喫茶店『小道』
このお話を開いてくださり、ありがとうございます。
基本的にのんびり話です。
戦闘というものはほぼ皆無ですが、時々魔法は出てきます。
剣も魔法も料理も活躍しません。唯一コーヒーだけが大活躍です。
なので、お勧めはコーヒーです。
ゆっくりと楽しんでいただければ幸いです。
その看板を見つけたのは、本当に偶然だった。
街道を歩いていると、ふと小さな分かれ道が目に入って、その分かれ道には「喫茶店『小道』」と手書きで書かれた、これまた小さな看板が立っていた。
急ぎ通る旅であれば気付かなかっただろう、それほど目立たない看板だった。
小さな道、まさに『小道』を行くと、生い茂る木々の間から、二階建てのログハウスが見えてくる。
こんな辺境、辺鄙な場所には似つかわしくないと思えるほど確りとした造りで、どことなくお洒落に思える。そのくせ、周りの木や色合いと調和してるから不思議だ。
玄関には、「営業中」と手書きで書かれた掛け看板が風でヒラヒラと揺れていた。
「いらっしゃいませー」
ドアを開けると、ドアベルの小気味良い音と共に、耳に心地よさを残す女性の声が出迎えてくれた。
店を見回すと、辺鄙な場所にある所のに、中には客が結構いる。
テーブル席には冒険者のパーティや、二人組みの娘。カウンターにはすっぽりとフードローブを羽織った妖しげな男と、対照的に身なりの良い女の子。
その誰もが、コーヒーで一息をついて、同時にカウンターの先の声の主を見上げていた。
「カウンター、あいてますから」
その女性の微笑みに、一瞬で目を奪われる。
そして同時に気付いた。カウンターの奥で微笑む女性が誰かと言うことに。
癖のある黒髪をショートカットで整えて、裾が長めの青いワンピースに、腰からはエプロンをぶら下げて。そして、見ているものが呆けてしまうほどの笑顔を見せるその女主人は――
「いらっしゃいませ」
ぼんやりしながら席に着いた私を、今度は別の声が迎える。
横からお菓子の乗った皿を差し出したのは、一人の少女。エプロンドレス風のウェイトレス服にその身を包んだその人物は、目を見張る美少女でもあった。けれど、その瞳は紅く、額には人間ではありえない小さな角が、長く美しい黒髪の間から見え隠れしている。その黒に、紅い瞳が映えて、見た目には年端もいかぬ少女にもかかわらず、妖艶な雰囲気さえ併せもっていた。
だが、いくら美少女だとして、あの瞳、そしてあの角、あれはまるで……
ふと、彼女と同じ類の者が他のテーブルにも居ることに気付く。
一体、この店はどうなっているのだ。何か、迷い込んではいけないところに来てしまったのだろうか。
「ごゆっくりどうぞ」
菓子と同時にコーヒーが出され、そして、店主と美少女は同時に微笑んだ。
その笑顔は、私の頭に浮かんだ疑問を全て跡形もなく吹き飛ばしてしまった。
「いつもは、こんなにいないんですけどね」
二人の微笑みにすっかり呆けてしまっていると、何故か店主がバツの悪そうな顔でそう言って来る。その横で、ウェイトレスの少女はそんな店主を半眼になりながら見ていた。
我に返った私の鼻腔を、芳しい香りでくすぐってくる目の前のコーヒーに、思わず手にとって一口。程よい苦味と酸味、そして香りが口の中に広がってするすると喉の奥へと落ちてくる。
ふと傍らに置かれたお菓子――角の美少女が運んできたものだ――を手に取ると、焼菓子の芳ばしい香りが、コーヒー特有の香りに融合するかのように誘惑してきて、思わず口に運ぶ。
すると、まさにコーヒーとの調和とも言えるハーモニーが口の中で奏でられて、それは勝手にコーヒーを口元に運ばせて――
そんな様子をニコニコと眺める店主と、真剣な表情で見つめてくる赤瞳のウェイトレス。
「美味しい」と一言漏らすと、二人は同じように笑顔になった。
それはこの世のものとは思えない、素敵で、極上の、神秘的とすら言える微笑みで……
――ここは喫茶店『小道』
笑顔の素敵な女性店主がいて
赤瞳の美少女ウェイトレスがいて
二人の創り出す穏やかな時間が、ゆっくりと流れて行く場所
お客は滅多に来ないけれど、二人はいつでも極上の笑顔で迎えてくれる
お勧めはコーヒー
穏やかなひと時を、ごゆっくりとお過ごしください――