パワフルとシャイエストな二人の邂逅はスマイリストによって見守られています~帝都有力貴族護衛任務 Part-2~
高級な馬車ともなるとこうまで違うのかとユウは驚いた。
これまでユウが乗った事のある馬車といえば、荷馬車だったり乗り合い馬車だったり、思えばこんな高級な馬車に乗るという体験はまさに初めてであった。
隣国国王のパレードの時の馬車はオープンだったし、乗り心地よりも派手さを前面に出していたから、正直乗り心地が良かったとはいえない。
それに比べれば、アール侯爵が普段使っているというこの馬車のなんと乗り心地のいいことか。
見た目が豪華なだけでなく、細部に気を使ってある。
たとえば客車のクッションはふかふかで、多少車輪が跳ねたところで、衝撃がほとんど来ない。
それだけではない。ユウは今御者台で手綱を握っているのだが、この御者台にもほとんど振動や揺れがこない。もしかしたら客車よりも振動が少ないかもしれない。
馬もよく慣らされているし、この手綱での操縦も非常にしやすい。
馬車など運転したことのなかったユウでも、すぐに出来るようになったしまったほどだ。
とはいえ、ユウには神託勇者の力があるから、人よりコツをつかみやすいのかもしれないが。
車輪にも何か秘密があるのかもしれない。
衝撃や振動が車輪のところで押さえられているような、そんな感じを受ける。
そういえば、アール家は元々馬具を扱う事業をしていたと聞いたことがあることをユウは思い出した。
おそらくこの馬車の開発にも何かしら関わっているのだろう。
客車は完全に雨風が避けれるように、箱型になっていて、四方に窓がついている。
御者台の中からも客車の中が窺える。
ちらりと客車の中を見ると、中にいる二つの小さな姿が見える。
一人は護衛対象であるアイナ、そしてもう一人は小さな角を持った小さなオーガ族の娘、リンだ。
アイナは終始下を向いて、時々リンの方をちらちらと見ている。
先日、料亭でユウをちらちらみていたように。
一方のリンはというと、窓の外の流れる風景を眺めたり、ふかふかのソファの感触を確かめてみたり、寝転がってみたり、どうやらユウと同じく高級馬車に驚いているようで、どことなく落ち着かないようだ。
ふと、アイナの方をみるが、その時ばかりはアイナもちら見をやめて、硬直したように下を向いてしまう。
そんなアイナの様子にリンは首をかしげたりもするが、すぐにまた外を眺めたりソファに寝転がったりする作業に戻る。
今日の行程は、このまま馬車でこの先にある宿場町まで移動する予定である。
朝早く帝都を出発して、既にもうお昼が過ぎた。
予定では、帝都から三日ほど街道に沿って南下すればアール家本家のある街につく予定だ。
移動は全て馬車、宿場町から宿場町までを朝昼をかけて移動し、あらかじめ予約した宿で宿泊。
三日後の昼ごろにはつくだろう、とノールは話していた。
本家にて一日滞在した後、また三日を掛けて戻る。
その間の護衛はユウとリンのみ、となっている。
ユウにしてみれば、リンもまた護衛対象になりうるのだが。
そして、護衛対象である二人は、一人は客車の隅で微動だにしないし、もう一人はせわしなく動き回っている。
整備の不十分な街道は、小石が落ちていたり、轍が酷かったりして、さほど速度をだしていないにもかかわらずよく跳ねる。
そのたびに、リンはソファから一瞬浮き上がる感覚を楽しんでいた。
アイナはというと、硬直した姿勢のまま同じように浮き上がって、またそのままの姿勢のままソファに沈み込む。
何が起こっても石のようにうごかないのではないのかという不安と、ある意味でその不動の意志は賞賛に値するかもしれない、なんてユウは考えていた。
(人見知りを治すのは…むずかしいかもね)
既に馬車に乗り合わせて結構な時間がたったけれど、アイナは微動だにしないし、リンの視線を受けたときも、下を向いてばかりいる。
人見知りなんて、そうすぐに治るものではない事はユウにもわかる。
けれど、これを切欠に少しでもよくなればいいなぁ、なんて、ユウは少し無責任かとも思いながら、そんな事を考えていた。
そして同時に、リンに同じ年齢くらいの友達を持つチャンスなのでは、という思いもあった。
思えばリンを預かって以来、基本的にはユウとばかり過ごしてきた。
出来るだけリンのしたいことをさせてきたし、出来るだけ甘やかさず、厳しくなりすぎずに気をつけてきたつもりもある。
しかし、この年齢の頃に同世代の友人を作り、そこで遊んだり一緒に何かをしたりすることで、さらに学べることが沢山あるはずなのに、それだけはユウもどうしようもなかった。
店をあんな辺鄙な場所に構えなければよかったのだろうけれど――
パティやトリシャ、リリーやホヴィなど、年齢が近いものも客の中にいなくもないのだが、彼らはリンからみれば全員年上だから、友達、というような感覚はリンにないかもしれない。
アイナは、リンと同じく10歳になる。いや、今年10歳になるのだから、実際はリンより一つ年下ということになるか。
リンにとっても、初めて自分と同い年くらいの子と一緒に過ごす時間になるはずだ。
最初にリンをアイナに紹介したとき、ユウには心配があった。
それもそのはず、見た目がいくら人間に近いとはいえ、リンには角があり、人間でなく異形種であることはすぐにでもわかってしまう。
出立に立ち会ったノールは目を丸くして、少々不安な表情をみせていたが、アイナはノールの後ろに隠れて、はにかみながらちらちらとユウと、そしてリン、それにリンの角を珍しそうに見ているだけで、そこに怯えやら恐怖といった感情は見て取れなかったから、ユウも少しは安心を覚えるのであった。
とはいえ、リンもアイナもあの調子だから、一体どうなる事やら、とユウは思わずため息をついてしまう。
ガラガラと軽快な音を立てて馬車は進む。
夕暮れが差し迫った頃、最初の宿場町が見えてきた。
「見えてきたよー!」
ユウは振り返って引き戸になっていた窓を開けて、客車の二人に声を掛けた。
「おおー」
ユウのその声に、すぐさま窓をあけ、身を乗り出すようにして馬車の進む方向を眺めるリンが思わず感嘆をもらしていた。
リンの見る先には、少し薄暗くなってきた空に、街灯や家の明かりがつき始めた暖かな光が満ちる街があった。それもまた、リンにとっては新鮮な景色で目を輝かせて見入っている。
一方、そんなリンをまたちらっとみて、すぐに下を向いて固まるアイナ。
「リン、落ちないように気をつけてねー。アイナちゃんも見てごらんよー」
ノールの話では、アイナは基本的に帝都から出たことがないということで、ぜひこの機会に宿場町や外の景色を見せてやってほしい、と頼まれていた。
(うぅん、本人次第なんだけどなぁ)
声を掛けてみても、アイナが動く気配はない。
代わりに、アイナの分までリンが窓と窓を行ったり来たりしている。
結局、アイナは席から動くことも、一言も発することもなく宿へとたどり着いてしまった。
馬車を預け、二人を伴って宿に入るユウ。
リンは初めての街、初めての宿に目に入ったもの、気になったものをあれはなんだろうとか、これは知ってるとか、そんな風にキョロキョロと見回しては目を輝かせている。
ちょろちょろと動き回るリンに、角を隠させているフードがとれないかと、ユウはちょっとヒヤヒヤして見ていた。
宿は、目を引くような豪華さだとか高価そうな調度品が置かれているようないかにも高級な宿ではなかったが、落ち着いていて、古風な感じがする、どこかツクシの宿や先日の料亭を思わせる雰囲気の立派な内装であった。
リンとは対照的に、アイナはただ下を向いて黙ったままでユウの後ろをついてきている。
動き回るリンに時々ちらっと視線を送っているが、宿の内装に気をとられているリンはその視線に気付く事はなかった。
チェックインを済ませ、部屋へと案内される三人。
スイート、とまではいかないが程ほどにランクの高い部屋だということは、内装や家具などの調度品の良さから窺える。
「ふかふかー」
リンがベッドに身を投げると、あまり跳ねることなく、ベッドに沈んでいく。
ユウの家のベッドだって、そう安物ではないのだが、比べ物にならない柔らかさだ。
ただ柔らかいだけでなく、完全に沈みきらず、わずかな反発もあって、腰を痛めないような工夫がなされているようだった。
部屋にはそんなベッドが二つ、部屋の左側と右側にそれぞれ据え付けてあって、その間には小さなテーブルがおかれてある。左側にはユウとリン、右側にはアイナが寝ることとなって、それぞれ荷物の整理をしているのだが、部屋の中央、ベッドの間に置かれているテーブルの上に、三人の到着にあわせて入れておいたと思われるコーヒーとお茶菓子が置いてあるのをリンは目ざとくみつけると、ベッドから這い出て、いち早くそのテーブルについた。
「あはは、お茶にしようか?」
そんなリンに思わず微笑んで、荷物を整理しているアイナにも声を掛ける。
「へっ? あっ、ひゃい!」
急に声を掛けられて、素っ頓狂な声を上げてしまうアイナ。
ユウとリン、二人の視線を浴びて、さらに自分の素っ頓狂な声に、見る見る顔が赤くなっていく。
アイナ自身顔から火が出そうなほど頬が熱くなっているのがわかって、荷物もそのままにベッドに腰掛けたまま、こぶしをぎゅっと握って下を向いたまま固まってしまっていた。
「大丈夫、大丈夫だよ」
ユウが優しいトーンでアイナに声を掛ける。
恥ずかしさのあまり少し涙目になってちたアイナだったが、その声にはっとして顔をあげると、テーブルについている二人が、優しく微笑みながら自分を見つめていた。
「あ……」
二人の笑顔は、なんだか、自分を優しく包み込んで、心の奥からじわりと暖かいものが広がっていくような、そんな風に思えた。
恥ずかしさだとか、緊張だとか、そういうものがまだ抜け切ってなかったけれど、アイナはぎこちなくベッドから立ち上がってテーブルへと歩いていく。
二人は何も言わず、優しい微笑みを崩さずその様子を見守る。
(この二人と、この二人とならお話をしてみたい、お友達になりたい……!)
そんな想いを秘めて、アイナは一歩一歩ユウとリンの元へ歩いていく。
片方は勇者という雲の上の存在、そして片方はオーガの娘という異形の者であったが、今のアイナにはそんな考えはまったくなくて、ただ自分に優しい微笑を向けてくれる二人の女性とお近づきになり、他愛もない話をして、一緒に笑いあいたい、と、その想いだけで歩みを進めていた。
アイナがテーブルにたどり着いたとき、ユウもリンもニッコリと笑った。
アイナがこれまで目にしてきたどんな笑顔よりも素敵な笑顔だった。
ただでさえ熱を帯びた顔が、さらに熱くなって来るのをアイナは感じていた。ユウにしてもリンにしても、笑顔が凶悪なのだ。その笑顔だけで世界征服が出来るんじゃないか、とアイナは本気でそんな事を思う。
「リンだよ!」
バッと手を広げて、リンが叫ぶと、その顔からぱーっと笑顔があふれた。
ニコッ、というよりはニカッっという表現の方がしっくりくるだろうそんな笑顔だった。
「あ…あああの…アイナ、です――」
腰掛けたアイナはリンのそんな自己紹介に、手を膝の上にのせてもじもじとさせながらも、自分も自己紹介を返す。
が、今まで黙りこくってたせいか、うまく声を出すことが出来なくて思わずどもってしまい、それがまた原因で唇をきゅっとかんでまた下を向いてしまった。
「お菓子、たべよう?」
アイナの側で、コトリと何かを置く音がして、ちらっと目をあげると、そこに美味しそうな焼き菓子と、覗き込むリンの顔があった。
「ひゃっ!」
間近で見たリンの大きな真紅の瞳と、小さな角、なによりそれが調和してしまう整った顔に、アイナは思わず息を呑む。
これほどの美少女ははたして帝都にいるだろうか。いや、世界中を回っても片手で数えれるくらいかもしれない。そんな奇跡のような顔を目の前にして、アイナはまた顔を赤らめた。
「あぅ……いた、いただきます……」
その言葉に満足したのか、リンはアイナを覗き込むのをやめて、自分の席に戻る。
一言でも会話出来たことが嬉しいのか、リンはニコニコ顔だ。
リンもずっと話をしたかったのかもしれない。一緒に馬車に乗っているときも、外の景色を楽しみながらも、ちらちらと自分に視線を送る、少女の視線は気になっていたはずだ。
けれど、話しかけるタイミングがつかめずにいたのかもしれない。
リンにとってはじめての同じ年くらいの子だから、どう接すればいいのかわかりかねていたのかもしれない。
リンもアイナもお互いに自分から話しかけることも出来ずにいたのだろう。
ようやく話すことができたリンがニコニコ顔であるように、焼き菓子を手に取ったアイナの顔もまたほころんでいた。
その日は、流石にアイナもリンもそれぞれ別の理由ではあるが、初日の疲れということもあって、夕食もそこそこに二人ともそれぞれの寝床で寝入ってしまった。
次の日、早くに最初の宿場町を出立したのだが、小さな二人はまだ疲れが抜けきらなかったのだろう。
馬車が発車すると間もなく、揺れる馬車をゆりかごにして、二人ともすぅすぅと静かな寝息を立てて寝入ってしまっていた。
ただ、昨日と違うのは、二人は同じ側の席に座って、寄り添うようにして寝息を立てていること。
馬車を御しながら、ユウはそんな後ろの二人に優しい微笑みを浮かべ、丁寧な運転を心がけるのであった。
愛らしい寝顔の二人を起こさないように――




