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Legend Of Blue Bird   作者: zeroY
Chapter 1  壊れ始めた日常
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08 「悪意を持つ敵」

 事故車を後にしてから暫くして、春音の視界に悲惨な光景が映り始めた。

 血の雨でも降ったかのような道路には、人間の死体が幾つも転がっている。

 夥しい数ではないものの、見るに忍びない。

 死体はどれも損傷が激しく、頭部や千切れた四肢の断面、更には肉塊を啄むカラスの姿が嫌でも目に入った。

 映画以上にグロテスクな光景と辺りに漂う死臭と血の臭いが、吐き気を促す。


「うぷっ……もう、我慢できない……うっ! おえぇっ……」


 春音は遂に我慢できず、道路の路側帯で胃の中の物を吐き出してしまった。

 口と胃に酸っぱいものが込み上げ、目尻に涙が浮かぶ。

 

「…………此処に居たら、気が狂っちゃいそう……他の道を探そうかな」 


 ゲッソリとした面持ちの春音がその場を去ろうとした時、車道の中で黒い何かの存在に気づいた。

 恐る恐る近づいて見ると、それはレンズの付いた筒が二つ並んでいる。

 双眼鏡だ。

 血は付いておらず、レンズも傷ついていない。奇跡的に無傷であった。

 

「まだ使えそうだし、貰っておこう」

 

 双眼鏡を拾うと、春音は付いていたストラップを首に掛け、その場を後にした。




 別の道を歩いていると、交差点を曲がったところで大きな駅が目に入った。 

 この駅は春音が住む市内で一番大きな駅であり、駅構内には売店や飲食店、小さなゲームセンター等がある。

 春音は双眼鏡越しに、建物の陰から駅の様子を窺った。

 生きている人の姿は見当たらず、代わりに多くのゾンビが駅の周囲を徘徊している。


「外にいるのだけでも、二十体ぐらいか……ってことは、中はもっと居るかも」


 普段なら多くの人が行き交う場所であるが、今は無数のゾンビの巣窟となっていた。

 ゾンビの発生した時刻から考えると、終電時に電車の音で引き寄せられたと推測できる。


(あの駅を突き抜ければ近道なんだけど……突破できそうにないな)


 春音はそう考えつつ、他の道を探し始めた。

 ゾンビに見つからない様に周囲を警戒しつつ他の道を探していると、踏切を見つけた。 


「よしっ、ここからなら……」


 踏切の先では、一台の黒いワゴン車が不気味に佇んでいる。

 春音はどこか違和感を感じつつ、踏切を渡った。

 ふと、駅のある方向に広がる線路に目を向ける。

 駅には電車が停車しており、プラットホームや線路には、無数のゾンビが徘徊していた。


(うわぁ……まるで虫の巣みたい…………)


 苦手な虫を連想してしまった春音は、早足で踏切を渡り終えた。

 道なりに進んで行くにつれて、黒いワゴン車との距離も縮まる。

 ワゴン車は窓ガラス等が割れておらず、死体や血痕、ゾンビの姿も見当たらない。


「車は見たところ無傷ね…………んっ?あれは……」


 春音はワゴン車の後部座席ドアの近くに、何かが落ちているのが見えた。

 近くまで歩み寄り、それを確認する。

 白色のレディースバッグであった。


「ワゴン車の持ち主のかな? でも、どうしてこんなところに?」


 春音はこの時、ある違和感を感じていた。

 ワゴン車や周辺にゾンビと争ったような形跡があるなら未だしも、その形跡すら無く、レディースバッグは無造作に落ちている。


(ここで一体何が……)


 レディースバッグを拾い上げて中を見ると、財布や化粧品、ハンカチ等が入っていた。

 しかしその中で一際目立つものが三つ、存在感を放っている。

 一つ目は、英語で綴られたラベルが特徴的な、催涙スプレー。

 二つ目は、小さなぬいぐるみだが、よく見ると防犯ブザー。

 三つ目は、黒くて太い棒のようなもの、バトン型のスタンガンだ。


「ストーカー被害にでも遭っていたのかな?」


 春音が独り言を呟いた、その時である。

 突如ワゴン車の後部座席のドアが、蹴り破られたかのような勢いで開いた。

 中から丸太のように太い腕が、春音を捕まえんとばかりに、にゅっと伸びる。

 逸早く勘付いた春音は、ワゴン車から離れるように飛び退き、距離をとった。

 

「な、何なの……一体?」


 なんとか回避できた春音だが、突然の事態に驚くばかりである。


「ちっ……掴み損なったか…………」


 開いたドアの中から、低い男性の声が聞こえた。

 程なくして声の主が、音もなく姿を現す。

 三十代後半くらいの男性だ。

 大柄で無精髭が生えており、目元には隈ができていた。身形も決して清潔とは言えず、髪についていた雲脂ふけがTシャツの肩に乗っている。

 男性は春音の方を向くと、ニタァと不気味な笑みを浮かべる。息遣いも、ハァハァと荒かった。

 

「あなたは一体……?」

「女子高生かな……ハァハァ……女子大生も良かったけど、犯すならやっぱり女子高生だな……ハァハァ」


 男性の言葉を聞いた刹那、春音は悟った。

 自分を見つめる目は、下心がむき出しである。この男性は「まともでない人間」の類だ。

 捕まれば、身包みをはがされるかもしれないし、強姦されるかもしれない。

 春音の脳内で、様々な恐怖が渦巻いていた。

 先程のレディースバッグを持ったまま、春音は後ずさりする。

 それに伴って男性も、じわりと歩み寄る。

 

「おとなしくしろよ……ハァハァ……美味しそうな女だからな……ハァハァハァ」

 

 二人の距離は約七メートル。

 今の春音と男性の様子は、まさに「狙われた鼠」と「腹を空かせた猫」のようだ。

 手にレディースバッグを抱えているため、後ろポケットから拳銃を取り出そうとすれば先手を打たれかねない。

 況してや、リュックから物を取り出す時間も無かった。

 春音は不意に、レディースバッグに入っていたものを思い出す。


(これなら……何とかなるかも!)


 春音は口の開いたレディースバッグに手を入れる。同時に、男性が春音に向かって走り始めた。

 二人の距離はどんどん縮まる。

 間の距離が二メートルを切り、男性が春音に飛び掛かろうとした時だった。

 

(今だ!!)


 タイミングを見計らい、春音は催涙スプレーを取り出すと、男性の顔に目掛けて噴射させた。

 噴出口から吹き出た霧状の白いガスが、あっという間に男性の顔中を包み込む。


「ぎゃあああぁぁぁぁぁっ!! 目がぁぁぁぁっ!!」


 男性はあまりの痛みにその場に倒れ、苦しみ悶えていた。

 少量でも催涙ガスは顔に直撃すれば、皮膚や粘膜にヒリヒリとした痛みが走る。


「こ、この尼っ……もう頭にきた!! ぶっ殺してやる!!」


 目がまともに開けない様子の男性がむくりと起き上がり、春音を殺そうと殴りかかる。

 しかし春音は蝶の如くひらりと攻撃をかわし、レディースバッグから流れるように取り出したスタンガンの電極部を、男性の喉元にピタッとつけた。

 状況を察した男性はピタッと動きを止め、見る見るうちに顔を青ざめていく。


「女の子を……甘く見ないで」

「ヒッ……ご、ごごご、ごめんなさいぃ!! 女子大生を犯したことは謝ります!! どうか!! どうか命だけは……」


 命乞いをするかのように突如、男性が聞いてもいないことを喋り出した。

 春音は内心で驚くが、冷淡な表情も、死神のような悍ましい目つきも崩さない。

 小さくため息をつくと、身も毛もよだつような冷ややかな声で、男性に言い放った。


「チェックメイト」


 春音はスタンガンの電源を入れ、男性に電気を流した。


「ぐわぁぁぁっ!!!」

 

 強烈な痛みに襲われた男性は白目を向きつつ口から涎を垂らして気絶し、その場に倒れた。

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