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夜明けの記録  作者: 梁井 祝詞
第2章 黄色い月
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師弟

第18話


「おぬし…アクニのところにいくんじゃなかったのか」


 休暇明けの午後の昼下がり、一度屋敷に戻ったアルトは、セリノの作った料理を堪能し、造船の資料を纏めてから、カンタブリア学院の研究室を訪れていた。


「朝のうちに行ってきました」

「…ほぉ」


 アルトの返事に、アレクが不機嫌そうな声を零す。


「今週は全て、午前中の予定は埋まっているって聞いていたのですが?」

「…昼飯の時間は空いておったんじゃがのぉ」


 子供のように拗ねるアレク。


「パスタくらいしか作れませんよ」

「あれだけ美味ければ、わしは満足じゃよ」

「俺が毎回パスタが嫌なだけです」


 苦笑を浮かべるアルトに、アレクが肩を落とす。そんな取るに足りない話を少しの時間交わしてから、アレクははぁっと長い溜息を零すと、「ま、今日のところは…」と独り言を呟いてから、少しだけ背筋を伸ばした。


「で、どうじゃった?」

「あ~…なんか格上の信者認定されてきました」

「………は?」


 口を開けたまま呆けている老師へ、渋々と午前中に繰り広げられた会話を搔い摘んで説明をしていくアルト。


「また、難儀よのぉ」

「収穫は、置いていった木材は撤収してもらうことを伝えられた…ことくらいですかねぇ」


 がっくりと肩を落とすアルトに、アレクが苦笑を向ける。しかし、アルトが手にしている紙の束に気づいたアレクは、そこへチラリと視線を向けてからアルトへと新たな話題を投げ掛けた。


「して、今日は何用じゃ」


 視線に気づいたアルトが、持って来た資料を両手で持つと、それに目を落とす。


「…本来の目的がすっかり進んでいないので」


 少し気まずそうなその立ち姿が、まだ彼が少年だった頃の姿と重なって見えたアレクは、わざとらしくはぁっと息を零す。


「そういえば、そうじゃったのぉ」


 読みやすいように向きを変えて、差し出された資料に、つい昔に戻ったような気分になるアレク。懐かしさに胸が熱くなり、少しだけ頬を緩ませた彼は、そっと資料を受け取った。


「…リバネの件はどうするんじゃ」


 資料にさっと目を通したアレクは、まずそこに触れた。白蟻の件で、この青年が深く関わっていることは薄々勘付いていた。確かに、相当厄介な問題であり、関わっていなかったとしても原因は追究しなくてはならないことではあっただが、それにしても諸事情に詳しすぎる。そもそも何故アルトがリバネ造船で起こったことに知っていたのか。


「…」


 視線を向けられたアルトは、そっと横を向く。


「大方、首を突っ込みすぎたってところじゃな」


 アルトへと向けていた鋭い視線が、憐憫を含んだものに変わる。


「なんか…すみません」


 すべて見透かされたような気分のアルトは、ただただ恐縮するばかりだった。


「ま、そこはおぬし自身でどうにかするんじゃな」

「…はい」


 肩を落とす。


「…で、これなんじゃがな」


 ぱしぱしと資料を叩いたアレクは、申し訳なさそうに。


「明日、改めてもらってええかのぉ」

「………」

「すまん、なんか終わった気になっとった」


 この日はアレクに来客の予定があったため、これで解散となる。「先触れも寄越さんと来るから、こういうことになるのじゃ」とブツブツと文句を言われたアルトは、翌日の昼頃という曖昧な約束を取り付けると、のこのこと資料を持って帰るのだった。




 翌日、再び、セリノの料理を堪能してからカンタブリア学院へと足を運んだアルトであったが、対するアレクの機嫌はすこぶる悪かった。


「なぜじゃ…この仕打ちはなんなんじゃっ」


 何回か扉を叩いても返事がない研究室へアルトが顔を覗かせると、椅子に座ったまま睨みつけたアレクが、まずぶつけた言葉である。


「合格者の選定で忙しいのでは?」

「…それが、昼飯を外した理由か」


 ギロリと睨みつけるアレクが本気で不機嫌だということが分かったアルトは、溜息混じりにこう提案する。


「明日は昼食前に伺わせていただきますが、…よろしいでしょうか?」


 視線のやり取りで何かを会話する二人。


「まぁ、それならばよい…はじめるとするかのぉ」


 納得したのか少しだけ持ち直したアレクに、ホッと安堵の息を零したアルトは、さっそく来客用に用意されている大きな机に設計資料を広げるのであった。


「まず確認したいんじゃが、この船は、単胴船じゃなく双胴船と考えて間違えとらんか」


 前日、さらっと目を通しただけで見破ったこの老師にさっそく驚かされるとともに嬉しくなったアルトは、楽しい時間が訪れそうな予感に心を弾ませる。


「その通りです」


 爛々と目を光らせたアルトに、頬を引き攣らせたアレクは、視線だけで先を促す。


「低速時は、見掛けも単胴船と変わりません。ただし、高速時は水との接触面を下げるために、この船首から船腹にかける一部を稼動させ、滑走用として使いたいと考えています」

「…船体を浮かせるわけじゃな」


 納得したように軽く頷くと、アレクはまた違う部分を指し示す。


「船尾も抵抗をなくすために二股を残すのは、まぁええとして、この間にある装置が動力かの」

「舵取りと高速時に使うので、この部分はできるだけ水面下に置きたいと思っています」

「低速時は帆を使うのじゃな?」

「帆が使えるならば、使いたいと思っていますけど、思い切って外しちゃいますか」

「いや、非常時のためにも残しておいたほうがええじゃろうな」

「しかし、あまり重くなるようですと、それだけ速度を上げないと船体を浮かせないので…」

「なるほどの…。差し当たりの問題としては、高速時に接水する部分の強度と、魔力の導線といったところかのぉ」


 その後も細かい部分なども含めて、確認しながら一つ一つ課題をクリアにしていく二人であったが、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていく。夕暮れが近づくと、この日はお開きとなった。


「明日もやるつもりじゃな?」

「ん~、とりあえず船体部分は、これでどうにかなりそうなので、明日は導線も含めた構造のところをもう少し詰めたいのですが、よろしいです?」

「了解じゃが…忘れとらんよの?」

「あ~、…はい」


 念を押すアレクに、少しだけげんなりするアルトであった。




 翌朝、ゆっくりと起きたアルトは、朝食を食べ終わると、その足で厨房へと足を運ぶ。


「少しだけ貸してもらってもいいかな?」


 後片付けをしていたセリノは、一瞬だけ驚いた顔をするが、「側で見ていてもよければ」という条件を出すと、快く場を提供した。

 御礼をいって、さくさくと料理を進めていく手際の良さに驚くセリノは、凝った料理を好んで作るカエデとは違ったアルトの料理の魅力に引き込まれていく。


「一個貰えたりする?」


 あっという間に作り上げたアルトが卵に包まれた混ぜご飯を握っていると、恥ずかしそうに少し頬を赤らめたセリノが声を掛ける。


「もちろん」


 握り終わったのをそのまま渡すと、すぐに次へと取り掛かるアルトに頭をちょこんとだけ下げて、一口齧る。


「…おいしい」

「そいつはよかった」


 アルトが調理の道を目指さなくて良かったとホッとするセリノであった。




 午後の昼下がり、机に向かった歳の離れた二人の男が、握り飯を手に図面を眺めていた。


「これは、ええのぉ」


 年配のほうの男は、どうやら図面が目に入っておらず、手にした握り飯を美味しそうに食べていた。


「作業しながら食べることを想定して作ってきたのですが?」

「…だって、美味いんじゃもん」


 少し睨みを利かせた若い男は、まるで子供のようなことを言って、嬉しそうに咀嚼する年寄りに苦笑する。


「また作りますよ」

「言うたな!」

「ええ」

「ほんじゃ、やるかのぉ」


 そんなやり取りを繰り返しながら、二人は設計資料にいろいろと書き加えていく。

 前日と同じように楽しい時間はあっという間に過ぎていく。気づけばもう辺りは暗くなり始めていた。


「しかし…これだけを詰め込むとなると50メトルは超えそうじゃのぉ」


 粗方、見終わった二人は、アレクの入れた珈琲を飲みながら一息吐いている


「必要な人員も少なくできますから、あまり知られたくないんですけどね」


 アルトはそう言うと、悲しげに手にした珈琲へ視線を送る。本来であれば、自分と仲間たちが安全に楽しむための船が、戦争に利用されるかもしれないということが、やはり受け入れられなかったのだ。船大工を一度は夢見た彼が、その道から離れた理由は他にもあったが、造る楽しさだけではないということを知ってしまったことは少なからず大きかった。


「そう簡単に真似できる代物じゃなかろうて」


 しかし、隣で背もたれに全体重を掛け、カラカラと笑うアレクを見ているとそんな暗い気持ちもどこか吹き飛ぶようなそんな気持ちになるのだった。

 暫くの間、達成感に呆けていた二人であったが、ふと椅子に座りなおしたアレクは、思い出したように机から書類を引っ張り出した。


「用意しとったのを忘れとったわい」


 ばさりと広げられた書類に目を向けたアルトの顔が驚きに染まる。


「これって…」

「約束しておったじゃろう、金属をどう組み込むか」


 丁寧に一枚ずつ捲りながら、その図面に目を通していたアルトがガバっと顔を上げる。


「ありがとうございます!」

「よいよい」


 勢いよく頭を下げるアルトに、アレクが笑顔を向ける。


「明日も同じ時間じゃな」

「はい」


 こうして、久々に再開した師弟二人の一週間は、あっという間に過ぎ去るのだった。





※アルトとセリノ おまけ


「アルトって器用だよね」

「そう?」

「うん、すごいよね」

「そうかな?」

「女だったら、惚れちゃうところだよ」

「褒め過ぎだ…ほれ」


― レシピ(おにぎり)

1.フライパンで、オリーブオイルを温めてから、卵を流し込み、薄く焼いておく。

2.改めて、フライパンで、オリーブオイルを温めてから、チキノン(鶏肉)を色が変わるまで炒める。

3.粗めに微塵切りにした玉葱、人参、ピーマン、にんにくをフライパンに加えて炒める。

4.全体に火が通ったところで、炊いたご飯とスープ(「昼下がり」のレシピ参照)を混ぜ合わせる。

5.[1]で作った卵焼きを適当な大きさで分け、[4]を包んで、出来上がり。


「え?いいの??」

「美味しいの作ってくれれば…ね」

「うん!がんばるよ」


(偽)次回「禁断の関係」


「…なんか急に鳥肌が」

「僕が看病してあげようか?」




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