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ある冒険者の邂逅

 その日の朝は格別に早かった。

 緊張していたのかもしれないし、ワクワクしていたのもあるかもしれない。

 とにかく、まだ薄暗いうちに目を覚まして、のそのそと毛布からはいでる。

 目の前には火の番をしている、魔法使いの少女の付き人で、スカウトのトッチの姿があった。


「まだ寝てて大丈夫だ」


 火種を消さないようにと、薪をくべながらトッチが言う。

 ホヴィは一瞬ぼうっとして、目をこすりながら声をかけてくれたトッチの方に向き直る。


「いえ、もうすぐ夜明けですし、火の番くらいなら俺でもできます」

「……少し力んでいるな。けれど、その年ではまだ良い方か」


 トッチが立ち上がって、ホヴィに薪を一本手渡してきた。


「じゃあ、頼む。ここいらに危険な動物や魔物の類はいないようだからな」


 薪を受け取ったホヴィを一瞥したトッチは、腰のナイフを外して火のそばで横になった。


「ありがとうございます」


 さっきまでトッチが座っていた場所へと移動すると、受け取った薪を火の中に放り入れる。トッチのいる所と焚き火をはさんで反対側の方には戦士のウォルが横になっている。

 完全には寝ておらず、何かあったらすぐにでも剣を抜いて飛び出してきそうな気配すら感じられた。

 その研ぎ澄まされた感覚は、やはりホヴィにはないものであった。

 外の音や気配に気をつけながら横になっていたのだが、いつの間にか熟睡してしまっていたのだから。


 ウォルの場所から少し離れたところには、鋭い視線をもった執事服の男、ジッチが番をしているテントがあり、そこでは名家のお嬢様がぐっすりと寝ているのだろう。

 ホヴィはちょっとため息をついた。


 これまで帝都周辺の依頼をこなしていたホヴィ、同年代では難しいといわれる魔物の退治までやったことがあった。

 それゆえに、そこそこの自信を持っていた。

 しかし、実際にベテランと呼ばれる冒険者と一緒に行動をすると、自分の粗や、自信過剰だった事に気づかされる。

 ホヴィの若い心は、それでも自分はできるんだと叫んでいるのだが、ベテラン冒険者の技術を目の当たりにすると、その声は小さくなっていくのがわかった。

 剣術ではウォルに及ばず、サバイバル技術はトッチに及ばない。ジッチにしても、


「執事はお嬢様を守るために、いくつもの作法や暗殺術を――」


 とにかく強くて、色んなことができるようだった。

 わからないのは名家のお嬢様、リリーだ。

 少し値がはりそうなテントを持ち込んでみたり、荷物をジッチやトッチに持たせて、お遊び気分でやっているのかとすら思えた。

 残念ながら、今回の旅では、これまで彼女の真の力をみるような事はなかった。

 それはホヴィにしても同じ事だったが。


 ホヴィは思う。

 おそらくウォルがほしかったのは、トッチやジッチという戦力で、お嬢様はおまけ程度だったのではないか、と。

 もちろん、それを言ってしまえばホヴィも同じようなものなのだが、それには気づかない。

 ちなみに、リリーは誰から見てもかなりの美少女といえるだろう。が、それは今回は旅に花を添えるくらいにしかなっていなかった。もしかしたら、ウォルはそういう女っ気というか花がほしくてこの三人に声をかけたのかもしれない。


 ホヴィにも矜持はある。リリーが、従者の能力に任せて物見遊山で冒険者をやっているようなら、今後関わりたくない、とも思っていた。

 とにかく、ホヴィがリリーの真意や実力を知るのは、まだまだ先の話だった。


 ホヴィが火の番を変わってまもなく、朝日が昇ってきて、最初にウォルが起きた。

 続いてテントからリリーが姿を現して、それを確認したジッチがテントをたたみ始める。

 トッチもいつの間にか起きていて、自分の携帯していた袋から人数分の保存食をだして配ってくれていた。

 トッチの保存食を朝食代わりにして、今日の予定を話し合う。


 まずは依頼主の村へ行き、依頼内容の確認と報酬の確認。それと食料や雑貨の確保。

 その後、目的地へと向かう。速やかに確認と、出来るなら排除、出来なければ確認に留めて、もう一つの依頼主の村へ向かう。


 ほぼ同時に食べ終わった全員がうなずくと、手早く荷物をまとめて、その一団は村への旅路を急いだ。



 村で歓迎され、手早く依頼の確認と補給を済ませたホヴィ達は、今日中に目的のオーガ親子の正体を確認し、もう一つの依頼主の村へ向かうために、足早に村を後にした。


 街道を進み、森を抜けてしばらく歩く。

 まもなく、街道から小道が分かれている地点までくると、近くにログハウスが見えた。

確かに古びているが、廃屋といった様子ではない。むしろ手入れがされていて、雰囲気の良い宿か喫茶店のようだった。


「ん? 何これ?」


 リリーが分かれ道におかれたあるものに気づく。


「ねぇ、ウォルさん。そこに看板があるんですけど」

「ん?」


 リリーが指差した先には、割と新し目の看板が設置されていて、


喫茶店『小道』


とある。

 ウォルは難しい顔をしてその看板を眺めていた。


「前の家主が喫茶店でもやっていたのでしょう」


 ジッチが言う。


「それにしては新しくないか?」


 注意深くその看板を観察していたトッチの言葉だ。


「小道……随分ストレートなネーミングだな」


 続けて難しい顔をしていたウォルが口を開いた。


「え、そこ?」


 てっきり、罠の可能性とか、何か手がかりになりそうだとか考えているものだとばかり思っていたホヴィが、予想外の答えに肩透かしをくらう。


「んー? 微かにコーヒーの香りが……」


 リリーがくんくんと鼻を鳴らして言う。

 その様子は可愛くて、ホヴィは一寸ドキッとしてしまう。そして次の瞬間にはそんな自分に自己嫌悪してしまっていた。


「まずは、警戒しながら近づくぞ」


 ウォルの言葉に、思い思いの事を話していた面々は、一瞬で引き締まった顔になり、話を止める。

 ゴブリンと見間違えたのであれば、そう問題なくこの仕事は終わるだろう。


 ただ、本当にオーガだったら――

 

 もし、オーガ族の親子であるならば、親は子を守るために必死で牙をむくだろう。

 ベテランの強者が三人もいるとはいえ、苦戦は必至。下手したら命を失う者も出るかもしれない。


「トッチが警戒、索敵を頼む。俺がオフェンスでジッチさんが中衛、お嬢様は後方支援を頼む。ホヴィはお嬢様の護衛だ、頼むぞ!」


ウォルの号令の下、全員が瞬時に動いてフォーメーションを組む。


「待て、誰か出てくる!」


 トッチの声に、全員が武器を構え、固唾を呑んでログハウスの玄関を凝視する。


 扉を開けて出てきたのは、小さな女の子だった。何故かウェイトレス服を着ている。


 しかし、その耳は人間のものより少し長く、とんがっている。何よりも額の小さな二本の角、そして紅い瞳。


 話に聞くオーガの特徴そのものだった。

 その少女は武器を構えたホヴィ達に視線を向けると、一瞬目を大きく見開いて勢いよく家の中に戻っていったしまった。


「まずい! 親を呼びにいかれたぞ!」


 トッチが叫ぶ。

 ホヴィとリリーは始めて見る、子供とはいえ滅多に見ることのないオーガに動けないでいる。


「やべぇ、どうする? 逃げるか――」


ウォルが一瞬判断を鈍らせて、思わず独りごちる。


「いや、もう間に合いませんな」


 ジッチがいつの間にかウォルの隣に出てきていて、戦闘体制をとっていた。


「ちぃっ!」


 ウォルも大剣を構えて、開け放しにされたログハウスの扉に目をやった。

 それと同時に二つの人影が姿を現した。


「あれ…?」


 その人影をみたウォルが間抜けな声を上げた。


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