『オーガ親子騒動』と宿屋の看板娘
その村は帝都から小高い山を越え、森を横切って、少し険しい山の山沿いを行ったところにある、レッドフォックスという名の小さな村だった。
その小さな村を震撼させた事件があった。
「オーガと思しき親子が街道沿いに住み着いている」
というものだ。
この村は帝国でも辺境に位置しているため、人の往来や観光客、行商人などはとても少ない。
少ないのだが、唯一帝都につながる街道は、村にとっての生命線でもある。
隣の村に行くにも、街道を使わないとすれば、村の南側の川を渡っていくしか道がない。
が、南の川は気性が激しくて安全に渡れる時期が短くて、常に渡れるわけではない。
観光客や行商人などはこなくても、こちらから隣村や時には帝都まで収穫された作物の行商に出たり、税を納めにでたり、やや一方通行気味ではあるものの、街道が使えなくては困るのだ。
だからこそ、街道は生命線なのである。
とにかく、その生命線である街道に危険な魔物が住み着いたという。
村にとっては由々しき問題であった。そこで村の若者が使者を申し出て、決死の思いで隣村へと赴いた。
川を挟んだ隣村であるグリーンラクーンの村でもまた、近くに脅威となる存在があるということで、一も二も無く共同での依頼、という事になったのではあるが。
報告を受けた村長はひどく微妙な表情で、目の前の男を見ていた。
「ってことで、害はないと思う。住んでたのは人間だ」
「それは…しかし、亡霊のたぐい、あるいは魔物のたぐいでだまされたとかは……」
「気持ちはわかるけどよ、大丈夫だって」
「夜盗とか盗賊の類という線も……」
「帝都のギルマスの名にかけて保証するよ、大丈夫」
「はぁ……」
同席の冒険者はそれぞれ違った表情をしている。特に、若い二人の冒険者、一人はなんだかそわそわしている少年、もう一人は表情がめまぐるしく変わる少女。
遠くをみたり、突然鼻息を粗くしたり、ぽやっとしてみたり。
村長としては安くは無い報酬をだすのであるから、確実に安全であるという証拠が欲しかった。それなのに、目の前の冒険者はなんだか曖昧な報告をするばかりである。
連れている面子も何だか胡散臭い。
高い報酬目当てに適当な事を言っている可能性だって否定は出来ないのだ。
確かに依頼書はあの日使者を名乗り出た若者に託したものだし、隣村の村長のサインも本物だと思われる。
ギルドマスターの名前まで出してきたが、それでも被害がでてからでは遅いのだ。
慎重になって慎重になりすぎるという事もないだろう。
「うーん、しかしなぁ。よっし、わかった! 俺たちゃ明日にでも帝都に向けて帰るんだが、どうせその途中だからな。一人か二人確認によこしてくれ。護衛は無料で俺たちがやるよ」
「うぅむ……わかりました。それでは明日、人を同行させましょう。確認が取れ次第、報酬をお持ちしますので、申し訳ないのですが、隣村でお待ちいただけると幸いです」
「じゃあ、それでよろしく」
◆◇◆◇◆◇◆◇
ここは、宿屋『レッドフォックス』。
村と同じ名を冠すという大層な名前だが、完全に名前負けしている内装である。
入ってすぐロビー兼食堂になっており、一応宿泊客じゃなくても食事や酒を飲める。
建屋は2階建てで部屋は二階に都合六部屋ある。
申し訳程度に階段脇にキツネの剥製が置いてあったり、キツネの毛皮が壁にかけてあったりするが。
唯一この宿の売りは、かつて勇者が泊まりに来た、くらいだろう。
フロントにいる親父の後ろの額に、勇者のサイン入りの布が納められているのがみてとれた。何でも山の探索で訪れるたびにここを利用していたという。
何を探索していたのかは誰も知らなかったのではあるが。
今日は珍しく冒険者の一段が食堂の一角に陣取っていた。
食堂常連の客は物珍しそうに最初は見るのだが、冒険者と話をしているのが村長だとわかると、何か期待をするような目に変わっていた。
「それ、あたしがいってもいいですか?」
冒険者と村長が話してたところに手を上げて割って入っていく少女がいた。
ダークブラウンの髪をショートカットにしており、給仕の格好をしている活発そうな少女で、この宿の看板娘でもある。名をパティといった。
「おい、パティ、仕事はどーすんだ!」
瞬間、フロントから怒鳴り声が飛ぶ。
「うっさいバカ親父! そういう事は繁盛させてから言えってんだ!」
「なぁんだとぉ!!」
フロントを飛び越えてパティの傍まで走ってきた親父が上から見下ろすようにパティをにらむ。
パティも負けずに下から睨み返している。
「やめんか、二人とも」
村長がそんな二人に声をかけるが、二人はにらみ合ったままだ。客たちは、怒鳴り声に一瞬顔をあげたが、またかといった風に食事もどる。この親子の喧嘩は日常茶飯事のようであった。
「パティは確かに看板娘だけど、あの喧嘩がむしろ看板だよ」
客たちはその意見に口をそろえて同意していた。とにもかくにも『レッドフォックス』は親子喧嘩が絶えず、常連の客も野次を飛ばしたりしてはやし立てるものだから、すっかり名物になっていた。
「まぁまぁ、二人とも。いいじゃないですか、意欲あふれる若者には色んな経験が必要です」
ウォルが仲裁に入ろうとする。
「いや、しかし……」
「そういえば、トリシャはパティの幼馴染であったの。パティも心配なのじゃろう、のぅ? 店主よ。トリシャもこの件が片付くまでは隣村にいるであろうしのぅ」
「うぅむ……」
レッドフォックス店主と村長のやり取りのなか、パティはうんうんとうなずいている。
トリシャとは、パティの幼馴染の三つ上の十八歳で、冒険者を志している女性だった。
最初はオーガを退治すると息巻いていたのだが、村人たちの必死の説得により、それは叶わなかった。
オーガを退治するというのは無理があったが、それならばと皆が尻込みする中、隣村への使者を買って出たのであった。
女の子を一人いかせるのもどうかという話も出たが、すでにこの時トリシャに腕力で適う男はおらず、正義感に燃える少女を止められるものはいなかった。
そうしてトリシャは隣村へと川を渡っていった。泳いで。
トリシャの安否確認に、依頼解決の事実確認と、隣村への報告も兼ねて、結局同行者はパティに決まった。
ウォルたちはもちろん、隣村までのパティの護衛を快く引き受けるのであった。




