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シークレット・コンチェルト

 闇にうごめく影が一つ……二つ……三つ。


 その影は、あるいは北から、あるいは東からと、ばらばらにそこへと集まってくる。


 山のふもとにいつのまにか洞窟がぽっかりと口をあけていた。

 ばらばらにやってきた影達は、やがてその洞窟へと吸い込まれていった。

 しばらく後で、その洞窟の奥からは微かにうめき声のようなものが響いてくる。


 そこで一体何が起きているのか、あるいは何が行われているのか。

 

 それは誰も知らない――





「ユウさん、知ってる?新しい洞窟の噂」

「新しい洞窟?」


 神火から帰ってきて、最初の客が賑やかにもたらした話がそれだった。

 ユウは注文されたコーヒーを客に出しながら疑問符を浮かべる。


「洞窟って、そんなほいほいできるものでもないんじゃ?」

「そーなんですけどねー、ちょっとあたしの村や隣村でも噂になってましてー」


 あははとパティが笑いを浮かべる。


「隣村でもちょっと話題になってたよね」


 隣にいるトリシャが相槌をうつ。

 二人は行商のために隣村へ行っていたという。行く途中、小道へ立ち寄ったのだが、その時は丁度神火にいっていた時で、閉まっていた。

 帰りに寄ってみたら開いていたので喜び勇んでやってきたのだという。


「山の向こうの話なんですけど、なんでもある日突然洞窟が開いてたそうなんです。で、ですね、その洞窟なんですけど、結構大きくて深いらしくて、近くの村の人の話では、なんでも夜になると洞窟の中からうめき声のようなものが聞こえるんだそうですよ」


 パティがしたり顔で話す。


「全部隣村で聞いた事ですけどねー」


 と、横からトリシャ。


「むぅ、いいじゃないですか。で、ですね、なんでも帝都で調査隊を編成中だとか。近隣の国からも調査隊員を募ってたりして、結構大げさな事になってるみたいなんですよ」

「へ~、忽然と姿を現した洞窟に謎のうめき声かぁ。なんだかロマンがあるね!」

「えっ?」


 今の話のどこをどう解釈するとロマンがあるのか。パティにもトリシャにもわからなくて頭に疑問符を浮かべる。


「マロン?」


 続いて店の奥から、トレイにお菓子を載せたリンが出てきた。


「ロマンだよ、リン。 いいかい、謎が謎を呼ぶ、ある日忽然と現れた洞窟! 聞こえてくる謎の音! 凄く冒険心をくすぐってくれる、ロマンの塊だよ!」

「意味不明」


 目をきらきらさせて大げさに手振り身振りをするユウに対して、リンはジト目でそんなユウを見上げている。


「ロマンもいいけど、接客する!」


 二人の客にお菓子を出し終わり、リンはびしっとユウを指差した。


「はーい」


 パティとトリシャは、そんな二人のやり取りに顔を見合わせて微笑んでいた。

 そして、リンの新作のお菓子をほおばって、舌鼓を打つ。

 「オーガ親子騒動」以来、二人はこうして時折やってきては最近の噂話や世間話を持ってくる。今日のようにユウが興味を持つ事もあれば、リンが興味を持ったり様々だ。でも、二人はそんな四方山話で、ユウとリンが織り成すやりとりが一番の楽しみなのであった。


「よし、いこう、リン!調査しよう!」

「お店!」

「大丈夫、客は来ないから!」

「目の前に二人も客がいるのに、ユウさん酷い!」


 四人の笑い声が店内に響いた。



――で、結局。


 ユウはリンを抱えたまま、静かにそこに降り立った。

 リンはむすっとした顔でユウの腕から降りる。


 『小道』から北にしばらく行くと、草原と森と山の境目があって、そこからさらに山沿いに飛んだ、帝都と隣国の国境となっている山のふもとに、その洞窟はあった。

 空が茜色に変わり、陽はその姿が山で隠れている黄昏時間。まだ陽がさしているのだが、その洞窟は入り口から少し下り坂になっていて、入ればすぐに視界は闇にとざされてしまうであろうほど深くて暗い。


 パティがいっていたうめき声のようなものはまだ聞こえなくて、むしろすぐ目の前に広がっている森の木々のざわめきや動物たちの声ばかり耳に入ってくる。

 洞窟自体は静かなもので、それでも時折風が洞窟に入り込んで風なりを起こす。

 思いのほか大きな風の音にリンはびくっとして目を丸くした。


「うめき声じゃなくて風鳴りなのかもねぇ」


 リンの頭をぽふぽふとして、ユウが呟く。

 相変わらずリンはむすっとしたままで、ユウの手を振り払うことはしないにせよ、ジト目でユウをにらむ。

 それを意に介することもなく、ユウは洞窟を眺め続ける。


「うーん、耳を澄ましてみても、風鳴り以外は聞こえないなぁ。リンはどう?」

「どうでもよい」

「そんなこといわないでよぅ……あ、ほら、今度また港町につれていくからさー」

「変なローブ着せられるし、いい」

「えぇぇ……えっと、じゃあ、ツクシさんとこまたつれてくよー?」


 ツクシ、という言葉にリンの眉がピクリと動いた。


(お、反応あり)


 ユウはにやりと笑ってたたみかける。


「キモノ、リンに似合ってたなぁ、また見たいなぁ。それにツクシさんも今度はおそろのキモノ準備してるっていってたしぃ」

「…………」


 眉どころか人間より少し長い耳をぴくぴくと動かしている。


「それに、今度はゆっくり温泉にも行きたいし、ゆっくり滞在する予定をたてて、ワガシとかもたくさん食べようよー」

「はぁ、しょうがない」


 リンがようやく、それでも大げさにため息をついて言う。

 だが、ユウは見逃さない。ユウが見逃すはずがない。リンの口元がゆるもうとするのを必死でこらえるかのように変に歪んでいたのを。


「んー……風のごーっていう中に、何か音が聞こえる。」

「音? うめき声じゃなくて?」

「うん、音。微かだけど、風の音とはぜんぜん違う。綺麗」

「綺麗な音?」


 リンは黙ってうなずくのだが、ユウは、はてと首をかしげる。洞窟の中から聞こえる綺麗な音とは一体何なのか。


 天井から水が染み出て地面の岩を打つ水音などは、時に美しい調べを奏でたりもするのだが、いくらリンの耳が良かったとしても、その音を拾えるだろうか?

 あるいは反響して聞こえてくるのかもしれないが。


「違う、そういう音じゃない。水とか風じゃなくて、もっと違う」


 あるいは、幻聴の類なのか。たまたま風鳴りの音の中に、綺麗な風鳴りがあるのかもしれないが、リンが言うには自然の音ではないという。


「何か獣とか魔物の気配は?」

「……わからない」


 言って見たものの、獣や魔族が綺麗な音を出すというのもなんだか変な話しだ。

 あるいは声で相手を惑わす力を持った音の魔族がいるのかもしれない。

 しかし、その音はほんのわずか聞こえただけでもその人を惑わしてしまう効果がある事が多い。が、ユウやリンの体には何の異変もないから、おそらくはそれも違うのであろう。


「でも、なんていうか、綺麗な音」

「ふーん……」


それからしばらく洞窟の様子を外から伺っていたが、時折風鳴りがするくらいで、誰かがやってきたり、洞窟から何かが出てきたりする事もなかった。


「よし……!」


 ユウは腰にぶら下げた短剣と、いくらかの食料や薬等が入っている皮袋、水筒の中身が入っている事を確認して、一歩踏み出した。


「いくよ、リン!」

「……はぁ」


 既に陽は沈んで、いくらかの残光だけが空を紅く燃やしていた。

 森に残っていた鳥たちがわずかに残った赤めがけて、いっせいに空へ羽ばたいていく。

 ユウの小脇に抱えられたリンは現実逃避をしようと、その様子をずっとジト目で眺めるのであった。





「ライトニング」


 洞窟に入って割りとすぐ、視界は闇に覆われた。

 すぐさまユウが呟くと、左手の先に小さな光球が生まれる。その光の球は掌に収まるような小さなサイズだったが、まばゆい光を放って、あっという間に暗闇を真昼に変えてしまった。時折バチバチと音を立てて、ユウの指先にしばらくとどまっていたが、ユウがさっと手を頭上にかざすと、意思を持っているかのようにユウ達の周囲をゆっくりとくるくる回り始めた。


「それ、初めて見る」

「そうだっけ? あ、触ると感電するからね」


 と、ユウが言ったにもかかわらず、リンはそーっと指先を光球へと近づけていった。


バチン!


「ひゃう!」


 指が当たるか当たらないというところで、音を立てて光がはじける。

 指先にびりりとした痛みを覚えて、リンはびっくりして飛び上がった。


「だから言ったのにー」


 くすっと微笑んで、ユウは思わずしりもちをついてしまったリンを引き起こす。


「びりっときた」

「それが感電だよー」


 立ち上がったリンが自分の指先とユウの周りで浮いている光球を見比べた。

 そして、またそーっと指を光球に近づけていく。


「こーら」


 ユウがリンの頭をぽふとして指先を光球に向けると、光球はユウの指先の動きに追従するように動く。

そのまま、リンの手の届かない頭上へと光球を誘導する。


「むぅ」


リンがぷくっと頬を膨らました。


「変な遊び覚えないの」

「むぅ」


 とにもかくにも灯りを得た二人は洞窟の奥へと進んでいく。

 地面には人骨や獣の骨が転がり……なんてことはなく、ただなだらかな岩肌が奥へと続くだけだ。

 蝙蝠のような鳥がユウの光球に驚いて奥へと逃げていく羽ばたき音が聞こえたり、風鳴りが聞こえたりするのだが、問題のリンに聞こえた音はまだ聞こえてこない。


「リン?」


 どうやらリンにも音が聞こえなくなったようで、無言で首を振った。


「仕方ないかぁ」


 ユウもため息をついて、その場に腰を下ろした。


「ユウ?」

「一服しよ? リン」


 皮袋から取り出したのは小さめの金属製のカップとリンの作ったお菓子。

 水筒からカップに水を注いで、リンにも渡した。リンは、やれやれといった様子だったがユウの隣に同じように腰を下ろしてカップを受け取った。


 二人の頭上では、時折ばちっと音を立てながら光球がふよふよと宙をただよっている。

 二人はそれを見ながらカップの水をすする。


「ちっちゃい太陽」


 光球を見上げたまま、リンがぼそりと呟く。


「ふむ」


 宙を漂う光球を目で追うリンを見ながら、ユウも相槌を打った。


「まぁ、太陽みたいに暑くないし、感電するけどねぇ」

「ふーん」


ユウの話を聞いているのかいないのか、リンは光球をしばらくぼんやりと眺めていた。


「あ、音――」

「お?」


しばらくそんな風に二人でぼんやりとしていると、リンが突然立ち上がって指差した。


「あっち」

「いってみますかー」


 手早く荷物を纏めて、ユウはリンの指差したほうへ向かう。リンはユウの先に立って、音が聞こえるほうへと先導していった。

 洞窟に入ってからさほど時間はたっていないのだが、洞窟内の道がずっと下り坂なのと、障害物は少ないが、ごつごつとした岩肌の道は歩き難くて、リンに少し疲労の色が見え始めていた。


「ふぅ……」

「大丈夫? リン」

「うん、大丈夫。音近くなってきてる」

「……あ、何か聞こえた気がする」


 微かに何かの音がユウにも聞こえたようだった。

 二人は顔を見合わせると、お互いにニヤリと笑って、再び歩き始めた。疲労の色が浮かんでいたリンだったが、足取りは力強い。どことなく、リンの足取りはリズムを取っているようにも見えた。


 やがて、ユウの耳にもはっきりとその音が聞こえ始めた。

 目の前の暗がりから、綺麗な旋律が流れてくる。

 それも一つの音ではなく、三つかあるいは四つのように思えた。


「綺麗な音……」

「うん」


 一瞬、その音にうっとりとするユウに、力強く頷くリン。

 そして、暗がりが続いていたはずの道の先に、突如として小さな光が浮かび上がった。


「あれは……」


 突然通路が狭くなっていて、その先の小さな入り口から光が漏れている。

 音はそこから流れてきているようだった。


 いくつもの弦が弾ける音が聞こえる。

 どことなく懐かしいような、心地良い音がユウとリンの心にすっと入ってくる。

 そんな音に導かれるままユウとリンはそこに足を踏み入れた。


「っ!?」


 突然の来訪者に、音が止む。

 小さな入り口を抜けると、大きくくりぬかれたような空洞があって、音は止んでしまったがその空間には残響がじんわりと続いていた。

 その大きな空洞の中心にこじんまりと身を寄せ合って座り、弦楽器を弾いていた者の視線がユウとリンに集まる。


「魔族……?」

「ニンゲン? ……とオーガ?」


 ほぼ同時に口を開いた。

 しばらく沈黙が続いて、その間もお互いがお互いを見つめている。

ユウ達は、音の主の姿を見て、音の主はユウ達の姿をみて、しばらく我を忘れたように見合っていた。


「人間が何のようだ」


 最初に口を開いたのは金髪で細身の男で、いち早く我に返ったその男が、ユウ達をにらむ。


「まて、こいつどこかで……」


 さらにその隣にいた紅い髪の女魔族が訝しげな目でユウを見る。


「あ……すみません。邪魔するつもりはなかったんですが」


 ユウは音の主が魔族だったという事をあまり気にした様子もなく、ペコリと頭を下げる。


「え」


 ユウのその所作は魔族にとっても予想外だったらしく、そこにいた三人の魔族にそれぞれ困惑の色が浮かぶ。

 人間が、ちいさなオーガの娘と一緒にここへやってきた事。

 自分たち魔族をみて特に困惑の色を見せていない事。

 三人の魔族は一様に困惑が深まるばかりだった。


「えっと……続けてください」

「できるか!」


 三人の視線がなんだかむずがゆくて、ユウは笑顔で手をさし伸ばして続きを促したのだが、それまで黙っていた、三人の中でも一番いかつい男が声を上げた。

 三人は手に持っていた楽器を置いて立ち上がり、油断なくユウとリンに対峙した。


「何しに、いや、どうやってここへきた?」


 金髪の魔族がユウを指差して言う。

 他の二人もユウをにらんでいる。そのうち女魔族が何かに気づき、その表情に恐怖の色を浮かべた。


「トッカ、ダンテ、そいつ勇者です……!」


 そう叫んだ女魔族の声は震えている。


「なんだって……?」


 振り返って青ざめた顔をしている女魔族を見て、二人の魔族はその言葉が嘘ではないことを悟る。


「くそ、なんでこんなとこに勇者が……」

「俺らはただ楽器の練習してただけなのに!」


 勇者の話は魔族では生き証人も少なくないから、色濃くその強さや恐ろしさが伝わっている。

 ユウ自身も幾度となく魔族領へ踏み込んだことがあるから、その名前や人相などは既に知れ渡っていてもおかしくはないだろう。

 それに気づいた女魔族と、その言葉に偽りがないだろうと判断してすべてをあきらめたような表情になる二人の魔族。


「ええっと、あのぅ」

「なんですか? もう煮るなり焼くなりどうとでもしてくださいよ!」


 ユウがそんな魔族たちに声を掛けるものの、吐き捨てるように言ってうなだれてしまい、取り付く島もない。


「聞いて」


 不貞腐れてしまった魔族たちと、その態度にオロオロしているユウの間に、突如としてリンが割って入った。


「ちがった、聞かせて!」


 そんな小さな子供の乱入にきょとんとするユウと魔族達。

 それを尻目にリンは床に置かれた楽器を指差して叫んだ。


「綺麗な音、聞きたい!」

「リン?」


 それは好奇心、なのだろう。勇者とか魔族とか、リンにはそういう事は関係なくて、そんなことよりも、もっと音楽を聴きたいとリンは言う。

 そんなリンに、ユウは優しい微笑を浮かべて、三人の魔族に向き直った。


「お邪魔してしまったのはすみません。あなた方が危惧しているように私は勇者です。でも、危害を加えるつもりはありません。むしろ聞かせてくれませんか。遠くからもあなた方の綺麗な旋律は聞こえてきました。この子も聞きたいみたいですし……」

「子供じゃないよ!」

「わかってるよ。ですから、よかったら聞かせてもらえませんか? ええっと……」


 ユウは優しい笑みを浮かべながら一度ぺこりと礼をして、三人の魔族を順番に見回した。

呆気に取られて二人をみていた魔族達はその言葉と視線に、一瞬顔を見合わせて、そして同時にうなずいた。


「俺はトッカ。後ろの二人はダンテとフーカってんだ」


 一番最初にユウをけん制した金髪の魔族がトッカで、もう一人のいかつい魔族がダンテ、唯一の紅一点の女魔族がフーカというらしい。

 トッカの紹介に、ダンテもフーカも軽く礼をする。


「勇者よ、俺らは音楽家デビューを目指して練習しててな。この洞窟は反響もいいからよくこうやって集まって練習してんだ。いつもは結界で入り口を隠してるはずなんだが……」


 トッカは後ろの二人に目配せをしたが、二人とも首を横に振るばかりだ。


「まぁ、ここまで来てしまったからにはしようがないし、そこの鬼っ子も聞きたいっていうし、勇者も俺らに手を出さないっていうし、その言葉を信じる。信じた証として、一曲送らせてもらうことにする」


 そこまで一息で言い切ったトッカは、再び二人に目配せをした。

 すぐに二人は楽器を携えて椅子に座る。トッカも同じように楽器を持って椅子に座った。


「ワン、トゥ……」


 頭を揺らしながら、トッカが指で弦をはじいて音を奏でると、ダンテとフーカもその音に重ねるように、自分の楽器を奏でた。


 少し大きな弦楽器をダンテが、小さな楽器をトッカとフーカで。


 音が重なって、空洞に響く。その残響がなんども跳ね返ってようやくユウとリンの耳に届く頃には、何重にも厚みを増して聞こえてくる。


 さっき遠くから聞いた、どこか懐かしいような旋律。

 心にすぅっと染み入ってくるような旋律。

 なんだか物悲しいけれど、暗くはなくて、明るさがある。

 希望、だろうか。そんなものを感じる曲だ。


 ユウとリンは演奏が始まると顔を見合わせてニッコリと笑って、その場に腰を下ろした。


 演奏は続いていく。


 時に切なく、時に激しく、美しい旋律が、ユウとリンの心を揺さぶっていく。

 しかし、それでいて、その旋律は一様に穏やかなのだ。

 二人は目を閉じる。



  草原を風が走っていく。


  腰の高さくらいまで生えそろった草原の中で、二人は風に吹かれている。


  弦が奏でる旋律は、まるで風の音のようで、そして、風が草を揺らす音のようで。


  草原の中で二人は寄り添って、どこからともなく流れてくる美しい旋律に身をゆだねる。


  吹く風に身をゆだねるように。


  やがて二人は風になって草原を駆け抜けていく。


  駆け抜けて、空へと舞い上がる。


  草葉を飛ばして、そのまま空へと舞い上がっていく。空へ、吸い込まれていく――


 響いていた音が収束していく。

 やがて、そこは静寂に包まれた。


 二人が目を開けると、余韻を残すように三人の魔族は最後の音を奏でた姿勢のまま動かない。


 まだ音の余韻があって、すこしくらくらする気がしたが、それでもユウは立ち上がって力の限り手を叩いた。リンもそれに習って、三人に向けて拍手をする。


 その拍手に我に返ったように三人は顔を見合わせた。

 そして立ち上がり、二人の聴衆にむけてゆっくりと頭をさげた。



「その、よかったら、もっと聞かせてくれませんか?」



 ユウがそんな三人に申し出ると、三人はその申し出を快諾して、コンサートの続きが始まった。



 穏やかに流れていく、音楽の時間。


 三人の魔族が奏でる美しい旋律は、ユウとリンを暖かく包んでくれる。


 演奏をする三人も、それを聴く二人も、皆笑顔だ。


 音を奏でるものがいて、それを聴く者がいて、そうして、そこは五人だけの秘密のコンサート会場になる。



 シークレット・コンチェルト――



 美しい調べに、笑顔を乗せて、それはいつまでも続いていた。

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