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Legend Of Blue Bird   作者: zeroY
Chapter 1  壊れ始めた日常
7/27

07 「父の救出」

 春音がトンネルの奥へと進んでいた頃、唯と広子は別の大通りから警察署へと向かっていた。この大通りはオフィスビルが多く立ち並んでおり、通勤時間帯には会社員の姿を頻繁に見かける。

 だが今となっては、ゴーストタウンのような静寂さに満ちていた。

 途中で数体のゾンビの姿を見かけるが、不用意な戦闘は避けたいため、上手く迂回していく。戦闘を余儀なくされた場合、頼りになるのは広子の所持している拳銃と、伸縮式の特殊警棒のみだ。


(警棒だと大したダメージを与えられない……弾も出来る限り温存しておきたいわ)


 弾薬の残りはあと七発。

 無闇に使えば、危険な状況に陥りかねない。

 そんな事を考えていると、近くに唯の姿が見当たらないことに気づいた。


「あれ? 唯ちゃん?」


 広子が後ろを向くと、唯は何かの前で立ち止まっていた。

 そこは七階建てのビルであり、大きな鏡のような外装が特徴的である。


「唯ちゃん、どうしたの?」

「広子さん……もしかしたら、此処にパパが居るかもしれません!」

「えっ? 当に!?」

「はい! 昨日は残業で家に帰っていないし、パパは残業の時は大抵会社に泊まっているので、もしかすると……」

「確かに、ニュースがあったのは今日の深夜0時ぐらいだったから、此処に残っているかもしれないわね…………わかったわ。探しに行きましょ」

「広子さん!! ありがとうございます!!」


 花弁はなびらが開くように表情を綻ばせた唯は、思わず広子にギュッと抱きついた。

 

「ひゃぁっ!! い、いきないどうしたの?!」

「あっ、ごめんなさい! 私、抱きつき癖があるもんで、つい……」

「き、気にしないで!」

 

 広子は少し戸惑いながらも、優しく微笑んだ。




 唯と広子は、ガラス越しにビルの中を確認する。

 明かりは点いておらず、見た限りでは血の跡やゾンビ、生きている人の姿等は見当たらない。

 入口に近付くと、ガラス製の自動ドアが静かに開いた。


「開いた……」

「まだ電気は通っているようね」


 二人は中に入ると、ロビーに掲示されていた案内板を早々に発見した。

 一階はロビー、二階は社員食堂、三階から六階は執務スペースやミーティングルーム等、七階は大きな多目的ホール、地下は駐車場、そして屋上は休憩スペースという構造になっている。

 ロビーに掛けてある時計を見ると、時計の針は午前11時55分を指していた。

 昼とはいえ、鉛色の空に浮かぶ灰色の雲のせいで光は差し込まず、ロビーの中は少々薄暗い。


「私が先頭を歩くわ。唯ちゃんは、後ろの様子をお願い」

「はい!」

「さてと……まずは何処から、調べようか?」

「そうですね……パパが居るとしたら、三階から六階の何処かだと思います」

「範囲を少し絞れるだけでも、十分よ。行きましょう」


 二人は階段を使って三階へと移動した。

 エレベーターを使用する手もあるが、万が一ゾンビと鉢合せたとき逃げ場が無いため、迂闊に使用するのは危険である。

 階段からは、唯と広子以外の足音は聞こえない。

 蛍光灯の青白い光と、鮮明に鳴り響く足音が、えも言えぬ緊張感を生み出す。

 三階に辿り着くと、広子を先頭に二人は探索を始めた。

 執務スペースや会議室等を探すが、清の姿はおろか他の社員の姿も見当たらない。机に残されたパソコンや書類などが、静かに佇んでいるだけである。


「誰も居ないですね……」

「……他を探しましょう」


 探索を終えると、二人は再び階段を上がっていった。

 その後、四階や五階を探すが、三階同様、人の姿が見当たらない。

 残す六階を目指して、二人は再び階段を上がった。


(このままパパが居なかったら、どうしよう……もし、ゾンビになっていたら……)

 

 心の中の不安が大きくなるに連れ、唯の階段を上る足が徐々に遅くなる。

 広子は唯の様子を見かねて声を掛けた。

  

「……唯ちゃん、大丈夫? 少し休む?」

「だ、大丈夫です!」


 唯は心配をかけまいと気丈に振る舞い、再び歩き出した。




 程無くして六階に辿り着くと、広子と唯は通路で人影を見かけた。

 後ろ姿と服装からして、男性の警備員であろう。


「……どうしますか?」

「……私が声をかけるわ」


 二人が小声でやり取りを終えると、広子が男性に向かって声をかけた。


「あのっ! 大丈夫ですか?!」


 広子の声に反応した男性は、ゆっくりと振り返った。

 血色の悪い皮膚に、どろりと白く濁った瞳。

 ゾンビである。

 左手には電源が入ったままの懐中電灯が、力なく握られていた。


「アァァァッ……ヴァァァァァッ!!」


 ゾンビは二人の存在に気づくと、真っ直ぐ向かって来る。


「っ?! やっぱり!! 唯ちゃん、私の後ろに!!」

「は、はいっ!」


 広子はホルスターに手を掛け、拳銃を取り出そうとした。

 だが、ゾンビが襲い掛かろうと、腕を前に突き出した時である。

 左手の懐中電灯の光が、鋭く広子に向けられた。


「うわっ!!」

 

 突き刺さるようなLEDライトの光を直視した広子は、思わず手にした拳銃を落としてしまう。

 その隙に、ゾンビは広子との距離を詰めていった。 


「広子さん、危ないっ!!」


 背後にいた唯が、反射的に広子の前に飛び出す。

 

「これでもくらえ!!」


 唯はポケットからスマホを取り出すと、ゾンビに向かって投げた。

 スマホは、ゴンッという鈍い音を立てて、見事にゾンビの額に命中する。


「ウガァッ!!」

「唯ちゃん、ナイスッ!」


 頭に感触を覚えたゾンビの注意が額に移った隙を突き、広子は拳銃を拾った。

 更にゾンビを蹴り倒し、足で胸の辺りを踏み押さえる。

 額に銃口を近づけると、トリガーを二度素早く絞った。いわば、ダブルタップである。

 二発の銃声が、通路内に響き渡った。

 建物の中ということもあり、鼓膜を大きく揺らす。

 二発の空薬莢が落下すると同時に、ゾンビは声を上げる間もなく絶命した。


「ふぅ……危なかった」

「ありがとう、唯ちゃん!」

「い、いえ……」

 

 唯の腕は、若干震えている。その手を、広子はそっと握った。


「よく、勇気を出せたね」

「……はいっ!」


 広子の言葉に、唯は照れながらも、ニッコリと微笑んだ。

 不意に、力尽きたゾンビの手から滑るように懐中電灯が転がる。

 広子が確認すると、血は付いておらず、電池も残っていた。


「まだ使えそうね。これは、唯ちゃんが使って」

「わかりました」


 唯は懐中電灯を受け取ると、スカートのポケットに入れた。

 スマホも奇跡的に画面が割れていなかったため、手早く回収する。

 その時、何処かで物音がした。

 思わず二人は、一度顔を見合わせる。

 物音は、すぐ近くの部屋からであった。

 二人の顔が、一気に警戒の色で染まる。

 広子は拳銃を片手に、唯は広子の後ろに隠れるように部屋へと近づき、ゆっくりと扉を開けた。

 中は小さめのミーティングルームになっており、テーブルの近くに人影が見える。


「警察よ!! 手を挙げてこちらを向きなさい!!」

「ひいっ!!」


 両手を顔の近くまで上げたスーツ姿の男性が、広子の方を向いた。

 見た目は四十代後半ぐらいで、ガッチリとした体格と短めの黒髪が特徴的である。

 男性の足元には、黒いビジネスバッグがあった。

 

「パパッ!!」


 唯が広子の背後から叫び、男性の下へと駆け寄った。

 男性は唯の父親、小西こにし きよしである。


「唯? 唯なのか?!」

「パパ!! パパ……生きてて……良かったぁ……」


 唯は清に抱きつくと、堪え切れずに泣き出した。

 清も、唯を抱き返す。自分の愛娘が無事だったことに、心から安堵した様子だ。


「唯、どうして此処に? 家に居たんじゃないのか?」

「実は……」


 唯は今までの経緯を、清に話す。

 母親の幸枝ゆきえがゾンビと化したこと、春音や広子たちと逃げてきたこと、今は警察署へと向かっていること等を話した。


「そんな……幸枝が、ゾンビに……」

「ごめん、パパ……私には、どうしようもなかった……」

「……気にするな。唯の所為じゃない。せめて……お前だけでも守り抜く!例え、父さんの命に代えてでも……」


 そう決意した清の手が、唯の頭を優しく撫でる。

 暫くして清は、広子に向かって深々と頭を下げた。


「白石さん、娘を守って下さり、ありがとうございます! 何とお礼を申し上げればよいか……」

「いいえ、警察官としての役目を果たしたまでです。これからの事ですが、清さんも、警察署まで御同行お願い致します」

「是非! 娘共々、宜しくお願いします!」


 清は感謝の意をこめて、再び頭を下げる。


「ところで、清さん。他に社員の方はどちらに?」

「七階の多目的ホールに居ると思いますが……行かない方が良いですよ」

「えっ? パパ、それってまさか……」

「あそこはもう……ゾンビの巣窟だ」


 そう話す清の顔から、血の気が引いていた。


「となると、長居は無用ね。唯ちゃん、清さん。此処から出ましょう」

「それなら、車が地下の駐車場に停めてあります。それで逃げましょう!」


 三人は階段を降りると、地下の駐車場に辿り着く。

 地下にも数体のゾンビの姿があったが、距離が離れているため、気づかれていない。

 清の先導で、三人は白い自動車の近くまで辿り着いた。

 鍵を開けると、清は運転席に、唯と広子は後部座席に素早く乗り込む。

 だが、ドアを閉めた音が駐車場中に響き渡り、ゾンビたちが三人の存在に気づいてしまった。


「気づかれた!」

「パパ、早く!」

「二人とも、しっかり摑まって!!」


 広子と唯に急かされ、シートベルトを着用するのも煩わしいように、清は車を発進させた。

 ゾンビを蛇行しながら避け、地下の駐車場を勢い良く出ると、そのままビルを後にする。

 鉛色の空は更に煤けたような黒みを帯び、今にも雨が降りそうな雰囲気を醸し出していた。

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