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夜明けの記録  作者: 梁井 祝詞
第3章 望まぬ夜明け
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束の間の休日

第5話


「どうも、嫌な予感がするのぉ」


 4月に入って、既に二度めとなる休日をガリシア伯領にあるアコルーニャで迎えたファビラとアルトの二人は、街の様子見を兼ねて、ぶらぶらと朝から散策していた。


「聞いたか?」

「ああ、1階にいたはずのチューバとクカラがいないって噂だろ」


 すれ違う探索者たちの会話を小耳にしたファビラは、渋い表情を浮かべる。


「…弱い魔獣がいなくなってるってことですか」

「魔獣というよりも、魔物じゃがなぁ」

「いずれ…勝ち残った魔獣が…」

「今は、相当強力な魔術文様が刻まれとるはずじゃから、そう簡単には、外に出てこれたりはできないはずなんじゃがなぁ」


 前を向いたまま呟いた独り言のように呟くアルトの言葉をファビラが拾っていく。


「グカラすら居ないって話だぞ」

「チューバはともかく…グカラがいないってことは…」

「「あの黒光りがいないっ!!」」


 不安そうな顔で話をしていた二人の探索者が、声を揃えて顔を見合わせると、突然、笑顔を浮かべて頷き合う。そうして、走り出し去っていく様をファビラとアルトが、暫くの間、時を忘れて見送るのだった。


「…どこに行っても、グカラは嫌われ者ですか」

「そうみたいじゃのぉ」


 先に意識を取り戻したアルトの声に、ファビラも我に返ると、再び二人は歩き出す。


「しかし、その姿が見えない…」

「そのようじゃのぉ」

「…ということは、パワーバランスが崩れ始めてる…と」

「そう考えておいたほうがええじゃろうな」


 二人は、前を向いたまま小さな声で言葉を交わす。


「今までの情報は当てにならない…ってことですね」

「…そんな状態で、安請け合いしよって、どうするんじゃ、まったく」

「どうしましょうね…ははははは」


 エルクレスの塔—


もう何百年も前のこと。自然が手付かずの状態で残されていた半島は、獣人族をはじめとした自然と共に生きることを是とする種族にとって楽園と呼べる土地に、霊人族が祈りを捧げるために建造された塔と言われている。


 しかし、そういった伝承の一方で、魔物や魔獣を生み出す塔としても有名であり、そんな塔から半日も掛からない距離にあるここアコルーニャは、探索者と呼ばれる者たちに人気の街であった。




「お兄ちゃんっ!クカラもグカラも今いないんだって!!」

「俺も今、聞いたところだ」

「楽しみだねっ」

「あいつら、弱いくせにすばしっこいし、飛ぶやつまでいるからな」


 時を同じくして、明日に向けて準備をしつつ、はしゃぐ兄妹。その側で、我関せずといった様子で明日からの探索の準備に勤しむ青年に、兄のほうが絡みだす。


「クカラがいないってことは、余裕だなっ!イル」

「…はしゃぎ過ぎだ」


 シュンと元気をなくす妹に、慌てた兄は、青年に抗議するのだった。


「たまには、いいだろっ!イルが真面目過ぎるんだ」


 イルと呼ばれた青年は、ちらりと視線を送ると、はぁっと深く息を吐き出し、また鞄にいろいろと詰め込み始める。


「…いつまで、うちにいるつもりなんだ」


 イルが残した呟きに、妹は項垂れ、兄がそれを必死に慰める。


「ちょっと休憩がてら、外の空気でも吸いに行こう、ノエミ」


 兄のその提案に、パッと笑顔を見せる妹ノエミ。


「善は急げだねっ!お兄ちゃん」


 元気になった妹にホッと息を吐くと、これまた笑顔を返す兄ウィルフレド。


「いくぞっ!ノエミ!!」

「うん!!お兄ちゃんっ」


 部屋を飛び出していく兄妹を茫然と見送っていたイルが、あることに気づく。


「…準備はどうするんだ」


 しかし、その呟きは誰にも届かなかった。




 一方その頃、街の外郭にある北門へと辿りついたファビラとアルトは、その先に見えるエルクレスの塔の雄大な姿を前にしても、いつもと何ら変わらぬ会話をしていた。押しかけてきている探索者とは、明らかに温度差があるのだが、それを気にする二人ではない。


「ここから見た感じじゃと、何ら変わらんのぁ」

「人が多いみたいですが…ね」


 人混みを掻き分け、探索者とは違う軽装の二人に、露天商から一際大きな掛け声が向かう。


「チキノンの串焼きは、いらんかぁ!!」

「カウニの炭焼きがあるよぉっ」

「搾りたてのブドウジュースはどうかねぇ」


 北門前の広場は、探索者を相手にした露店が犇めき合い、活気に満ち溢れており、ちょっとしたお祭りの様相を呈していた。


「お兄ちゃんッ!串焼き食べよぉよっ」

「ちょ、引っ張るなって!!」


 呼び声に見向きもしなかったファビラとアルトであったが、どこか聞き覚えのある声を耳にして同時に振り返る。


「おじちゃん!串焼き二本!!」

「まいどぉ!お嬢ちゃん、かわいいから一本おまけだ」

「お兄ちゃん、かわいいって言われちゃった」


 そこには、笑みを浮かべる妹に、デレッとだらしのない笑みを返す兄と思しき姿があった。


「それじゃ、100ジリル貰えるかな、お嬢ちゃん」


 串焼きが3本入った袋を差し出した店主に、少女はニコリと笑いかける。厳つい顔の店主の顔にも笑みが浮かぶのを確認して、少女の視線は、隣の兄へと移る。


「だって、お兄ちゃん。よろしくねっ!」


 袋を手にした少女は、そう言い残して、くるりと踵を返すとテクテクと店から離れるように歩き出してしまう。しかし、その後ろ姿を今もデレッと見送っていた兄に、すぐ横から少し困ったような低い声が、投げ掛けられる。


「兄ちゃん、100ジリル貰えるかな」

「あ…、こらっノエミッ」


 慌てて追いかけようとした青年は、腕を何かにギュッと掴まれ、その場から進むことは

なかった。


「払ってからにしてもらえるかな?」

「………はい」


 振り返った先にある引き攣った厳つい笑みに、おずおずと頷いた青年は、慌てて硬貨を取り出すと、顔も見ずに差し出されたゴツゴツの手のひらへ載せる。


「まいどありぃ!!」


 そんな笑顔の親仁の顔など見る余裕もなく、一目散に妹を追いかける青年であった。




「お兄ちゃん、遅かっ…あ」


 広場の噴水の縁に腰掛け、串焼きを食べていた少女は、駆け寄ってくる兄の姿に気づくと、すかさず声を掛けようとする。しかし、その瞳には兄の後ろに二つの影をも捉えてしまったのだった。


「ノエミっ!お前なぁ」


 はぁはぁと息を切らして目の前まで来た青年の抗議の声は、今のノエミには届かない。


「…ん?どうした、ノエミ??」


 肩で息をしていた青年は、どこか様子のおかしい妹に気づくと、手をパタパタと振って視界を邪魔する。


「お、お兄ちゃん…後ろ」

「えっ?何??後ろがなんだって…っ!」


 全く動じない妹に促され、しぶしぶとその視線を追うように青年が振り返る。そこには、昨日出会ったばかりの二つの顔が何故か申し訳なさそうに並んでいた。


「楽しそうじゃのぉ、ふぉっふぉっふぉ」

「どこにいても騒がしいな」


 青年が気づいたことで、好々爺然とした笑みを浮かべた老人と、呆れたような顔をする青年が声を掛けると、二人の顔が真っ赤に染まっていく。


「ウィルとノエミだったな、もう準備は終わったのか?」

「そ、それは…、今イ―」

「—はい!順調です」


 気まずそうに頭を掻いて答えようとしたウィルの声に、途中でハッと何かに気づいたようなノエミは、慌てて掻き消すように言葉を被せると、腰掛けていた噴水の縁から立ち上がり、兄を隠すようにアルトの前へと進み出る。


「そ、そっか」


 ウィルの様子に怪訝な表情を浮かべたアルトは、その視線を遮るように立ち塞がったノエミの迫力に、つい若干引き気味に言葉を零す。


「はいっ!順調で—」

「お話し中、失礼します」


 そこへ、ファビラとアルトの影から一人の青年が現れ、四人に声を掛ける。今、屋敷にいるはずの青年の姿に、ノエミの笑みが言葉とともに固まり、ウィルの顔は青白く染まっていく。


「二人とも、探しましたよ?」

「え、あ…」

「う…うん」


 ファビラとアルトに軽く会釈をした青年は、普段、滅多に見せない笑顔を浮かべて二人の兄妹へと振り返る。声を掛けられた二人は、全く笑っていないその瞳に、一瞬たじろぐが、被害が広がる前にと、覚悟を決めて一歩を踏み出そうとしたところへ、アルトがわざわざ声を掛けるのだった。


「イルも準備終わってるのか?」

「ええ、私は終わっていますよ」


 アルトへいつになく畏まって返事をしてから、兄妹へ戻した青年の視線は、さらに冷たいものになっており…。


「すいませんでした!」

「ごめんなさい!!」


 多くの人が行き交う広場だというのに、一瞬で土下座の体勢をとる兄と妹。


「二人をお借りしても?」

「ああ、構わんよ」


 周囲の注目を浴びる中、ふぉっふぉっふぉと笑うファビラに礼をしたイルは、すっと頭を下げたままの姿勢で固まる二人の間を抜け、後ろに立つと、二人の首元をグッと掴んで立ち上がらせた。


「さぁ、行きましょうか」

「は、はい」

「ごめんなさいでした」


 最後まで珍しい笑顔のままのイルと、引き摺られるようにして去っていく兄妹の姿を苦笑を浮かべたまま見送ったファビラとアルトは、それから暫くの間、広場の様子を楽しんでから、宿へと戻るため、歩いてきた道を戻り始めた。


「焼物か搾り物しかなかった…」

「まあ、仕方ないじゃろうて…で、あの本は読んでみたのかの」

「ええ、まぁ、はい」

「なんじゃ、歯切れが悪いのぉ」


 人通りが少なくなってきたところで、ファビラが投げ掛けた問いに、何かを考えながらアルトが答える。


「どこか武勇伝みたいな書きっぷりですからねぇ」

「ふぉっふぉっふぉ、まぁ、そうじゃのぉ」


 少し前を歩いていたファビラは、そこで足を止めると、アルトを振り返る。


「じゃがのぉ、この北部に突入した時点での有様は、あそこに書かれている以上に酷かったと聞いておるんじゃ」

「っ!」


 ファビラの言葉に、思わずアルトも足を止める。


「さすがに、塔から溢れ出していない時点で、比べ物にならんくらい今のほうが平和じゃがのぉ」


 ふぉっふぉっふぉと笑いながら再び前を向いて歩き出したファビラの後姿を暫く茫然と眺めていたアルトであったが、すぐに我に返ると慌てて追いかける。


「連れて行くの止めましょうかね」

「ふぉっふぉっふぉ、今更じゃのぉ」

「ホントに今更…ですね」


 久々に迎えた長閑な休日を、なんだかんだと満喫したアルトであった。





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