怪しいフードの男
みなさん、ごきげんよう。
怪しいフードの男こと、フーディ=F=フードフードです。
またの名を、真の魔王、シンと申します…
くく…くは……くははははっ、今、「やっぱり!」って思いませんでした?
ぷくく…いや、すみません、冗談ですよ?
そもそも僕が真魔王なら、ユウちゃんの喫茶店に足しげく通うわけありませんよね?
勇者の店に通う魔王とか、冗談にもなりませんよ。仮に僕が魔王だとしても、自殺願望はありませんからねぇ。
ははははっ!いやぁ、すみません、ご期待に応えられず。
いやね、どうも疑ってる人がいるんじゃないかと思って、ちょっと言ってみたんです。
あ、言ってみたかったってのもあります。
「私が、真の魔王だ!」
なんて、ちょっとかっこいいじゃないですか?
でもなんだかこの台詞は負けるための台詞っぽいですよね、古今東西の冒険譚や物語にもそういう台詞はでてきますが、大抵その台詞を吐いた者は勇者とか、そういう英雄と呼ばれる人達に負けて命を落としたりしていますねぇ。
ああ、むしろ人間から見れば、そういう人間種に害をなす強大な敵を打ち倒したものを英雄と呼ぶんでしたっけ?
でも果敢にそういった敵に挑んで、志半ばで命を落としたものをも英雄と呼んだりもしますねぇ。
さぁ、英雄が英雄たるためには一体何をどうすればいいんでしょうね?
英雄が先か、強大な敵が先か…
話がそれましたねぇ、とにかく僕は真魔王のシンではありません。
僕が知る限り、シンの行方は誰も知らないのです。
何年か前、現魔王様の所に姿を現してからすぐに行方知れずになりました。
聞いたところによれば、目覚めた力がすばらしく、「勇者に狩られるなんてとんでもない、自分は逃げる」と言い残して消えたそうです。
今頃どこで何をしているのでしょうか…
詮無いことですね、誰も知らないところで伸び伸びと生きているのでしょう。
あぁ、そんな疑いの眼差しを向けないで下さい、ほんとに知らないのですよ?
え?何故名前をしっているかって?
人間側には魔王の話はいってないのですか?
まぁ、魔族を毛嫌いしている人間たちですから、よくも調べもせず敵視しているのでしょうけれど、あ、そうです、私は魔族側の人間です。
どちらかというと、ですけどね。
完全に魔族ってわけじゃありませんし、人間というわけでもない、とても中途半端な存在ですよ。
私がなんなのかは、皆様のご想像にお任せします、ふふ。
ユウちゃんが勇者である事はしっていますし、恐らくユウちゃんも私が人間でない事くらいは気付いているでしょう。
今のところ彼女の店に訪れる人外は私くらいじゃないでしょうか?
ユウちゃんはそんな私にも他の人間の客同様に平等に接してくれます。
中々できることじゃありませんよ、しかもあの若さで。
そうだ、人間の間では勇者ユウの容姿は十人並みといわれているそうですね?
いやはや、人間というのはやはり見る目がありません。
魔族の間では、彼女は戦場を駆ける女神とすら言われています。
彼女は魔族から見ると人間でありながら超がつく美人なのです。
美意識は人間と魔族のそれでは違いがありますけど、人間は彼女の笑顔にやられている人も多いと聞きますが、魔族の間では笑顔だけでなく、彼女自身、全体で美人認定されています。
彼女になら殺されてもいい、という魔族は少なくありません。
敵対すべき人物でありながら、魔族の間では前魔王妃に及ぶほど人気を誇っているのです。
彼女が魔族領に足を踏み入れたのは確か…3年?4年?ほど前になりますかねぇ。
当初、勇者侵入の報を受けた魔王城は緊迫感に包まれました。
まぁ、当たり前ですよね。天敵が現れたわけですから。
加えて、真魔王であるところのシンは行方知れずですし、その事を人間側に告げたにも拘らず彼女はやってきてしまった。
対抗手段がまるでないのです。
緊迫感というかほぼ恐慌状態でしたよ、ちょっと笑えるくらい。
ああ、今だから笑えるんですけどね。
なにせ、ユウちゃんは魔物を倒しはするけれど、誰一人魔族を殺す事はなかったのに、魔王軍は慌てふためいていたのですから。
魔物に関しても撃退までで無闇に殺したりはしませんでした。
優しいというか、甘いというか…
彼女の行く手を阻み、勝負を挑んだ実力のある魔族は沢山おりましたが、その全てがユウちゃんに敗れ、そしてその美しさの虜となってしまいました。
まぁ、そんなわけで割とすんなりと彼女は魔王城にたどり着いてしまいまして、そこからが、ふふっ、いや、あの魔王の顔は今思い出しても、くくくっ、あ、すいませんね、ユウちゃんが魔王城にたどり着いたときには、その後ろから彼女に敗れた実力派の魔族達が大挙してついてきていたので、魔王はあわてふためいたらしいですよ?
「勇者が魔族を率いてせめてきたあああああ!!」
魔王の側近の一人の話ですけれど、魔王は勇者の姿をみて顔を青くしてそう叫んだそうです。
まぁ、元々彼は実力はまごうことなくピカイチですけれど、性格的には文官向きでしたからね、あまり戦闘を好まないのです。ああ、名君として名高いですよ、今の魔王は。
彼が魔王になってから戦争も少なく、魔族の暮らしが豊かになったと評判です。
魔族は戦闘を好むものも確かに多いですが、隠れて暮らしたり、静かに暮らしたいと思う方が断然に多いのです。
その辺は、人間諸君とあまり変わらないかもしれませんね。
ただ、魔族は個々の能力が人間と比べると段違いに高いので、恐れられ、そして歪められ、敵視され…
結果戦争が起こるわけです。
とにかく、ユウちゃんは魔王城に乗り込んできたわけですが、魔王の前に立ったユウちゃんはこれまた驚きの行動をみせてくれました。
魔王城謁見の間で、ついに魔王とあいまみえたユウちゃんは、魔族式の――といっても人間のものとそう換わりはしないのですが、彼女は魔王に対して礼儀を尽くしました。
魔王を始めとしてそこにいた魔族は皆一様に驚きの表情を隠せませんでした。
彼女は、魔族領を騒がせた事を詫び、次に魔王に真魔王の事を尋ねます。
魔王からすれば拍子抜けもいいところですよ、つい一瞬前までは死を覚悟していたわけですから。
魔王はシンの行方はわからぬと答え、ユウちゃんはなんとなくわかっていたのかもしれませんが、魔王の言葉を全面的に信用して、すぐに魔王城を立ち去りました。
これがユウちゃんが魔族領にやってきた時の話です。
彼女が魔族領に滞在したのは2ヶ月もないのではないですかねぇ。
彼女自身も言っていますが、ユウちゃんは方々を飛び回りました、魔王を捜し求めて。
ところで魔王と勇者が対であるという説は人間の間でも魔族の間でも最も有力な説として流布されていますが、おおよそそうではないかと僕も思っています。
皆さんは不思議に思いませんか?
勇者とは何なのか、魔王とは何なのか。
その両者を生み出す世界のシステム。
ある日突然強大な力を与えられた人は、一体どうなってしまうのか。
過去、神託勇者と真魔王、あるいはそれらと同様に強大な力に目覚めた人達が何人も居たわけですが、そもそもそれを生み出すきっかけとは何なのか。
両者は何故対立するように仕向けられているのか。
創世の神が仕組んだ事なのか、それとも自然発生的に出来たシステムなのか。
何より、その両者は”お告げ”によりある日突然覚醒する、後天的な才能なのです。
いや、あるいは生まれた時からそういう運命であるのか、それはわからないのですが、少なくとも過去のそうして覚醒した者たちは、覚醒という言葉が示すようにある日突然その力が発現するのです。
僕は、覚醒した人をさして覚醒者と呼んでいるのですが…
僕としてはわけがわかりません。
人間代表勇者や統治者としての魔王は、自身の才能と努力によりその境地に達します。
ですが、覚醒者はある日突然力に目覚め、人智を超えた力を身につけます。
努力もなしに、です。
いってみれば出鱈目なのです。
世界のシステムであるといってしまえばそれまでなのですが、システムだとしても随分出鱈目だとは思います。
けれど、世界はそれを受け入れるほかない。
どうして彼らが生まれ、そして彼らが何をもたらすのか、何もかもが謎に包まれていて一向に解明されません。
謎、といえばユウちゃんが何故勇者を引退することにしたのか、人間の間でもはっきりとした説明がなされていないそうですね?
ユウちゃんが魔王シンをみつけたかどうかも知られていませんし、ユウちゃんが引退を決めた理由とは何なのでしょう?
そして、ユウちゃんが何故喫茶店をあの場所に構えたのか。
あの場所は、季節が非常に曖昧です。
僕から言わせれば、時間の流れが何かおかしな事になっているように感じます。
はっきりとした事はいえないのですがね…
それと、あの娘、オーガ族の娘であるリンとは何者なのか。
あの娘からは、何か特別なものを感じるのです。
勿論、オーガ族という種族自体が珍しいというのもありますが、それ以外で何かあるような…
それに、何故魔族に分類されるオーガ族の子供を勇者であるユウちゃんが預かっているのか。
確かに彼女は一度魔族領に踏み入れていますが、その時にオーガ族と交戦した記録や、オーガ族の村に立ち寄ったという証言も記録もありません。
一体どこでリンを預かりうけたのか…
疑問はつきません。
どうです?あなたもコーヒーでも飲みながらこの疑問を考えてみませんか?
まずは勇者と魔王というシステムから…
え?どこでって?
コーヒーと言えば勿論、喫茶店『小道』です。
ブレンドが絶品ですよ!
まぁ、ブレンドしかないんですけどね。
ああ、リンリンの作るお菓子もまた絶品です。
何よりあの二人の作り出すあの店の雰囲気はとても安らぐ、とてもいいお店ですよ。
よろしければ、是非ご一緒にどうでしょう?
勇者のいる喫茶店、『小道』へ…




