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夜明けの記録  作者: 梁井 祝詞
第2章 黄色い月
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お買い物

第19話


「あの…理由をお聞きしても?」


 2月5度目の休日。残す二日のうちの一つをまたもやアダンのために使うことになったアルトの顔は不機嫌に染まっていた。昼を伝えるこの日二回目の鐘が鳴り響くアルミランテ港の端では、少しお腹が目立つ壮年の男が、今にも雨が降り出しそうな天気と同じような、泣きそうな顔をして、アルトと対峙していた。

 

「あれ?知らないんですか??」

「え…な、なにをでしょう?」


 この日、先日約束したとおり、職人たちを引き連れたアダンは、指定された港の船着き場を訪れていた。アルトの姿を見るや否や駆け寄ったアダンは、開口一番、質問を投げ掛けるのだが、驚いたような顔をしたアルトに質問で返され、動揺を隠せなかった。


「リバネ造船で木食いが出たって話です」


あくまでもしらばっくれるアダンに、周りをきょろきょろ伺ったアルトは、顔を少しだけ近づけて小さな声で伝える。


「っ!…あ~、確かに、小耳に挟みましたがそれが?」


 まだそこまで暑くないのに、額から流れる汗を拭うアダンに、顔を上げて不思議そうな顔をしたアルトが言う。


「御存知なら、その種類も聞いているのではないですか?」

「い、いや…確かに同じ種類ではありますがっ」

「…同じ場所で伐採したとは限らないと?」

「は…はい」


 一匹見つかれば、間違いなく数匹はいると言われる害虫である。同じ場所で伐採されているのであれば、怪しいとアルトは言っているのだが、アダンは同じ場所ではないという。


「では、同じ場所ではないと仰るのですね?」

「…はい」

「そうでしたか」


 流れる汗が止まらないアダンであったが、このまま上手く話が進めば、もしやと期待していた。


「アクニ造船では、どこで伐採されているのです?」

「…細かくはお伝えできませんが、私どもは、独自にリオミエラという村の近くで林業を営んでいる者と提携しております」

「そこからでしか仕入れていないと?」

「そうでございます」


 アダンの顔がだんだん明るくなっていく。一方のアルトは、ふむっと頷いたうえで、びしっと言い放つ。


「では、やはりお引取り願います」

「なっ!なぜですっ?!」


 慌てるアダンに、ニヤリと笑って見せるアルト。


「リバネ造船にあの木材を提供したのは、アクニ造船ですよね?」


 決定的な言葉に、談話の場での失礼なんかではなく、何もかも知ったうえでのことだと察したアダンは、その場に崩れ落ちる。


「そういうことですので、よろしくお願いします」


 頭の上から、そう言葉を掛けたアルトは踵を返して、一本でも積み忘れがないよう、運搬船へ運ばれていく木材を見に行くのだった。




「やっと行ったか」


 対岸に向かって小さくなっていく船を見送っていたアルトはボソリと呟く。最後まで「同じ神を崇める同志として御慈悲を」などといって粘りに粘ったアダンをやっと追い返し、ホッと一息つくのだった。さっきまで雨が降りそうだった空は、嘘のように晴れ渡っていた。


「さて…どうするかなぁ」


 がらんとなった積荷置場を見て、灰色の髪をくしゃくしゃしたアルトは、何かを思いついた顔をすると、港を後にする。


「ここかな?」


 ところどころにある出店で買い食いしながら、平日の昼間ということもあり、それほど混みあっていない例のペルダ通りを歩いていたアルトは、通りの終わり近くに佇む一軒の古びた店の前で、立ち止まった。そっと店の中を覗くと、そこには所狭しと色取り取りの鉱石が並べられていた。


「らっしゃいっ!」


 恐る恐る中を覗く青年をすぐに見つけた茶色い髭を蓄えた坊主頭の厳つい男が声を掛ける。


「ひっ」


 少し下のほうから聞こえた低い声に、顔を向けたアルトが思わず声をあげた。


「人の顔を見て驚くとは失礼だな」


 そう言って営業スマイルを浮かべる男に、アルトは、くしゃっと髪を握って、ほんの少しだけ頭を下げる。


「まぁ、しゃあねぇか」


 がはははと笑う男に、苦笑するしかないアルトだった。




「なんだ、アレクの知り合いだったのか」

「ええ、まぁ」


 店のカウンターの近くまで案内されたアルトは、暇だから少し付き合えと言われ、用意された椅子に腰掛けて、お茶を飲んでいた。


「んじゃ、自己紹介しておこうか」


 ニヤリと笑う厳つい男に、アルトは、別にいいですとも言えず、「お願いします」と小さく答える。


「アレクと同じ郷の出身で、この店の店長オラス・コーヴァンだ。アレクの知り合いならオラスでいいぞ」

「アルト・ファーリスです。アルトで構いません」

「おぅ、よろしくっ」


 そう言って無理矢理握手をしてくるオラスに少し引き気味のアルト。


「んで、何をお探しだい?」


 そんなことは気にもせず、オラスは、いい笑顔を向けてくる。


「銀とか置いてます?」

「…銀か、どれくらいだ?」

「これくらいですかね?」


 アルトが手で大きさを作るのを見たオラスは「ちょっと待ってろ」と言って、店の裏へと向かった。一人になってしまったアルトは、立ち上がると棚に並べられている鉱石を物色して待つのだった。


「おぅ!待たせた」


 もう店の棚を半分以上も見終わった頃、やっとオラスが戻ってくる。


「このくらいしか今はないな」


 そう言ってカウンターに並べられた銀鉱石は、全てを足してもアルトが欲しい量には幾らか足りなそうだった。


「これで全部、ですか」

「今は、これで全部だなぁ」

「…そうですか」


 少し肩を落としたアルトに、髪の毛のない頭を掻いて申し訳なさそうにしていたオラスは、聞いてもいないことまで話し出す。


「最近、どうにも売れなくてなぁ…在庫が溜まる一方だから、仕入れが…なぁ」

「はぁ」


 店を寂しそうに見渡すオラスに釣られるようにアルトも鉱石が並べられている棚へと視線を向ける。


「この1年やったら郷に帰ろうかと思うとる」


 そう零したオラスは、とても寂しそうだった。


「…なんで、鉱石をまんま置いてあるんです?」


 ふと湧いた疑問を零したアルトに、何を言い出したのだろうと、オラスは顔を向けるとそのまま固まってしまう。そして、いつまでも返事がないことを不思議に思ったアルトが振り向くと、それに気づいて慌てて答えた。


「いや、なぜって、そりゃ鉱石店っていったら採掘したものを取り揃えるのが仕事だろうよ?」


 つい、疑問系になってしまうオラスに、納得のいかない表情のアルトは、さらに疑問をぶつけた。


「どれに何が含まれているとか分かるものなんです?」

「そりゃあ、鍛冶師なんかが見たら一目瞭然だろうな」


 何故か胸を張るオラスに苦笑すると、


「普通の人から見たら、何か分からない石ころに見えるものって多いですよね?」

「なっ!」


 アルトが言った言葉に、オラスが衝撃を受ける。


「い、いや、だってお前、この店にくるのなんて鍛冶師か付与魔術師くらいなもんだぞ」

「…普通の人は、ひとまず置いておくとして…その人たちは、この石ごと買って行くんですよね?」

「ああ…そうだが?」

「…ふむ」


 全くもって何がいいたいのか分からないオラスは、一人考え込み始めたアルトをじぃっと見つめていた。


「アレク先生のように、抽出か分解の土魔術は使えるんですよね?」

「奴のは、異常だからな?」


 その答えにアルトが目をぱちくりさせて、首を傾げる。


「あれ?もしかして、使えない?」

「いや、使えるには使えるが、あれは土だけじゃなくて火も使わなならんから、普通の人間は魔術でやったりせんぞ?時間と魔力の消費が尋常じゃないからな」


 オラスがそう言うと、アルトは、また「ん~」と考え出す。そして、一瞬、閃いた顔を浮かべると、今度は言いにくそうに、恐る恐る聞くのだった。


「でも、今はお客が少なくて暇なんですよね?」


 様子を伺うアルトに、ニカッ笑うオラス。


「気にするな。ほんとのことだ」


 その言葉にホッと安堵の息を零したアルトは、改めて笑顔を浮かべる。


「それじゃあ、鉱石を種類ごとに分けちゃいませんか?」

「意味あるのか、それ?」

「ん~、想像通りであれば、大ありかと」


 オラスが目を見開くと、カウンターに飛び乗る勢いで身を乗り出した。


「それは、この店が続けられるってことかっ?!」

「あ~…そこまではどうか分からないです」


 途端にがっくりと肩を落とすオラス。


「でも、もう少し分かりやすく陳列できれば、それだけでも裏に眠る山のような在庫も外に置けますよね?」

「山のようにあるとは言ってないがな」


 その呟きに少しだけ不機嫌そうになったオラスだったが、再び目を輝かせて先を促していることを確認すると、しっかりと向き合ったアルトは、言い聞かせるように考えていたことを伝える。


「さっきの話だと、みなさん自分たちで加工しているんですよね?」

「そうだなぁ」


 一つ一つ確認するように問い掛けるアルト。


「それって、使わない部分とか削られた部分はどうなるんです?」

「実際のとこは分からんが、大抵は捨てちまうんじゃないか?」

「ん~…その部分って、たとえば付与魔術師が使う粉末に―」

「わかったっ!そうか、なるほどな」


 最後まで言わせてもらえなかったアルトは苦笑を浮かべるが、晴れ晴れとしたオラスが「なるほど」と何回も呟いている様子に、つい笑みを零す


「ほ、他にも何かあったりするか」


 一人納得していたオラスが、顔を上げるとアルトに縋りつくように聞いてくる。アルトは困った顔を浮かべながらも、簡単に何点か気づいた点を伝えるが、具体的な方法を考えるのは、また今度と言って話を切り上げる。


「とりあえず、今ある鉱石をどうにかしてから考えましょうか」


 アルトがそう締め括ると、ちょっと残念そうな顔をしたオラスであったが、一つ一つやらないと全部が中途半端になると言われると、渋々納得した。


「残念だが、まぁ、そうだな」

「それでは、また来ますね」

「ちょっと待て」


 帰ろうとしたアルトを慌ててオラスが引き止める。立ち止まったアルトに「ちょっと待ってろ」と念を押したオラスは、店の裏へと駆け出していった。止めようとしたアルトが手を伸ばした時には、もう姿は見えなくなっており、諦めたようにはぁっと溜息を零すと、仕方なく物色を再開するのだった。


「これなんかどうだい?」


 はぁはぁと息を切らして、オラスが持ってきたのは、大人が握れるくらいの大きさをした銀よりも少し黒っぽい鉱石であった。


「っ!これって、まさかっ」

「おっ!兄ちゃん知ってるのか」


 嬉しそうに顔を綻ばせ、手にした鉱石を持ってみろと言うようにオラスが差し出す。恐る恐る手に取ったアルトは、いろいろな角度から鉱石を見ていたが、確証が得られたのか小さく息を零して、オラスへと鉱石を返した。


「ミスリル鉱ですね…」

「ああ、少し銀が混じっちゃいるが純度は高いぞ?」


 自信があるという顔をして「どうだ?」と勧めるオラスに、思わず迷うアルト。しばらくカウンターに置かれたその鉱石を見つめると、上目遣いで問い掛ける。


「でも、高いんですよね?」

「おぅ!もちろんだ」


 はぁっと溜息を零したアルトは、少し下を見たまま何かを考えているようだった。


「知っているなら分かると思うが、なかなか手に入らんぞ?」


 畳み掛けるオラスを、ちらっと見るアルト。


「今日だって、出す気はなかったんだぞ?アレクの知り合いだって言うし、いい話も聞けたからな。特別だ」


 そして、オラスがニヤリと笑う。


「これだけあれば、欲しい量にはなるだろう?」


 ダメ押しの一言に一度項垂れたアルトは、顔を上げると様子を伺うようにして問い掛ける。


「ちなみにおいくら?」

「白金貨1枚でどうだ?」


 アンチョビサンド5,000個分…安いのか高いのか分からない比較をしてアルトが悩む。しかし、早々手にはいる物でもないのは重々承知なのである。


「これでも原価ぎりぎりなんだがなぁ…よしっ、また話を聞かせてくれるっていう条件付で、釣りに金貨1枚だそう」

「よしっ!買った」


 二人は、固い握手を交わす。しかし、その手を離すことなくオラスが頼みごとをする。


「よかったら抽出の魔術を見せてもらったりできないか」


 握る手に少し力を入れたオラスの眼にも力が籠もる。手を引き抜こうとしていたアルトだったが、はぁっと項垂れると、最後の足掻きを見せる。


「小金貨5枚」

「………」

「……」


 睨み合いが暫し続いた後、


「…解説付きなら」


 オラスが出した条件をニコヤカに頷いて承諾したアルトは、綺麗なミスリルを抽出し、ついでに銀も手に入れてみせるのだった。


「毎度ありっ」


 笑顔で見送る厳つい店主に、軽く手をあげて店を出たアルトは、もう日が傾きかけていることに気づく。だいぶ時間を潰してしまったことに軽く天を仰いでから、屋敷に着く頃にはもう日は暮れているだろうなぁと益もないことを考えながら、急ぎ足で屋敷へと帰るのだった。




「あら?今日はお休みかしら??」


 それから数日間、ペルダ通りの端にある鉱石店は臨時で店を閉じ、


「アルトは、また何か始めたの?」


 カンタブリア伯別邸、白亜の御殿にある応接室でもまた、一人の青年が篭城するのであった。




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