雷パスタをフォークでくるくるっと~お買い物に行こうPart-1~
風が吹く――
少し冷たい空気を運んで、風が頬をかすめて通り抜けていく。
雨の匂いがした。
見上げれば、陽が輝いたり、雲で翳ったりしている。
目がくらむ様なまぶしさも、雲がカーテン代わりになってくれるなら、
空の青さと、流れる雲を柔らかな光につつまれたままで、ずっと見ていられる。
遠雷が聞こえてくる。
山の向こうから黒ずんだ雲がゆっくりと迫ってきている。
さっきの風が運んできたのはあれだったようだ。
ユウはゆっくりと立ち上がると、隣で転寝をしているリンを抱き上げて、家の中へと戻っていった。
「うきゅぅううぅっ」
カウンターに座っているリンが耳をふさいで、目をそむけて閉じる。
そのリンの叫びすらかき消すように、激しい雨が窓や屋根をたたいている。
そして、時折激しい光と轟音が鳴り響く。
それが鳴る度に、リンは目と耳を塞いでカウンターに突っ伏している。
「あはは……意外だった……」
乾いた笑いを漏らすユウ。
ユウが知る限り、リンの種族であるオーガ族は電撃などの雷に属する魔法を使うことに長けていて、強い固体になると天候すら自在に操る魔力を持つものがいた。
リンにもある、オーガ族の証である角。
それが帯電して、そこから電撃を出したりしていたのを思い出したのだが、意外や意外、目の前のオーガ族の子供は鳴り響く雷を恐ろしく思っているようだった。
少し涙目になっているリンの頭をよしよしと撫でてやる。
「子供じゃな――きゅわあああああ!」
いつもの台詞を言いかけたときに、また雷鳴が響き、最後まで言えないリンであった。
「さて、と。こんな日は、パスタだー!」
雷の光と音にきゃーきゃーと騒いでいるリンを尻目に、ユウはカウンターの炊事場へと向かうと、
鍋に火をかける。
お湯がわくまでの間、手元にある食材を確認して、それを元にパスタのソースをフライパンで作る。
「ここがポイントなんだよね」
オイルで食材をいためた後、鶏肉とガラから取ったスープをソースへ投入し、水気が少なくなるまで火にかける。
そうするとオイルとスープが交じり合って、極上のパスタソースになるのだ。
まだ、リンはきゃーきゃーと騒いでいるが、二人分のパスタを茹で上げて、ソースにからめて皿に盛り付ける。
「ほら、リン、こんな日はパスタだよー!」
「うぅ、光が、音が、ううぅ」
別に雷が鳴ればパスタを食べなければならない習慣とか、宗教とか、そういうものはない。
けれど何故かユウは嵐の時や、大雨のときなどにパスタを食べる。
「ん、まぁまぁかな。」
出来上がりのパスタを食べながら呟く。
本当に、普通の、どこの家庭でも作れるようなパスタの味。
「うぅ、これ、好きな味、だけど、うぅ」
少し遠ざかりつつあるのか間隔が長くって、弱まってきた光と音に、それでもビクッとしながら、
リンもパスタを啜る。
「こーら、パスタはすすらないで、こうやって」
ユウがパスタをずるずると啜るリンのおでこをちょんと指先でつつく。
顔を上げたリンの目の前でフォークをくるくると器用に動かして、パスタをまきつけた。
一口分ほどのパスタをまきつけて、それを口にほおばる。
「こうして食べるべき!」
「うぅ、それ苦手」
ユウのように、フォークをくるくると回してみるのだが、うまいこと巻きつかない。
「練習あるのみ!」
既に食べ終えたユウが腰に手をあてて、むふーと鼻息を飛ばす。
「できるようになったら、作り方教えてあげる」
「むぅ」
作り方は覚えたい。でも、うまくできない。
何度も巻きつけようとしては、ユウのように綺麗にいかず、やり直しをユウが認めないので、すくった分は口に入れる。
「冷めちゃうと美味しくなくなっちゃうからね。冷めないうちに食べれるように、食べながら練習!」
だそうだ。
結局一度もうまく巻きつけられないまま、パスタはすべてリンの胃の中に消えていった。
思えば、ユウからは色んな物の食べ方を教わった。
その中でも、リンが未だにできないのがこのパスタくるくるである。
ナイフとフォーク、スプーン、箸など、様々な道具で食べ方が違うのはリンとしても楽しかったのだが、
刺すだけの道具と思っていたフォークをくるくる回すだけで、どうしてあんなに綺麗にパスタが巻きつくのか、リンにはわからなかった。
いつのまにか雷は遠ざかっていた。
それでも、空は光るし、遠くから雷鳴も聞こえてくる。
さすがに、さっきほどではないにしても、リンはそのたびにビクビクとしていた。
「ごろごろごろごろー」
「ふぁうっ! ユーウー!!」
ユウがそっとリンに近づいて、耳元で雷鳴のまねをしたら、一瞬ビクッとしたが、すぐに振り返ってユウをにらんだ。
「あはは、やぁ、ごめんごめん」
「ユーーウーー!!」
リンがにらみながら手足をバタバタさせて、怒りを表している。
うっすら涙目になってるのも見て取れたので、ちょっとやりすぎたかな、と反省するユウ。
「慣れていかないとね――」
ぷんすかしているリンの頭に手を置くと、優しい微笑みを浮かべて、ユウがリンの頭を撫ぜた。
「むぅ! もう! 誤魔化す!」
手を払いのけたりはしないのだが、リンは口をとんがらせて、抗議の目でユウを見上げていた。
「ごめんごめん、もうしないから」
「むー……パスタ、明日もパスタ」
諌めるユウを、リンはジト目で睨みながらそういう。口はとんがったままだ。
「うーん、材料あったらねぇ」
と、ユウはまた天井を見上げて、残っていた材料をぶつぶつ声に出して思い浮かべる。
「ほんとに?」
そんなユウに、相変わらずジト目のままだったがとんがった口はひっこんで、リンが首をかしげた。
「うぅん、買い物いかないとだめかな」
「パスター、パスター!」
珍しくリンの気が治まらなくて、ユウはどうしようかと頭を掻いた。
「まだ、雨降ってるしなぁ。それにお客さんがくるかもしれないし、買い物はいけないかなぁ」
「こない!」
リンがピシャリという。
「うぅ……」
そこまではっきりといわれてしまうと、流石にユウも少々物悲しく思う。
「しょうがない、かぁ」
そこからの行動は早かった。
リンの服を着替えさせ、自身もエプロンを脱いで、代わりに青いマントローブを羽織る。リンにはフードつきの白いフードローブを服の上から着用させた。
何故かそのフードには獣の耳のような装飾がついていたが――
それはともかく、金貨の入った袋を腰に巻いたベルトに結わえ付け、リンには雨に濡れないようにフードをかぶせてあげる。
準備万端で家から出て、きちんと鍵をかける。
「よし、いくよ、リン!」
「うん!」
久々のお買い物と明日のパスタの確約にリンは上機嫌だ。
そんなリンをユウがしっかりと胸の前に抱きかかえると、リンもそのユウの腕にしっかりとしがみついた。
そして、二人はまだ雨が降っている空へと、飛び上がった――
しばらくして。
「あれぇ?鍵がかかってる、ユウちゃんとリンリンの姿もみえないなぁ」
喫茶店『小道』の軒先にフードを深く被った男の姿があった。