前は大火事、後ろは寒風、これなーんだ?~神の炎 Part-2~
ツクシに案内されてやってきたのは、「天花菜取の銀狐」から歩いてしばらくしたところにある広場だった。
向かっていく途中、遠くからでも光が見えていて、結構大掛かりなものに思えた。
実際に目の前まで来ると、勢いよく火が燃えていて、少し怖いくらいだ。
火の周りには手を合わせて拝んだりぼーっとみていたりする人が何人かいて、少し離れた広場の隅には簡易テントが設置され、火の管理や後始末、誘導などの役回りの人が慌しく出入りしている。
燃えている場所の袂は真っ黒になった灰や燃えカスで覆われている。
中にはまだ燃えかけのものも見えたが、見る見るうちに炎に包まれて黒い灰へと変わっていってしまった。
「ここに、なげこむんよぉ?」
火の方を指差してツクシが言う。ツクシも小さな布に包んだ荷物を持っている。
なんでも店に奉ってあった商売繁盛グッズらしくて、毎年神火で燃やして、一年の初めに新しいものを買うらしい。
「そぉれぇ~」
ツクシが手に持った布の包みを丸ごと火元へと放り込んだ。
「あれぇ~?」
ツクシが放った荷物は放物線を描いて、火元へ――着地せずに、空中分解して紙やら人形やらがバサバサと宙に舞った。
「あかん~、飛んでってまうよ~」
バサバサと宙を舞うツクシの荷物。それに追いかけながら両手をのばしてピョンピョンと跳ねるツクシ。
「ちょ、ツクシさん!そっちは火――」
跳ねながら向かう先には燃え盛る炎がある。一瞬ツクシの行動にぽかんとしてしまったユウだったが、慌てて走り出した。
と――
「ちょっと姐さん、危ないですよ」
いつの間に現れたのか、宿でユウ達を出迎えてくれた男がツクシの両肩をしっかりと掴んで止めていた。
「ああ、ヨーくん、うちのお札が飛んでぇ……」
「大丈夫ですよ、もう毎年の事ですから……ちゃんと目を開けて、周り見てくださいよ……」
「ちゃうんよ、目開けとうよ?細いだけなんよぅ」
みると、ツクシを抑えている”ヨーくん”とツクシの周りでは慣れた様子でテントにいた係りの人が散乱したツクシの荷物を拾い終えるところだった。
「おおきにぃ、たすかるわぁ、みなさん、今度うちでご飯食べてっておくれやすなぁ~サービスしはりますよって~」
「それも毎年の流れですが……」
「……えへへぇ、まいどすんまへぇん」
ツクシが耳の後ろに手を当てながら、はにかみながらもニコリと微笑んだ。
ツクシの荷物を持っていた周りの人と、"よーくん"がその笑顔に動きが止まる。
それも一瞬の事で、係りの人はすぐに動きを取り戻して拾った荷物をツクシに渡し始める。
が、よーくんは顔を紅くして硬直しているし、係りの人もどこか浮き足だっているように見えた。
「今年も出よったか、天花菜取」
「ヨギ、お前も大変やなぁ」
「いや、大丈夫っす」
ツクシに荷物を渡したついでか、よーくんことヨギに声をかけていく係りの人たち。
我に返ったヨギも顔が紅いまましきりにうなずいていた。
リンはそのツクシの笑顔になんとなくユウが重なる気がして、またツクシをじっと見る。
そのツクシはヨギに口がすっぱくなるくらい気をつけるように言われている。なんだかちょっと残念な光景に思えた。
一通り説教したヨギは、そのまま立ち去っていき、その後は、特に滞りなくツクシもユウ達も無事に荷物を神火に焚きあげることができた。
火に投げ込まれた物はあっという間に火に包まれていく。
その様子をユウとリンはじっと見つめていた。
見る見るうちに灰になっていくそれを、ユウもリンもただ黙って見つめるだけだ。
熱気が顔を照らして、熱さを感じさせるが、背中から冷たい風が吹き付けて雪が舞う。
雪は火の熱で融けて空中で消えてしまうから、火の周りには積もる事は無い。
けれど、やがて火が消えれば、ここで燃えていたことなどなかったかのように白く覆われてしまうのだろう。
神火から少し離れたところで、しゃがんで炎を見つめるリン。その横でユウも同じようにしゃがみこむ。
リンがふとユウを見上げて、手を伸ばした。
「ん……あったかい」
火があるとはいえ、吹き付ける風は冷たくて、寒さで頬が赤くなっていたのを気にしたのだろう。リンの手が頬に触れて、ユウははじめて自分の頬の冷たさに気づいた。
リンの手を自分の手で包むようにすると、今度はリンの手の冷たさがわかる。
寒いけれど、暖かくて、お互いの手から伝わる温もりは、心にまで届いて暖めてくれるような気がした。
そんな様子を、ツクシもまた暖かい微笑みを浮かべて見守るのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
折角来たのだから、と、神火の終わりまで見ていくことにしたユウ達だったが、終わる頃にはすっかり夜もふけてしまい、また寒さも増してきていた。
終わる直前まで、今日の仕事を終えてきた人や、忘れていたのか慌ててくる人、何も持たずにやってきてのんびりと暖を取って帰っていく人など、様々な人たちが入れ替わり立ち替りでやってきていた。
一度に何十人も集まるような事はなかったのだが、その代わり人が途切れることもなかった。
係りをしていた人も、一度に来てくれると楽なのに、と苦笑いを浮かべていたが、それでもその忙しさを楽しんでいるようだった。
ツクシもテントの側でやってくる客や顔見知り、係りの人たちと一緒に振舞われるお酒を飲んだりしながらニコニコと談笑していた。
「さぁ、帰るわよぉ~」
火が落ちたのを見届けて、ツクシが片手を上に突き出して言う。
ほろ酔いで顔を赤くして、上機嫌な様子だが、ユウとリンはというと、火も消えて寒さが段々と体を侵食し始めてきたものだから、身を寄せ合って暖を取ろうとしていた。
「帰ったら、温泉すぐ入れるわよぉ~」
「おんせん?」
リンは首をかしげる。
「おっきいお風呂のことだよー」
「お風呂! 早く帰ろう!」
「はいはい」
寒さもあってか、大きいお風呂という話にリンは目を輝かせた。
ユウとツクシの手を引っ張ってしきりに帰ろう帰ろうと二人をせかす。
「あらあらまぁ~」
酔っ払ってるせいなのか、リンに手を引かれて嬉しそうに笑うツクシ。
ユウもリンの様子に嬉しそうに微笑んでいる。
そのまま二人はリンから引っ張られるようにして宿へと帰ってきた。
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「おお」
風呂場に入ったリンの第一声である。
室内にあつらえた風呂場はかなり広いにもかかわらず湯煙が充満している。
入り口付近にお湯の張られた水路のような道が何本かならんでいて、それが奥の風呂桶まで続いている。
風呂桶からは裏庭が見えるように大きめの窓があった。
「これは、うちの特徴でねぇ、ここからお湯を汲んで体を洗ってもらえるようになってはるんよぉ」
リンの後に続いて入ってきたツクシが水路を指差して説明してくれる。
水路は一段高いところに設けられていて、そこに棚の様にして石鹸やシャンプーなどがおいてあった。
「結構、評判いいのよぉ」
自慢気に胸を張るツクシ。
「……おお」
その様子にリンはまた別の驚きの声を上げた。
ツクシたちが着ている特徴的な服は着物と呼ばれていて、そのかっちりとした服から体の起伏はわかりにくかったが、今リンの目の前にいるツクシはまさにリンの思い描いていた理想そのものだった。
後ろからはタオルを巻きつけたユウが続いて風呂場に入ってきたのだが、それをみたリンがため息をついた。
「ああ……」
「なんだその残念そうな顔は」
それはともかく、ツクシの指導の元、体を洗い、頭を洗って、ようやく風呂へと体を沈める三人。
「いやぁ、やっぱりいいですねぇ、温泉」
「でしょぉ? 芯まで冷えた体を、芯まであっためてくれはるんよぉ」
お湯につかって、ふぅと息を漏らす。
「それにしても、よーくん……ヨギ君は随分大きくなったんですねぇ、全然わかりませんでしたよー」
ユウが思い出したようにツクシに向かって言う。
「そうやろぉ? ユウちゃんが、初めてここに来た時は、こぉんなにちぃさかったのに、あれよあれよと言う間にこぉんなにおっきくなってぇ」
ツクシが手を下から上へとずいっと伸ばしてみせる。
「今じゃ、あんなんなぁ」
と、上を向く。
「あはは、そうですねぇ」
そんなツクシの様子が面白いやらほほえましいやらで思わず笑うユウ。
「こないだなんかねぇ……」
話が続く。のんびりとしながら、ツクシの話を聞いて、驚いたり、笑ったり。
リンは口元までお湯に浸かったり、風呂桶から出たり入ったり、温泉を楽しんでいるようだった。
「胃から汗が出るまで、あがったらあかんよぉ」
ツクシが笑いながら言っていたが、つい話に夢中になってしまい、三人は本当に胃から汗が出るんじゃないかと思うほど長く風呂にいるのであった。
風呂から出て部屋に戻ると夕食の用意が済んであった。三人分。お銚子もおいてある。
「これは……」
ギ、ギ、ギ、と体が固められたような音でも出すかのようにユウが後ろを振り返ると、とびっきりのニコニコな顔が、その手にさらにお銚子を持ってそこにいた。




