魔王
この世界は大きく分けて4種類の生物がいる。
人間、動物、魔物、魔族。
人間と魔族は同じように人の形をしているのだが、細部で違う。人の形をしていれば、人間か魔族に分類される。
ゴブリンやエルフなどを始めとした亜人と呼ばれる種族も大きくわければ人間か魔族かに分けられる。
逆に線引きが曖昧なのが動物と魔物だ。
人間に害をなす、というのは魔物にしても動物にしてもままあることだし、
体の大きさで分けても、元々巨大な動物だっているし、小型の魔物もいる。結局保有魔力の大きさで魔物か動物かを曖昧なまま線引きしているというのが現状だった。
さて、人間の属するコミュニティに統治者がいるのと同様に、魔族の中にも統治者は存在する。人間は近しいものでコミュニティを作り、それがやがて国となって、今度は他の国と戦争を始めたりもするが、魔族の間ではそういった争いごとは滅多に起きない。
最も魔力や力の強い者が魔王として君臨し、統治者をさらに統治しているからだ。
人間に比べ寿命が長い事もあって、跡目争いもおきにくい。
それならば、人間の間で通説となっている魔王と勇者の一対説とは何か。
魔族の間での認識は人間のそれとは少々異なる。
勇者が顕現する事によって、真の魔王が覚醒する。あるいは真の魔王が覚醒するから勇者が顕現する。
鶏が先か卵が先か、と何百年、何千年の間研究されてきたが、答えは出ていない。
真の魔王とは、統治者の統治者である魔王とは別にいて、比類なき力と魔力にある日突然目覚める。創造神の暇つぶしではないかとすら言われている。
魔王と勇者は戦う宿命にあるが、それ自体はもう形骸化していて、魔王と戦わない勇者もいたし、勇者から逃げまくる魔王もいた。
ただ、魔王と勇者が一対なのは間違いなく、直接戦う事がなくても、片方が何らかの理由で死亡したりすると、もう片方はその力を失う事が確認されていた。
勇者が顕現したという情報を得た、現魔王は、真魔王の情報を集めさせた。
そうして見つけ、連れてこられた男が目の前にいた。
「あのぉ、何で僕が連れてこられたんですかねぇ?」
「いや、わかるっしょ?」
間の抜けた質問をする真魔王に毒気を抜かれて、現魔王はつい威厳も何もない言葉が口からでてしまう。
「コホン。いや、わかるであろう」
「言い直さなくても」
「とにかくだ。勇者が現れた。そしてお前も真の魔王として覚醒した。間違いないな?」
その言葉に真魔王と呼ばれた男はしばらくうつむいて、何事か考えている様子だった。情報どおりその男が真魔王であるならば、ここにいる現魔王と数人の統治者が力を合わせて戦ったとしても、多数の犠牲がでてしまうだろう。
黙ってしまった真魔王の言葉を、そこに居たものは固唾を呑んでまつ。
「すみません、真魔王とか現魔王っていいずらくないですか?」
「話聞けよ!」
ともあれ、男が真魔王であることと、その力の片鱗も確認する事ができた。
その上で、魔王は真魔王である彼に今後をどうするか尋ねたのだが、何も考えてないという返事に肩透かしをくらってしまった。
「いや、普通さ、兵を率いて人間を攻撃して勇者を討ち取るとか、居城を構えて勇者を待ち構えるとか、色々あるだろ? ダンジョン作るとかさぁ」
「そんな事より魔王様、僕の事は真魔王だからとりあえずシンって呼んで下さいよ」
「はぁ…」
そこそんなにこだわる所なのか、とも思ったが確かに現魔王だの真魔王だのとわけがわからなくなりそうだったので、彼のことはシン、現魔王のことは魔王と呼ぶ事で一致解決することにした。
「はぁ、もういいや。で、どうすんの?シン」
「とりあえず、身を隠そうかなと思います。この力色々便利なんで、勇者が死ぬまで適当に逃げようかと」
「いやいやいや、まって、それ凄い迷惑。すっごい迷惑!」
「え、なんでですか?」
困ったように魔王が言う。シンにはその意図がまったくわからなかった。
「あのさ、勇者って魔王探してくるわけじゃん? そうすると俺のところにきちゃうじゃん? そうすると俺死んじゃうじゃん?」
「逃げればいいじゃん?」
「まって、まって。俺も仕事あるじゃん? 殉職とかしたくないわけですよ、ちゃんと統治者としてのお仕事したいわけですよ?」
魔王の話もわかる。
今さっき全会一致で現魔王を魔王、真魔王の事はシンと呼ぶ事が決定したわけだが、勇者と言うのは魔王を求めてくるのだから、このままいくと、真魔王であるところのシンではなく、統治者としての魔王のところへ勇者がたどり着き、そして虐殺が始まるという寸法になる。
「うん……難しいですなぁ。というか、そもそも人間って魔王は勇者と呼応して現れると思ってるんですよね?」
これは人間の間の通説で、「魔王現われし時、勇者もまた現れる」というものなのだが、逆に勇者が現れれば魔王が現れると思われている節があり、魔王が常駐しているとは思われていないようなのであった。
「そのようだが、実際はわからんけどな。でも多くの人間の固定観念としてそうなってるようだ」
「だったら――」
それは、ユウが勇者として皇帝に謁見してから数日もしないうちの事であった。
魔族の使者と名乗る者が帝都に現れ、皇帝に告げた。
魔王が魔族を裏切り、失踪した、と――




