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しましまアーンドもっふもふ~お買い物に行こう-終-~

 夕闇が迫った空を二人が飛んでいく。

 昼間に見た景色とはまた少し違って見える。


 リンは赤と黒のコントラストに目を奪われていた。

ユウは来た時よりは少し速度を落として、リンと一緒に空の移り変わりを眺める。


「きれいだねぇー」

「だねぇー」


速度を落としているといっても、風を切る音は相変わらず耳に響くので自然と声は大きくなる。

けれど、リンは夕闇のグラデーションに魅入っていて、気のない返事だった。


 雲にも高度があって、その高さによって、夕焼けの色の反射の仕方が違っているから、様々な色を見せる。今にも沈みそうな太陽の赤に染まっていたり、迫る暗闇に侵されて、黒に染まり始めていたり、その黒から逃げるように、黒と赤のグラデーションを放つ雲なんかもあった。


 何とも言えない、言葉にできない幻想的な雰囲気に、リンは口をぽかんと開けて呆けたように、ずっとその光景に目を奪われているのだった。


 空を飛ぶのは、ユウたちのほかにはいない。鳥たちはもっと地上に近いところを飛ぶから、

 雲の上まで飛んでいるユウたちの邪魔にもならないし、ユウたちも鳥たちの邪魔にならない。


 ユウが以前にこの魔法を使って雲の上まで飛んで、この光景を目にしたとき、あまりの美しさに呆けてしまった。同時に、何だか自分独りが世界から取り残されたような気持ちになって、涙が出たのを覚えている。美しさと切なさと、感情が入り混じって、気づいたら上下の感覚を失って、墜落しかけた事を思い出した。


 ユウはリンを少し強く抱きかかえなおして、空を行く。

 今は腕の中に、このあったかな少女がいるのだから、独りじゃない。

 風景に見入っているリンのつむじをちらと見て、「ふふっ」と笑みがこぼれるのがわかった。


「もふもふだ」



喫茶店『小道』


 意外としっかりとした作りのログハウスだが、どこにでもあるような店構え。

 玄関の横がテラスのようになっていて、そこには小さなテーブルと二つの椅子がおいてある。

 そろそろ日も暮れて、大分薄暗くなってきていた。

 その『小道』の玄関の前にこんもりとした影がある。


「今日は絶対コーヒーをいっぱい飲んでから帰るんだ!」


 誰も聞くもののない決意表明。

フードを深く被った男、フーディである。その表情はやはり見えない。

が、今日は少し物悲しいような、さびしいような、意地になっているような。

 ともあれ、雨の中せっかく訪れたなじみの喫茶店。

なのに、玄関に「営業中」とかかれた板がぶらさがってるにもかかわらず、鍵はかかってるし、中にはいつもの二人の姿が見えない。

 いないのなら仕方がないが、出かけているのだとしてもすぐに帰ってくるのだろう、と最初は高をくくって待つことにしたのだが、いつのまにか雷鳴轟かせていた雨雲もどこかにいってしまい、だんだんと陽が傾き始め、夕焼け空になり、まもなく完全に日が暮れようとしてるのに戻ってくる気配も感じられなかった。


 まだ乾ききっていない地面からは冷気が立ち上って、彼の肌を冷やす。

フーディは別段寒がる様子もなく、『小道』の玄関の前の階段に腰掛けてずっと空をみあげていた。


「なんだあれ?」


 既に一番星が顔を出していて、ほとんど黒に染まった空に徐々に星々が顔出し始めていたのだが、その星達の間から、きらきらと点滅する光がこちらへ向かってきているようだった。


「なんかくるー!?」


 その光は徐々に速度を落とし、見上げるフーディの頭上からゆっくりと降りてきた。


「一体――ぶはぁっ!?」


 落ちてくる光を凝視していたフーディが何かに気づいて、その瞬間、彼の思考は停止した。


「しましま――」




――その日、世界のあちらこちらを、しましまともふもふが席巻した!

 空を見上げればしましまが!もふもふが!

 幻想的な空に浮かぶしましまともふもふ!

 実にいい!特にしましまが!

 いやもふもふ派だっているはずだけど!



「や~め~て~」


 仰々しく語るフーディのその横で、顔をゆでだこの様に真っ赤にしたユウがカウンターに突っ伏している。


「いやー、営業中ってあるのに誰もいなくて途方にくれてたけど、待ってみるもんだねぇ」


 隣では嬉々としてフーディが騒いでいる。相変わらず表情は見えないが、きっと意地悪い笑顔を浮かべてるに違いない。

 ユウは失念していたのだ。あの魔法はここに来て以来使ったことがなかった。冒険者をやってた頃は、動きやすい様に常にパンツスタイルでいたから、今日のようなワンピースやスカートを着ている事はほとんどなかった。


「うぅぅぅ!」


 自分の失念と“見られた”事に対する羞恥で顔を真っ赤に染め、目に涙を溜めてまで唸る。

責めるに責められないのだ、スカートという事を忘れていたのも自分だし、看板をかけなおし忘れたのも、自分だから。


「営業中って看板を信じて本当によかった――」

「それはほんと悪かったですからぁ、謝るから忘れてくださいよぅ! 記憶から消去してください!」


羞恥心をぶつける場所がないが、精一杯の抗議のつもりでフーディの腕をぺしぺし叩く。


「いいじゃーん、減るもんじゃないしぃー」

「うぅぅぅぅっ、減るんです! 怪しげなローブの人に見られたらごっそり減るんですよ!」

「そんなばかな!?」


 ユウは援護射撃を期待してリンに視線を投げかけるが、リンはもふもふローブを着たままで、そのあったかさと今日の疲労からか、まぶたが大分重くなっていてうつらうつらとしていた。


「いやぁ、ほんとまさか、しましまだとは。」

「もう、フーディさん!」


 フーディは一通り騒いで帰っていったが、その後もしばらくユウの顔は紅潮したままだったという。


 出かけるときはしっかりと戸締りをして、忘れ物、忘れ事がないかきちんと確認しよう。

特に、店の表示看板と、空を飛ぶならきちんと服を着替えよう。


 ユウはそう心に誓うのであった。



――ここは喫茶店『小道』


ここにはしましまの女性店主と、もふもふのウェイトレスがいる。


お勧めはしましま、ちいさなもふもふをそえて――



「やーめーてーーー!!」

勇者としての力の一端を見せるつもりが、なんだか変な方向に行きました。

ユウさんには心より謝罪いたします。

たぶん、許してもらえるような気がするような気がしないでもないかなぁ、と思います。

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