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夜明けの記録  作者: 梁井 祝詞
第1章 はじまりの一日
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魔力

第7話


「さて、何からお話ししましょう」


 すでに人払いを済ませ二人が戻ってくるのを部屋で待っていたカエデは、扉が開くと同時に、そこへ立っている青年と老人へと笑みを向ける。


「待たせてしまったようじゃのぉ」


 笑みを浮かべたままフルフルと首を横に振り、カエデはにっこりと笑う。青年が扉を閉めるのを待って、そっと風の魔術を使って部屋に防音を施した彼女が、居住まいを正すと、急に雰囲気がピリッとしたように感じ、自然と緊張するファビラであった。


「単刀直入に聞くが、あの光の靄は、その子の魔力じゃの?」

「はい」


 その半分確認するような問い掛けに対して、はっきりと肯定するカエデに、これから明らかになる我が子のことを全て受け入れようと覚悟を決めたアルトが、真剣な眼差しで彼女を見つめていた。


「やはり、ビビアナが抑えたのじゃな」

「はい、……ただし、全てではありませんが」

「なんじゃとっ!」


 ファビラが思わず驚きの声を上げたのと同時にそっと扉が開く。いまいち抽象的な会話の内容についていけていないアルトが最初に、次に当事者であるカエデが冷静に、その扉の動きに反応していた。


「うるさいよ、まったく」


 先程まで赤児に寄り添っていた年嵩の治癒師の声だけが、姿が見える前に部屋の中に届く。扉の動きに反応して身構えていた二人は、ふぅっと息を零し、力を抜くのだった。


「ったく、揃いも揃って無用心じゃのぉ」


 ぶつぶつと文句を言いながら部屋に入ってくると、扉に鍵を掛けた治癒師が三人に向き直る。


「なっ、ビビアナ!」

「だから、いちいちうるさいんじゃよ、お前さんはっ!防音されたんじゃ、何かあったときに外にいてどう対処するんじゃっ」


 やっと治癒師の存在に気づいたファビラを一喝すると、ここにいるのが当然といった顔で小さなベッドで眠る赤児へと笑みを投げ掛ける。


「それにのぉ…お前さんのことじゃ、どうせ何があったか聞きにくると思うてのぉ」


 眠る赤児に一頻り「爺さんはうるさいのぉ」と話しかけて満足したビビアナは、鬱陶しそうに顔を顰める老人にしたり顔を向ける。銀色に輝く髪を後ろに纏め、キリッとした目で無邪気な笑顔を浮かべるその姿を若い二人は、頼もしそうに見つめていた。


「それじゃ、わたしから話そうかのぉ」


 彼女は、そんな若い二人に微笑むと、赤児に視線を戻し、ぽつりぽつりと、語りだす。


「産気づいたと連絡を受けてから、男どもを追い出して、人を集めて出産準備をしてと、始めはいつも通りじゃったのぉ」


 出産の準備のために女衆が慌しく動き始めた頃、ただ不安そうに見ていることしかできなかったアルト。それを見かねた助産師の一人に「男なんて、こういうときは何の役にも立たないんだから、居ても邪魔なだけ」と腕を掴まれ、部屋から追い出されたのだが、その光景を思い出したカエデがクスクスッと笑い出すと、同じ情景を頭に浮かべていたアルトはバツが悪そうに髪をくしゃくしゃと握る。


「そこそこ時間は掛かったんじゃが、頭が見えてきてからは、至って順調でのぉ」


 ほのぼのとしている二人を気にも留めず話し続けていたビビアナが、そこで小さく溜息を吐く。


「それこそ、安産といってもいいくらいに順調だったんじゃがのぉ。産声を上げてからじゃ。皆が無事に産まれたことにホッとしたのも束の間、だんだんと光の靄に包まれ始めてのぉ」


 一旦言葉を区切ると、疲れた表情を浮かべ、遠い目をするビビアナに、その時を知らない男性陣はゴクリと唾を飲み込む。


「この子は、おそらく魔素を取り込む能力が高いだけでなく、魔力への交換する能力も尋常じゃないほど高いのじゃよ。今の小さな身体に未発達の臓器では抱えきれないほどの、それこそ魔人族や精霊族と言われる種族と肩を並べるくらいの交換能力だと思うのじゃが、産まれて間もないこの子には害しかもたらさないでのぉ。それなのに、この子はどんどん魔力を放出するもんで、助産師やら補助の見習いやら、それこそお手伝いで参加している魔術が得意でなくても魔力のある者はすべて集めて総動員で抑えたんじゃよ」

「…娘たちとは違うのじゃな」


 そこまで食い入るように聞いていたファビラが恐る恐る口を開く。


「能力の話をしておるなら、これから次第としか言いようがないのぉ。持っているものは確かに素晴らしいんじゃが…そもそも今の状態じゃ、生きていくのがまず大変じゃからな」


 優しい眼差しを赤子へ向けていたビビアナは、顔を上げると眦をつり上げファビラを睨みつける。


「それでじゃ、聞くがのぉ。お前さんは娘たちとこの子を比べてどうするつもりじゃ?そもそも、魔力を霧散させ―」

「生きていくのが大変って、どういうことです?」


 糾弾するように語気を鋭くしたビビアナがファビラに詰め寄る横で、遮るようにおずおずと手を挙げてアルトが尋ねる。すっかり縮こまったファビラにチッと舌打したビビアナは、小さく息を零すとアルトへと向き直る。


「魔素の吸収はコントロールできることは知っておるな?」


 アルトが頷くのを確認すると、すぐに話を続けた。


「魔素っていうのは、血液に溶け込むんじゃが、その濃度が低すぎても、高すぎても問題なんじゃよ」


 そのことに驚きの表情を浮かべたのは、アルトだけではなく、ファビラもであった。


「魔術を行使して魔力を使っているときは、消費した分の魔素を吸収して魔力に変えてやればいいから、そこはええんじゃが―」

「こんな小さな子には無理ですからね」


 言葉を引き継いだカエデが悲しそうに微笑む。


「じゃからのぉ。身体が成長する過程で、まずは魔素の吸収をコントロールできるようにならんと、そもそも身体が耐え切れんのじゃよ」


 アルトが真剣な表情で頷く。


「魔素の吸収をコントロールできるようになったら、今度は体内に蓄えておける魔力が如何ほどのものになるかじゃな。魔術が使えるなら二人も魔力を循環させる重要性を知っておるじゃろ?魔力もそのまま一箇所に蓄えたままでは、危険なんじゃよ。それこそ、耐えられる許容範囲内で、身体全体を循環させられるくらいの魔力コントロールができるようになれば、さっきあげたような種族に負けないくらいにはなるじゃろうが、…そこはこの子の努力次第としか言えんからのぉ」


 そこまで進めると、アルトへ優しく頷いてから、ファビラへまた厳しい視線を送る。


「施した処置の話をしておるならば、お前さんの娘二人と同じものじゃ。臓器が成長さえしてしまえば、体内に吸収できる魔素は増えるしのぉ。後はコントロール次第で、余った魔素をそのまま呼吸で吐き出せるようになれば、…ってところかのぉ」


 早口で捲くし立てるビビアナに、さすがにファビラも頭を下げた。


「すまんかっ―」

「…それでは、アリシア義姉様や、……っ、その、あのっ」


 前例に驚いたカエデが零した声は、当初誰も気にしないくらいの小さなものだった。しかし、自分の発言に動揺した彼女に視線が集中すると、慌てて取り繕うとして失敗する。辛そうに顔を伏せたカエデの姿に、今の今まで怒りの形相を浮かべていたビビアナは、はぁっと溜息を零してそっぽを向く。頭を下げたままの姿勢で、上目遣いにその様子を伺っていたファビラは、安堵の息を漏らすとともに一旦姿勢を元に戻すと、カエデに向かって気にするなというように軽く首を振るのだった。


「パウラのことは、…もう気にしないでよい。もう5年も前のことじゃ」


 ファビラの上の娘アリシアは、幼少の頃から将来を期待されていた魔術師であった。学生時代に、アルトの兄ベイル・ファーリスと出会い、その後、結婚するに至る。魔術による直接的な治癒を得意としているが、製薬技術も高いものを持っており、今では『ファーリスの癒手』と呼ばれるほどである。そして、下の娘パウラも同じく魔術師として期待されていたのであるが、彼女は5年前に若くして事故で命を落としていた。


「この子には、何も関係なかろうて…」


 ビビアナは、ファビラの言葉に軽く頷くと、視線を産まれたばかりの赤児に移して、優しく声を掛ける。すぐ横でそれを見ていたアルトは、少しだけ寂しそうな顔をして、左腕に巻かれている鎖状のブレスレットをそっと撫でていた。


「二人が今もパウラのことを想ってくれていることは分かっておるつもりじゃし、ありがたいんじゃがな。まぁ、あまり気負ってくれるな」

「……ありがとうございます」


 ファビラが掛けたその言葉に礼を返すも、二人の笑顔には隠し切れていない痛々しさが浮かんでいた。その姿に年配者の二人は、顔を見合わせて苦笑するが、ファビラがやれやれと首を振ると、そのことには触れず、話題を戻すためにビビアナへと問い掛けた。


「つまりはじゃ。魔力を霧散させるのには人手を使ったが、この子への処置自体は娘とは何ら変わらんということでいいんじゃな?」

「…それがのぉ」


 途端に困った表情を浮かべるビビアナを、ファビラは怪訝そうに見つめる。


「いや、魔術を使った処置ということであれば、そのとおりなんじゃ。魔素の吸収を制限しないことには、そもそも生きていけない可能性が高すぎるからのぉ」


 難しい顔をしている男どもに、ビビアナは駄目な生徒を見るように頭を抱え、面倒くさそうにはぁっと息を漏らす。


「簡単に言うとじゃな。あれだけの魔力が漏れ出るということはじゃな、それだけ魔素を吸収したうえで、瞬時に無自覚で魔力に変えておるんじゃよ。魔力の循環ができていないにも関わらずじゃ…これでも駄目かのぉ」


 納得できない表情を浮かべている二人に、げんなりするビビアナ。


「呼吸で取り込んだ魔素を吸収するということは大なり小なり誰でもしていることじゃ。ここまではええか?」


 二人が頷く。


「じゃが、この子は吸収した魔素を無自覚に魔力に変えてしまっておる。おそらく、吸収する魔素が多すぎて身体が自然に反応しておるんだろうて。しかしのぉ、魔力の制御が出来ない赤子が、魔素が少なくなったからといって魔力に交換する魔素まで減らせんじゃろう?」


 そこまで聞いて、初めてハッとした顔になる二人。


「身体が許容できなかった魔力は、行き場を失って出やすいところから漏れるんじゃよ。つまり、臓器も発達しとらん、制御もできんということは、どこかに劣化する魔力をずっと蓄えている状態じゃ。そのうえ、循環すらもできない。劣化した魔力がどれだけ身体に悪いかは、魔力の循環ができない獣が良い例じゃろう」

「……魔獣と同じように、凶暴性が増すってことですか」

「簡単に言うとそういうことじゃの」


 アルトが捻り出した答えに嬉しそうな顔をするビビアナは、飲み込めたような顔をしている隣の老人も一応確認すると、少しだけ真面目な顔をする。


「薄い光程度の交換能力なら、魔素の供給量を減らしたうえで、定期的に外から魔力循環をしてやればそれで済むんじゃが―」

「そんなことをしておったのか」


 娘の時には、薄い光の靄に包まれていたと妻から聞いてはいたが、たまに会う娘たちが、成長する過程でも、そんな処置がされていたことを初めて知ったファビラは、つい感嘆の声を漏らす。


「まぁ、魔力を持っている貴族や探索者の子供にたまにある症状での、助産師の勉強しとる者で魔術が使える者は大抵知っとることじゃよ」


 フフフと笑うと、一瞬だけ白い魔術陣を浮かび上がらせて確認させた見せたビビアナはコホンと一つ咳払いをする。


「ところが、この子の場合、魔素を魔力に変えてしまう能力が高すぎて、魔素の制限を掛け過ぎると、今度は魔素不足を起こしそうなんじゃ」


 そう言うと、気持ち良さそうに眠っている赤児のおくるみをそっと解く。すると、小さな腕の両方の付け根に小さな腕輪が姿を現した。


「それは、魔力吸収のっ―」

「そんな道具を何故っ―」


 両親が奴隷であった場合、生まれてくる子には魔術を行使できないように表層に現れた魔力を吸収する拘束具が嵌められる。それと同じものを嵌められている赤児に思わず息を飲み込み、愕然とする男性陣に対し、女性陣は渋い表情を浮かべる。


「体が大きくなって、まずは魔素の吸収制御、そして魔力循環や制御ができるようになれば、さすがにそこまでの心配はいらなくなるからの。体の機能がある程度出来上がる6歳くらいまでは、もしかしたら必要になるかものぉ」

「……そうですか」

「理性や思考といったものが発達する前の過剰な魔素や魔力は、特に危険なんじゃ…止むを得ずということじゃの」


 先に立ち直ったファビラは、心配そうに我が子を見るアルトの肩をポンポンと叩くのだが、それでも掛ける声までは見つからなかった。


「ちなみに、応急処置的な物ですから、もちろん、あとで違うアクセサリーに換えてもらいますよ」

「なっ?!」

「それを先に言わんかっ」


 男性陣の声に、笑い声が漏れ、部屋に明るさが戻ってくると、漸く穏やかな時間が流れ始めるのだった。





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