看板娘パティ
みなさん、こんにちはー!
あ、はじめましてだよね!
パティっていいます、よろしく!
この間、オーガを目撃したって村の男の人がうちに飛び込んできたんですよ。
あ、うちはレッドフォックスって宿をやってます!
昔勇者様も泊まりに来た、由緒正しい宿屋だよ!
そこそこのご飯とそこそこの寝床をご用意してお待ちしてます!
……うん、そこそこだから、あんまり期待しないで欲しいけど、近くまできたら泊まってってほしいなー。
まったく、うちのバカ親父ときたら…経営努力が足りない!現状で満足しすぎ!
っとと、すいません、何の話でしたっけ?
ああ、オーガを目撃したって話でしたね!
隣村との間に昔からあるっていう今は使われてない廃屋で見たって話で、しかも親子だったそうですよ。
それで、確認しようにも、オーガはやばいってことで誰もいこうとしなくて…
そしたら、トリシャ姉が見てくるって言いだしたもんだから、村総出で止めにはいる事に……
あ、トリシャ姉ってのはあたしの3つ上の幼馴染で、とーっても強いんですよー!
同年代の男なんか、その拳で一発KOしちゃうんですよ!
その上治癒魔法も使えるんです!
何でもトリシャ姉の両親は冒険者をやっていたとかで、それが縁で結婚したらしいんです。
お父さんは戦士で、巨大な斧を振り回す勇士で、お母さんは治癒魔法や神聖魔法に長けた僧侶だったそうです。
まさにサラブレッドなトリシャ姉は、自分は拳闘士になるんだっていって、昔から修行や鍛錬をかかしたことがなかったんだけど、そのせいか、かなりナイスなバデーになってるんです。
しかも金髪!ポニーテール!おまけに美人!そしてスタイル抜群!
かなりうらやましい!
あたしなんか、給仕のしすぎで腕にばっかり筋肉ついちゃって……まったくあのバカ親父め。
あーっと、そうじゃない。
とにかく、自分が確認してくるっていうトリシャ姉をどうにかいさめて、それでも打開策がみつからなくて、業を煮やしたトリシャ姉が今度は川を越えて冒険者ギルドに依頼してくるって言い始めたんです。
村の大人も男たちも最初は渋い顔をしてて、まぁ、流石にいくらトリシャ姉が強いっていっても、女の子一人で川を越えさせるのは心配だった見たいなんだけど、川の様子も落ち着いてるし、トリシャ姉もこのままじゃまた暴走しそうだったので、結局行かせる事になっちゃったんです。
それからしばらくてして、冒険者ご一行様が到着したんだけど、
トリシャ姉の事はわからないみたいだったし、報告もあいまいで、なんだか怪しい。
リーダーっぽい強そうな戦士のおっさんとか、スカウトの人は確かにそれっぽいけど、なんだか落ち着きのない、あたしと同じくらいの男の子とか、トリシャ姉くらいのちょっと派手そうなお姉さんとか、それに、執事?なんで執事?
いやでもこの執事は強そうだけれど。
そにかく色々とちぐはぐすぎて怪しすぎる。
流石に村長さんも怪しがってて、確証がほしいと二言目には言ってる。
あ、ギルドマスターの名前まででてきた。逆に怪しい。
ほら、よくあるじゃない?
帝都の方から来ました、とか、なんとかギルドが新しい事業を始めたので投資しませんか?とか、
行った覚えのない施設からの請求書とか。
今度は依頼書偽造とか、あるいは証拠品偽造とか、あるいは自作自演なんてのもあるのかもしれない。
気をつけよう、うん。
また話がそれちゃった。
戦士のおっさんが同行者をつけて確認してくれって言い始めた。護衛も無料って、なんかその無料ってのも怪しいよね。
基本無料だけど、諸経費は自分で負担してくださいね、みたいな。
結局契約金払うより高くなったりね!
あ、でも、あの人たちの言う事が本当なら隣村まで安全にいけるよね。
トリシャ姉にを迎えにいけるかも。
うーん、同行者かぁ、あたしじゃだめかなぁ……
「それ、あたしがいってもいいですか?」
思わず言ってしまった。
突然あたしが入ってきた事に、戦士のおっさんは一瞬目を丸くしたけれど、彼が何か言う前に、背中に怒声をあびせられてしまった。
「おい、パティ、仕事はどーすんだ?」
バカ親父め、こんなつぶれかけ宿にどんな仕事があるっていうのさ。
常連に飯をだすくらいで、泊り客なんか滅多に来ないし。
いやまぁ、常連さんには感謝してるよ?
家族が食べていけるのも常連さんがご飯だけを食べにきてくれるおかげです。
ありがとうございます。
でもさぁ、いっつも同じ顔に同じメニューだすだけで、別段忙しくないし、あたしが給仕やらなくても大丈夫じゃない?
たまには外にでたくもなるのよさ、まったく。
「うっさいバカ親父!そういう事は繁盛させてから言えってんだ!」
「なぁんだとぉ!!」
顔を真っ赤にしてすっ飛んできた親父を睨んでやった。
親父も睨んできて睨みあいになる。
「まぁまぁ」
村長が割って入ってきて、続いて戦士のおっさんも仲裁に入ってきた。
別にそんなことしなくても、いつものことなんだけど。
あ、でも何か戦士のおっさんが今いいこといった!
同行してもいいみたい、何この戦士、いい戦士!
怪しいなんて思ってごめんね!おっさんはいい戦士だよ!
翌日、朝っぱらから親父にたたき起こされた。
そうだった、今日はあのおっさん――冒険者達に同行するんだった。
村長が馬車を用意してくれていた、いいとこあるじゃん。
でもこれって、帰りはあたしが運転するの?
え?帝都までつかってくれていい?太っ腹だな、村長、見た目どおりだ!
あれ?でも帰りは……まぁ、トリシャ姉がなんとかするよね!
スカウトさんが御者台にのって、あたしたち全員が乗り込んだのを確認すると、手綱を振るった。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
馬車の乗り心地は最悪だった。
御者のスカウトさんがやたら飛ばすもんだから、時々客席から皆の尻が宙に浮いてた。
お尻が痛い。
他の四人も、舌を噛まないように何もしゃべらなかったけれど、みんなどっと疲れた顔をしていた。
お姉さんなんかはさらに青ざめた顔をして今にも吐きそうだ。
そういえば皆の名前聞いてなかったな。ま、いっか。
半日もしないうちに、目的地へと付いた。
皆馬車から降りてきたが、一様にお尻をさすりながら腰を曲げて降りていく。あたしもだけど。
御者台にいたスカウトさんだけどは平然としていた。
それもスカウトの能力なのかな……
馬車を降りると、街道から分かれた小道があって、その先にログハウスが見える。
お? 分かれ道に看板があるぞ?
なになに……喫茶店『小道」?
えー……小道だから『小道』?
ってかなんでこんな所に喫茶店? 客呼ぶ気ないよね、これ…
で、おっさん達冒険者は警戒もせずにログハウスへと歩き出す。
「あとは急がなくていいからな?ゆっくりいっていいからな?」
おっさんがスカウトさんを必死に諭している。スカウトさんはまったく気にも留めてないようだ。
あたしとしても、あとはゆっくりいってもらいたい…
まったく警戒していないところをみると、本当に害はないようだ。
いや、まつんだあたし。もしかしたらここがおっさん達の拠点で、あわれ美少女たる私はこの野獣どもの餌食、そして奴隷として売り飛ばされ……
「何やってんだ? 早く来いよ」
変な妄想してたら置いていかれてた。
ん? ログハウスの玄関にだれか人がいる。
あれは――
「あれえええええ!」
思わず指差して叫んでしまった。
「?」
その人は首を傾げて、大声をあげてしまったあたしをみている。
まだあたしが看板娘でなかったころ、うちに何度か訪れた客。
親父やお母さんが興奮して、緊張してもてなした客。
その人は親父とお母さんの夫婦喧嘩に困ったような笑顔を浮かべていた。
あたしに気づいて、ドキドキするほど素敵な笑顔を浮かべてくれた、大事なお客さん。
あたしは一回しか会ったことがないけれど、その笑顔は忘れられようがなかった。
「ユウ様!」
あたしの目の前にいたのは、勇者ユウ、その人だった。




