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パティ&トリシャ、襲来

「こんにちはー!」

「こんにちは」


 勢い良く扉が開いて、二つの声が店内に響く。

 入ってきたのは二人の少女。

 ダークブラウンの髪をショートに切りそろえた活発そうな少女パティと、

そしてブロンドの長髪をポニーテールにまとめた落ち着いた雰囲気の女性、トリシャである。


『オーガの親子騒動』以来、二人は時々連れ立ってここ、喫茶店『小道』に訪れるようになった。



 ウォル達冒険者に連れられてやってきたパティがユウを見とめて大声で指差したとき、ユウはすぐにはわからなかったのだが、自分が「レッドフォックス」の娘だと明かすと、ユウは「ああ、パティちゃんか」とすぐに自分の名前を思い出して微笑んでくれた。


 その時パティ達は隣村まで急ぎの旅路だったし、確認も取れて、お尻も痛いからと店には入らずにその場を後にしたのだが、隣村で合流したトリシャにその話をしたら、


「川を渡った意味がなかった」


と、頬をふくらませていた。


隣村からの帰りに二人が『小道』に顔を出すと、ユウは笑顔で迎えてくれた。

ユウはトリシャの事も覚えていて、歳も近いからか一目でわかったというから、パティはちょっと悔しがっていた。


「そうか、このナイスバデーだな。このけしからんバデーで覚えていたんだな!」

「ちょ、やめっ、絶対違うわ!」

「あはは……」


体を触りまくるパティを引っぺがそうとするトリシャ。そんな二人を見てユウは苦笑いを浮かべていた。


「ほら、パティちゃんは見違えたから」

「そうすると、私は見違えてない、と」


ユウの言葉にパティがぱっと目を輝かせるが、今度はトリシャが半眼でユウをみる。


「いや、トリシャちゃんも見違えたけど……昔から美人だからっていうか、もちろんパティちゃんも可愛いんだけど、えっとぉ……」


二人からジト眼で見つめられて、たじたじになってしまうユウ。

しばらくそんなやり取りをして、二人は店に入らずに、また来ると言って帰っていった。




「………」


そうして再びやってきた二人は、店に入ってすぐ、あるものを無言で凝視していた。

それはカウンター席に置かれていて、二人にとっては初めて見るものであった。

その奥でユウは人差し指を唇につけたあと、両手を目の前であわせるジェスチャーを何度も繰り返していた。


そんなユウとカウンターにおかれたものを交互にみる。

それは、ウェイトレス服を着せられたちいさな人形で、カウンター席に腰掛けて眼を閉じている。


 いや、人形ではない。

 人形と見間違うほどの美少女が、静かに肩を上下に揺らして寝息を立てている。

しかし、その頭には二本の小さな角があるし、耳は少しとんがっている。

それをみれば、少なくとも人間ではなかったが――


(やばっ、これやばっ、トリシャ姉! これやばい!)

(わかってる、わかってるよ。これは……いいものだ。)


二人はこそこそと小声で話しながら二人して、目の前のやばいものを覗き込む。


(これは……)


むにゅむにゅと口を動かしている。

そしてゆっくりとその眼が開かれた。


「みゅ?」


リンが眼を覚ますと、目の前に見知らぬ顔が二つあった。


「ふあっ!?」


 思わずびっくりしてユウの姿を探してきょろきょろと見回す。

 しかしユウはその時ちょうどリンの後ろにいたし、視界のほとんどが見知らぬ二人の顔でうめられていたから、ユウの姿を見つける事が出来ない。


「かわいい~~~~っ!!」


目の前の二人は顔を見合わせて、同時にリンに視線を送り、同時に叫んでいた。


「ユウさん、ユウさん、この子抱きしめていいの!?」

「あ、パティちゃん、私もー!」


 ユウの許諾を得ぬまま、勢いでパティがリンを抱き上げた。反対側からパティごと抱くようにトリシャが二人を抱きしめる。


「むぎゅ」


つぶれたような声が間から聞こえたが、二人はお構いなしだ。


「えっと……あはは……」


その様子にユウが困惑した笑みを浮かべる。

リンが助けて、と目線をおくっているが、ユウは二人の勢いに圧倒されていて止める術をもたなかった。


(ごめん、リン、ちょっとだけ我慢して)


と苦笑いのまま片手でごめんのジェスチャーをリンにおくっていた。


(たすけてぇぇぇ)


挟まれて、声をあげることも出来ず、リンは二人にわやくちゃにされる他なかったのであった。


しばらくして。


ようやく二人から解放されたリンはむすっとした顔をしてユウの傍にくっついていた。


「あはは……ごめんなさい、つい」

「私も、つい、可愛かったものだから……」


パティとトリシャはカウンター席に座ってリンに頭を下げる。


「まぁ、悪気があったわけじゃないし、リンも許してあげてね?」


ジト目で二人を睨んでいたリンは、ユウの言葉にも、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

その割りにユウのそばからは離れないのだが。


「とりあえずコーヒーだよ、どうぞ。ほら、リンもあれもってきてよ」


二人にコーヒーをだして、ユウがリンの頭をぽむぽむとする。

リンはしばらく、むすーっと口をとんがらせていたが、店の奥の貯蔵庫からお菓子を載せた皿を二つ持ってきて二人に出す。


「どうぞ」


相変わらずむすっとしながら、ちょっと警戒もしつつ、皿を置く。


「うわ~、おいしそう!」

「ほんと、いい香りがするね~」


二人はリンの表情にバツが悪そうにしていたが、出されたお菓子を前に、目を輝かせた。

その言葉に、リンがむすっとしながらも口角が上がりそうになるのを我慢しているようで、唇を歪ませていたのをユウは見逃さなかった。


「この子が作ったんですよ、ぜひ食べて!」


いつものニコニコ笑顔で二人に促した。


「凄くちょうど良い甘さ! コーヒーを引き立てて、そしてコーヒーもこのお菓子の味を引き立てて!」

「これは癖になりそう!」


二人はお菓子を頬張って、目を閉じてぷるぷると体を震わす。


「凄くおいしいよ! リンちゃん!」

「うん、凄い!」


二人はリンを絶賛している。

リンは相変わらずむすっとした顔をしている、のだが、口元はぶるぶると震えていて――


「あ、デレた。」


ユウがそう微笑んだと同時に、リンの口はにへらっとだらしなく笑った。


「か~わ~い~い~!」


 パティがリンの笑みに気づいて思わず声を上げる。

リンはその声に一瞬びくっとなるが、口元はゆるんだままだ。


 パティがリンを一方的に構って追い掛け回したり、その間ユウとトリシャは談笑したり、リンとパティの様子を見て微笑んだり。

 リンもなんだかんだで、嫌ではなそうだ。

 最初は見知らぬ二人から抱きしめ攻撃にあったから驚きはしたものの、パティとの追いかけっこを楽しんでいるようにも見える。

 やがて、トリシャもパティと一緒にリンを追いかけ始めて、リン争奪戦が始まろうとしていた。

ユウは、自分用のコーヒーを片手にその様子をニコニコ微笑んで眺めるのであった。


 争奪戦も終わって、リン、パティ、トリシャの3人は並んでカウンターに座っている。

 もちろん真ん中がリンで、パティとトリシャが挟むように座っている。

リンは目を薄く開きながら、むすっとした顔だ。

ただ、本気で嫌がっていないのはユウにはすぐにわかった。

パティやトリシャもなんとなくわかっているのだろう。多少気は遣っているものの、あれやこれやと世話を焼いている。


「子供じゃないよ!」

「うんうん、そうだね~」


リンの言葉に耳を貸しているのか貸していないのか、パティとトリシャが順番に頭を撫でる。

むすっとしたままのリンだがその手を払いのけたりはしない。

微笑ましくて、ユウはついつい三人を眺めてしまう。


「ユ~ウ~?」


 さっきから何故かニコニコ微笑んで助けもしてくれないユウを、リンはジト目で睨む。

 なんだか、ユウに見世物にされてるような、そんな気がしてならないようだった。

 それでもリンは、嫌だとか、悪い気はしていないようではあるが。


 そこからはユウも交えて女性同士の会話が始まって、リンにはわからない話が多くて時々首を傾げていたり、その様子に感極まってパティやトリシャが抱きついたり、リンがそれを引き剥がそうとしていたり。

 しばらくそんなことを繰り返すうちに、空に赤みが差してきた事にトリシャが気づいた。


「そろそろおいとましますー」

「えっ」


トリシャの言葉に目を見開いたのはリンだった。


「ええー、まだいいじゃん、トリシャ姉」

「こら、夜になる前に帰らないとおじさんに怒られるよ!」

「へ~い」


 普段はバカ親父と呼んで、喧嘩三昧のパティ親子だが、自分が原因で怒られるのは嫌なようだ。

 トリシャの言葉に素直に従ったパティが「じゃあまたね、リンたん」とリンをぎゅっと抱きしめる。


「もうくるな」

「ええええ」


 むすっとしたままのリンの言葉にあからさまにがっかりするパティ。

 もちろん冗談だとわかっている。

ユウもトリシャもニコニコとして二人をみていた。

いざ帰る段になって、玄関のところで、リンがちょっと顔を紅くして二人にラッピングした焼き菓子を渡していた。


「うわぁ、ありがとう! またくるよ!」

「もうくるな」

「もう、そんなこといってぇ、でもありがとう、大事に食べるよ!」

「うん」


と、また一方的にパティがリンに抱きついていた。

二人は「それじゃ」と帰っていった。

見送るリンは少しさびしそうな顔をしていた。


「急に静かになったねぇ?」

「せいせいする」


 二人が帰った後、店内にはさっきまでの喧騒の残滓があるようで、それでも二人の姿はなくて、なんだかちょっと物足りないようなそんな気にさえなってしまう。


「楽しかったねぇ?」

「うるさかった」


 今生の別れではないし、また明日でもいつでも会えるけれど、小さなお別れでもやっぱり別れは別れで、何だか物悲しく感じてしまう。


「またきてくれるといいねぇ」

「来ないでほしい」


 ユウの言葉に悪態をつくリン。それでも、その声に棘はなくて、別れの悲しみをごまかしているようにも感じられた。


「ほら、リン」

「…また来るって言ってた」


 ユウがホットミルクを渡すと、受け取ったリンは少しさびしげに笑った。


「そうだね、じゃあ、新しいお菓子用意しておかないとね」

「パティにはもったいない」


そういいながらも、新しいお菓子を出した時のパティの反応を想像したのか、リンはにやっと笑う。


それから、パティがパティがとリンが言うから、よっぽど気に入ったのだろう。

「今度村までいってみようか」と提案すると、


「わざわざいかなくてもいい、でもユウが行きたいなら行こう?」


ユウは思わず噴出しそうになってしまった。

「はいはい、そのうち行こうね?」とぽんぽんとリンの頭を撫でる。

そんなユウの表情に気づいたリンは、むっとしてユウを睨むのだった。


やがて日が落ちて、昼間とは打って変わって静寂がそこを支配する。

カウンター席に座ったリンがホットミルクに口をつけながら、ほうとため息を吐いた。

その目は店内をじっと眺めている。

昼の事を思い出してか、むすっとなったり、にやっとなったり、ころころと表情が変わる。

でも最後にはさびしげに目を薄くして伏目がちになっていた。


「また来てくれるよ」

「うん」


ホットミルクをちびりと飲んで、リンが何かを振り払うように頭を横に振って、


「今度来たら目に物みせる」


と、ぐっと拳を握り締め、高らかに宣言した。



その日の夜、リンは、昼間の二人が出てきて、怪しげな笑みを浮かべながらリンを執拗に撫で回す夢を見て、うなされていた。


「?」


うんうんという声で目が覚めたユウは、唸るリンに寝ぼけ眼のまま首を傾げていた。


夜は更けていく。

静かに虫が鳴いて、それが静寂を際立たせてしまう。


虫の声と混じるようにして、リンの唸り声はしばらく続くのであった。


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