を出す。


「まいったな…」


 何度か試してみても、ユウのような味には程遠い。

 ユウの味は愚か、帝都で飲むようなそこそこ美味しいコーヒーにすら届かない。ロクに客が来ないからといって、絶対に客が来ないというわけではないから、このまま、もしも、仮に、もしかしたら客が来てしまった場合何も出すものがない。

 唯一リンがストックしていった焼菓子くらいか。


 だが、ユウの淹れるコーヒーの酸味や苦味、リンの菓子の柔らかさ甘みがお互いに引き立てあうのだからコーヒーがなければ焼菓子の魅力は半減してしまう。逆もまた然り。

 切っても切れない関係といえるだろう。


 ストックの焼菓子を頬張りながら、ウォルはそんな事を考えていた。


 トッチにもコーヒーを淹れさせてみたものの、満足の行くようなものは出来なかった。そのまま店は開店する運びとなって、ウォルもトッチも客が着ませんように、と祈るほかない。



 そんな事とは露知らず、街道をスキップで駆け抜ける一つの影。

 鼻歌を歌いながら久しぶりの至高の時間である、と顔をにんまりとさせるが、それを確認できる者は誰も居ない。

 

人が居ないものあるが、その影はすっぽりとフードローブを着込んでいて、深く被ったフードからその表情を読み取る事はできない。

 その影は一直線に喫茶店『小道』へと向かっていくのだった。


 一方開店を果たしたウォルとトッチによる喫茶店『小道』は、沈黙に包まれていた。カウンターに座って黙り込むウォルと、いつものように出入り口付近に陣取っているトッチ。

 元々あまり喋らないトッチを相手に、ウォルも流石に最近はよく一緒にいるにせよ、こう二人になったことなどなかったから話題につまってしまうし、トッチはトッチでウォルの話に短く応えるか相槌を打つばかりで、話が弾む様子はなかった。


 そんな中で、時折方法を思いついては試しにコーヒーを淹れるのだが、どうにもうまくいかない。そうこうしている間に陽が一度頂点まで上りきって、段々と西へと傾くだけの時間を過ぎ、けれど客が一人も来ないので、ウォルもトッチもこのまま時間がただ過ぎ去ってくれればいい、とそれだけを願っていた。


 勿論、その願いがかなえられる事はなかった。


カランカラン…


 ドアベルが来客を知らせる。


(な…)


 その事に一瞬驚きを浮かべたのはトッチであった。同時に来訪者を見て、その異様さに眉をひそめる。


「やぁ、ユ…あれぇ?」


 目の前のフードをすっぽりと被って表情を見せない人物が入ってくるなりしきりに首をかしげていた。

 わかるのは声色から男であることくらい。それだけならよくいる謎めき演出なのだが、トッチが驚いたのはその風貌ではなかった。


 トッチは職業柄、というかもう職業病で、店の入り口に陣取った時から感知力を最大限にまであげて、店周辺を警戒していたのだが、今やってきたこのフードの男はそれにひっかからなかったのだ。トッチの中で何か危険なものがやってきたと警鐘が鳴っている。

 その事をどうにか伝えようとちらりとカウンターのウォルへと目配せする。


「あちゃぁ~」


 だが、そのウォルはというと、額に手を当ててふるふると首を振りながらカウンターへとへたりこんでいた。そしてどうしよう、と助けを求める視線をトッチに送るのだが、そこで目配せしてきたトッチとウォルの目が合う。


 ウォルからすればトッチもまたこの絶望的な状況での絶望的な来客により、どうやって切り抜けようかと思っているように見えた。


 トッチからすれば、ウォルもお手上げになるほどやばい奴がきたのかと解釈する。


 いつもと様子の違う店内にキョロキョロとしている怪しげなフードの男を前に、二人の思いは錯綜するのであった。



――で。


「なぁんだ、そういうことだったのですねぇ」

「すまねぇな、旦那。」

「いや、かまいませんよ。あ、フーディとおよびください」

「わかった、ほんとすまんなフーディの旦那。折角遠いとこ来たんだろうけど、俺らはちょっと店番負任されちまってて……ユウは今出かけてるんだわ」


 とりあえず事情を説明するから、とウォルはフーディをカウンターへと誘導して説明し始める。トッチはトッチで油断なくフーディの様子を窺っていた。


「ふむぅ、しかし困りましたねぇ。ここで時間を潰していこうかと思っていたのですが…」

「流石に、ユウのコーヒー飲みに着た客に俺が作ったコーヒーは出せないからな」

「うぅむ」


 フード越しにぽりぽりと頭を掻くフーディ。

 ウォルも顎をさすりながらすまなさそうな顔をしていた。


「あー、フーディの旦那、酒はいけるかい?」


 そこでふと思い出したようにウォルが口を開く。


「お、酒ですか?全然いけますが…」


 フーディはそういいながらカウンターの奥の棚を見つめるが、どこにも酒の影も形もない。


「よし、トッチ! ひとっ走り頼まれてくれねぇか?」


 そこでウォルは玄関付近のトッチを呼び出して、レッドフォックスへとお使いを頼むことにする。


「すまんが、酒と何か食うものをジッチさんに頼んできてくれないか?」

「わかった」


 なるほど、とトッチはうなずく。


 この異様な来訪者に相対した危機をジッチに伝えメンバーを呼称しようというのだろう。トッチはそんな風に思い込み、またウォルのこれまでの自然な流れでのやり取りに感心するのであった。早速早馬を駆って一路レッドフォックスへと、トッチは飛び出していった。


「さて、あまり待たせるのもなんだし、早速やろうか?」

「ほう……」


 ウォルはフーディに対し、そう言い放ち、そして懐からそれを取り出した。




 早馬を走らせているトッチは必死の形相であった。

 自分の感知を潜り抜けてくるほどのつわもの。そんな人物を相手にウォルがどれほどの時間を保ってられるか。まるで検討がつかなかったのである。

 トッチとてウォルの実力は知っている。並大抵の相手では彼をどうこうできはしないだろう。けれど、今回は全くの未知数。それに対してトッチができる事はいち早くこの危機を仲間に伝え、戻り、彼に加勢する事だ。

 早馬でも四半日はかかる道程を、トッチはそのさらに半分で踏破し、丁度村での依頼を終えたジッチに急を伝える。

 話を聞いたジッチは最低限必要なものだけを揃え、先に戻ったトッチを追うように早馬を走らせた。



「いや~~、わかるねぇ、フーディさん、わかる、わかるよ!」


 急いで戻ってきたトッチが見た光景は、なんとも間の抜けたものだった。

 既に決着がついたか、あるいは未だ交戦中であろうと思い、勢いよく店に飛び込んだのであったが、そこで見たものは、カウンターに並んで談笑するウォルとフーディだった。


「……は?」


 間の抜けた声が思わず漏れ出る。

 想像していたような光景はそこにはなく、何とも平和な光景しかない。

 トッチから間抜けな声が上がるのも無理はないだろう。


「お、いよう、トッチ。早かったな!」


 振り返ってそう声を上げるウォルの顔は、ほんのりと赤くなっていた。

 二人の隙間から見えるカウンターの上には氷の入ったグラスが二つ、そして、小さな水筒が置かれてあった。


「わりぃな、あんまフーディさんを待たせてもなんだから、先に始めちゃってたぜ」


 ウォルはそう言いながら水筒の蓋をあけてグラスに少しばかり注ぐと、その傍らにおいてあったデキャンタージュから水を注ぐ。デキャンタージュにさしてあったマドラーで軽くかき混ぜると、それをフーディへと差し出していた。


「……は?」


トッチが再び間の抜けた声を上げた。




 その後、トッチもすすめられてカウンターに座る。

 なんでも、ウォルがいつも懐にいれている水筒には度数の高い酒が入れてあるらしい。それを水割りにして二人で飲んでいたという。

 客をまたせちゃいけない、と最初はフーディにすすめるばかりだったが、フーディからのお誘いもあり、トッチに食べ物と酒の手配を頼んだ手前、やや心苦しいとも思いながらその誘いを受け、しばらくちびちびと飲んでいたという事であった。


 トッチにしてみれば完全に拍子抜けである。

 早馬を飛ばした自分が馬鹿みたいだ、とカウンターに座るなり頭を抱えた。その様子を二人は不思議そうに見ていたが、とりあえずトッチにも酒をすすめ、三人で飲む事に。


 そして、後から到着したジッチによってトッチは止めを刺されることになった。


 大分遅れて到着したジッチの手には酒のつまみになるような簡単な料理と、これもまた度数の強い酒瓶が握られていた。

 酒は他に何本か馬につけてあるからおかわりもある、と言うジッチに対してトッチはため息をつく。


「ま、ウォル様ですからね」


 ニヤリと笑ってジッチもまたカウンターに着いた。

 トッチの伝言を受けて最初は最低限の装備を整えて早馬を飛ばしたのであったが、途中ではたと気付いたという。

 ジッチもウォルの人となりを知っている。

 確かに体を張って皆を守る最前衛の戦士であるし、その心根もまさに戦士足りえる人物であるが、無謀な事はしないし、何より割りと素直な性格をしている。


 そんなウォルが自然な演技をして、自然に危機を伝えるような芸当が出来るであろうか?


 可能性は半々である。いや、やや否である。

 とにかく、その辺りに思い至って、一度引き返し、ウォルの言う酒と食べ物を用意し向かったのだという。



「しかし、これじゃ喫茶店じゃなくて居酒屋ですねぇ」


 水割りを片手にフーディが陽気な声で高らかに叫ぶ。


「雰囲気的には、バー、といったところでしょうか?」


 ジッチが雰囲気を醸し出しながらグラスを傾ける。


「Bar『小道』か、いいねぇ」


 ウォルも同意する。

 トッチは黙って酒を煽り続ける。おそらく四人の誰よりも量を飲んでいるだろうトッチは、顔を真っ赤にしてそれでもぐびぐびと勢いよく飲み続けている。


「いい飲みっぷりだな、トッチ」

「……」


 ウォルがバンバンとトッチの肩を叩くがトッチは何もいわずに飲み続ける。

 本当ならば自分の早とちりが原因なのだが、どうしても納得が出来なくてだがそれを誰にもぶつける事ができなくて、その不満をぶつけるように酒を飲み続ける。


 そんなトッチをよそに、フーディとジッチはなにやら盛り上がっている。


 フーディがきたときはまだ高かった陽は、いつの間にか沈んでいて空は暗闇に塗りつぶされている。その暗闇に穴を開けたように星々が白く光り輝いていた。

 喫茶店『小道』の周りは暗闇と呼応するかのように鳴き始めた虫たちの声に包まれていた。


 そんな星々の光も虫の声もどこ吹く風と、喫茶店『小道』の中にいる男たちは大いに盛り上がっている。


ここはBar『小道』


今日だけの特別開店。


男たちの晩餐は、まだ始まったばかりだ。






「ウォル様? 綺麗に纏めてないで片づけを手伝ってくださいね」


 ジッチが転がっている酒瓶を拾いながら、今回の主犯ともいえるウォルに呆れた目線を送るのであった。

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