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いつか、わかる~帝都有力貴族護衛任務Part-終-~

帰りの馬車で、アイナとリンは一言も口を聞かなかった。

最終的には、リンをユウの隣に乗せて、客車にはアイナ一人で乗ることになった。

唯一救いだったのが、それから間もなくして帝都に到着し、そこまでアール家の使いものが来ていたこと。


盗賊団"薔薇の花束"は、四男だと言う男がユウの力を見抜き、必死に


「あれは、本物だ」


と三人の兄を説得したことで、何事もなく引いていった。

いや何事もなかったわけではない。

その事が原因で、リンとアイナはついさっきまで話していたように話せなくなってしまったのだ。


盗賊から囲まれた時、アイナは盗賊の風体や動きを見て、酷くおびえてしまった。

そしてその時、リンはユウと時を同じくして自分の力の高まりを感じていた。


初めて出来た友達、それが今酷くおびえている。

自分の友人を害すものを許しておけなかったのだ。無意識にリンは力を少しずつ解放してしまっていた。


目はより赤く輝き、その小さな角にわずかに紫電が走る。


――オーガの力


目の前の少女に何か大変な事がおきている、とアイナはひしひしと感じていた。


「大丈夫、アイナは私が守る」


そう言い放ったリンの言葉にアイナは一瞬安堵を覚え――


「ひっ」


その目を見たとき、えもいわれぬ恐ろしさが背筋を走り抜けていった。

安堵はどこかへ吹き飛び、得体の知れない力の奔流にアイナはただおびえるしかなかった。

ガチガチと唇を震わせて歯がぶつかる音をさせる。

もはやアイナは自分たちを取り囲んでいる盗賊にではなく、目の前の異形の少女への怯えに支配されてしまった。


「大丈夫!?」


扉を勢いよく開けてユウが入ってきた。

気がつくと、周りを囲んでいた盗賊たちは影も形もない。


「リン、大丈夫、落ち着いて。」


力の高まりを見せているリンに、ユウは優しい声を掛けながら両肩をぽんぽんとゆっくり叩いた。


「う……」


次の瞬間、リンは膝から崩れ落ち、それを咄嗟にユウが抱き上げていた。


「頑張ったね、リン。」

抱きすくめたリンの背中をさすりながらユウは優しく声を掛けていた。


「アイナちゃんも、怖い思いをさせてごめんなさい。」


しばらくして、リンもアイナも落ち着きを取り戻した頃、ユウはアイナの前にひざまづいて頭を下げた。


「……」


なんといえばいいのか、アイナは言葉が出てこない。

なきながら抱きついてもいいのか、それとも貴族然とした態度をとるべきなのか。

アイナは、父アールの前で色んな人間が頭を垂れるのをなんどか見たことがある。

その時の父のような態度をとればいいのだろうか。


目の前のユウ、後ろで息を整えているリン、そしてさっきリンから感じた恐ろしさ。盗賊たち。

色んな事が頭の中でぐるぐると回ってどうすればいいのか一向に答えは出なかった。


ユウの後ろではリンがアイナを見つめている。

さきほどリンから感じた恐ろしい気配は今は全くない。だが――


「アイナ?」

「ひっ――」


リンが近づいてきた時、思わず身を縮めてしまった。


「あ……」


リンの差し出した手に、アイナは身を縮めるばかり。


「ごめん…」


リンは一言そういうと、酷く悲しい顔をして、後ろを向いた。



ガラガラと音を立てて馬車が走る。

どことなくその足取りが重い気がするのは本当に気のせいだろうか。


アイナは客車の隅っこで下を向いたまま微動だにしない。

リンはリンで御者台のユウの隣で頭をユウに預けて口をへの字に結んでいる。

その目には涙が溜まっていた。


(逆戻り、か…)


思えばアイナには短い間に二度も怖い思いをさせてしまったのかもしれない。

一度目はユウのミス、だが、二度目のは…

リンはただ自分の隣の友人を守ろうとしただけなのだ。

自分の持てる力、全てを使って――


けれど、その結果は…


帝都について、アール家の使いとともにノールもきていた。

やはり一人娘の遠出には肝を潰していたらしい、馬車が来るなり客車に飛び込んで愛娘を抱きしめていた。

俯いたままのアイナは父に抱きしめられて、それでも泣く訳でもなく、喜ぶわけでもなく。

しかし、ユウとリンからはその表情を見ることが出来なかった。

ノールに事情を説明したが、むしろ良くぞ無傷で守ってくれたと賞賛されるばかり。

ユウとしては怖い思いをさせてしまった事を謝りたかったのだが、ノールはノールで「それも貴重な経験です」と言い張る。

そして、あれからすっかり元気がなくなってしまったリン。

その様子をみてユウは、やはり間違っていたのではないか、という思いに囚われていた。

依頼を受けた事、リンを連れてきたこと、寄り道をしてしまったこと…

そんな後悔にも似た念がユウを支配していく。

しかし――


やがて、ノールとアイナを乗せた馬車が出発し、ユウとリンはそれを見送る。

リンは目に涙を浮かべながら、手を振った。

けれど、馬車は無常にもいってしまう。


手を振り続けるリン。

ついにリンにも馬車が見えなくなったところで、リンはユウの足にしがみついた。

けれど、いつかの老夫婦の時のように泣くわけでもなく、口をへの字に結んだまま、ただユウの足に頭をこすり付けるばかり。


「いつか、わかってもらえるよ。」

「……いつ?」

「そのうち、かな?」


思わぬリンの問いかけに困惑の笑顔のユウ。


「今わかってほしい」

「……そっか。」

「いま…じゃない、と……もう…」

「大丈夫だよ、また会えるよ。」


頭をこすりつけてくるリンをそっと撫でる。


「あえても…だめ…」

「そうかな?」

「……」


ユウはアイナの行動を見逃してはいない。

父が馬車の窓越しにユウに一礼したとき、その背後のアイナは、何かを決意したような目でユウを見つめていた。

リンからはそれを見ることが出来なかっただろう。


きっとリンが手を振っている時も、アイナはそれをわかっていたと思う。10歳にして、強い決意の瞳を見せた少女は、きっとまたこの今にも泣き出しそうで、それを必死でこらえている少女の前に現れる。

その時は、またきっと素敵な友達に戻れる。

この7日間を、笑いあいながら過ごしたように。


リンは自分の感情がわからないでいるのだろう。

友達というものがなんなのか、まだわかっていないのだと思える。

けれど、アイナは既にリンを友達としてみてくれてるんじゃないだろうか?

あの少女の決意が何なのか、それはわからなかったけれど、一つだけわかる事は、既にアイナはおびえるだけの少女ではないのだろう、とリンの頭を撫でながらユウは思った。


間もなく夜の帳が降りてくる。

星たちが輝くステージが始まる。


空を飛んで行くユウの腕の中で、そんな夜空をみるでもなく、リンはずっと俯いている。


(なんだか、最初の頃のアイナちゃんみたい)


ユウの腕の中で、俯いたまま微動だにしないリンはまるで最初に出会った頃のアイナを思い起こさせた。


けれど――


けれど、ユウとリンが7日ぶりに自分たちの家『小道』に帰ってきて、玄関を開けようとしたとき、リンがユウのズボンの裾を引っ張った。

振り返るユウを見上げるリンの目もまた、あの時のアイナと同じように何かを決意したような力を秘めていた。


「いつか、わかってもらえるよ?」

「うん」

「その時まで…」

「その時まで、強くなる」

「ん……」


強くなる、というのがリンにとってどんな意味を持つのか。

それはユウには計り知れないものがあるのだろう。それほどに、決意を秘めた目の前の少女の赤い瞳は力に満ちていた。

リンの決意には色んなものが含まれているのだろうと思う。

それをリンは「強くなる」という言い方をしただけだ。


「そっかぁ、そうだね。」

「うん」


やはり間違いではなかった。

この依頼を受け、リンを伴っていったのは間違いではなかった。


目の前の新たな決意を秘めた少女を見て、改めてユウはそう思うのであった。



それからしばらくして。


『小道』の常連である、とある貴族の娘が運んできた手紙にユウとリンは驚かされる事になるのだが、その話はまたいつか。


ここは喫茶店『小道』


そこには強い決意を秘めた少女がいる。

その赤い目はやがて過去を知り、未来を見て、そして力強い輝きで現在いまを見つめるだろう。


笑いあえる幸せ、そのための笑顔を見つけるために。

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