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Legend Of Blue Bird   作者: zeroY
Chapter3 見えない明日
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26 「黙する怪物」

「は、春音お姉ちゃん……」


 いつの間にか香澄は春音の背後に回り、春音の服の裾を握っていた。

 先程まで見せていた無邪気な笑顔とは打って変わり、雄叫びへの恐怖が滲み出ている。


「……私が様子を見て来る。香澄ちゃんは車のところまで戻ってて」

「でも……」

「安心して。危なくなったら、直ぐに戻って来るから」


 軽く微笑んだ春音は体勢を低くし、香澄の目線に合わせる。香澄は不安げに頷くと、小走りで陸たちの方へ向かって行った。


「さてと……」


 小さく呟いた春音は、路地の方に目を向けた。

 あの路地の先に、雄叫びの主が潜んでいるに違いない。

 ホルスターから取り出した拳銃を右手に握りしめつつ、ゆっくりと壁から顔を覗かせた。

 路地はコンクリートブロックの塀で囲まれており、壁と路面には赤黒い小さな斑点が広がっている。似たような状況を何度も見てきたためか、それらが血だと理解するまで時間は掛からなかった。

 斑点は路地の奥に行くにつれて大きくかつ数を増やしている。血の跡を目で追いかけていくと、ある所で春音の視線が止まった。

 およそ五メートル先は袋小路になっており、行き止まりとなった正面の壁を背に、人らしきものが座り込んでいる。

 ゾンビでもスクリーマーでもない、全く別の怪物だ。


「っ!?」


 怪物の姿を目の当たりにし、春音は思わず息を呑んだ。

 まず真っ先に目を引いたのは、色素の無い肌と体毛である。どちらも死装束を連想させるほど純白であり、言葉で表せない恐怖が蟲の如く這い寄って来る気がした。

 怪物は俯いたままであるため、今のところ春音に気づいていない。

 よく見ると怪物の体格はゾンビと比べて細く、身長もかなり高いことに気づく。筋肉量は少なく、爪も獣のように尖っていた。


(ゾンビの一種……なのかな?)


 春音が頭の中で呟いていると、怪物の近くに細長いものが落ちていることに気づく。


(あれって……!?)


 それは人間の腕であった。乳白色の破片が根元から覗かせており、胴体から無理やり千切られたようだ。


「ひっ!!」


 物体の正体に気づいてしまった春音の口から、小さく悲鳴が溢れる。

 同時に、ずっと俯いていた怪物が勢いよく顔を上げた。

 怪物の口元にはスクリーマーと同じように鋭い牙が生えており、赤黒く変色した血や髪の毛が付着している。

 しかし何よりも恐ろしいのは、真っ赤に充血した眼だ。春音に向けた鋭い眼光は、まるで血に濡れた刃のようである。

 獰猛な獣の如く襲い掛かって来た迫力は、ゾンビやスクリーマーなどの比ではない。あまりにも、格が違い過ぎる。

 稲妻の如く、体中を悪寒が走った。同時に春音は、弾かれたように顔を引っ込める。


「ハァッ、ハァ……ハァ……び、ビックリした……」

 

 あまりの恐怖に、肺と心臓を握り潰されそうな錯覚を覚え、呼吸が一瞬乱れかける。

 少しでも平静を取り戻そうと呼吸を整える最中、春音は自分の手足が震えていることに気づいた。

 奴に近づくな。彼女の本能が、そう訴えかけている。


(さっきの雄叫び……もしスクリーマーみたいにゾンビを呼ばれたら……不味い!)


 春音の脳裏で最悪の状況が浮かぶ。この路地は決して広くはない。ゾンビに囲まれれば、無事では済まないことは目に見えている。

 気付けば春音の足は車の方へ向いていた。

 何事もなく車のところへ戻れた春音を、他の三人が安堵の表情で迎える。急いで戻ってきた彼女の様子を目にし、真っ先に陸が駆け寄る。


「どうしたんだ、茜屋さん! 何かあったのか?!」

「ごめん、詳しい話は後で! 纏さん、車は動かせそうですか?」

「えっ?えぇ、何時でも出発できるわ!」


 車に目を向けると、タイヤの下敷きになっていたゾンビは既に撤去されており、壁際に退けられていた。


「今すぐ出発してください! 早く、ここを離れた方が良いです!!」


 どこか焦りを見せる春音の気迫に纏は押されかけるも、何かの危機を察知し、

 

「わかったわ! 急ぎましょう!!」


と了承する。

 春音たちは直ぐ様、出発の準備を始めた。

 荷物をトランクや後部座席に詰め込み、春音たちも車に乗り込む。

 運転席には纏、助手席には陸が座り、春音と香澄は後部座席に座った。


「皆、乗った? エンジン掛けるわよ!」


 全員が乗車したのを確認すると、纏は車のエンジンを掛けた。

 メーターパネルが点灯すると、全員の顔に安堵の色が浮かぶ。燃料は半分ほど残っており、特に問題なく使えるようだ。

 ギアをDドライブに合わせ、サイドブレーキを解除すると、纏はブレーキペダルから足を離していく。

 やがて四人を乗せた車は静かに進み始めた。


「無事に動いて良かったわ……」

「これで移動が楽になるな!」


 安心した木村姉弟が笑みをこぼす。


「良かった……」


 小さく呟くと春音であったが、ふと先程の路地に視線を向けた。

 奥に見える怪物は依然として顔を上げたまま、微動だにせず正面を見つめたままである。

 しかし、車が路地を通過する一瞬、偶然にも春音は見てしまった。

 走り去っていく車を、怪物の赤い瞳が追いかけていく様子を……




 警察署の三階から見える景色を、唯は廊下の窓から茫然と眺めていた。

 時刻は午前10時31分。

 澄み渡る空には時折、翼をはためかせるカラスの姿が確認できる。

 建物の外では耳障りな蝉時雨が降り続けており、それ以外の音は何一つ聞こえない。


「春音……今頃どうしているんだろう?」


 小さく呟く唯の元へ、程なくして一つの足音が近づいてくる。


「唯ちゃん」


 足音と声のする方へ唯が顔を向けると、そこには広子が居た。


「隣、良いかな?」

「は、はい! 勿論です!」


 了承を得た広子は、唯の隣に並ぶ。


「春音ちゃんを待ってるの?」

「はい……どうしても気になってしまって……」

「……春音ちゃんは幸せ者ね。こんなに心配してくれる友達が居るんだから」

「そう言えば、広子さんは昔から春音のことを知っているんですよね?」

「ええ。初めて会ったのは、あの子が小学校一年生の時よ」

「そうなんですか! もっと詳しく聞かせてください!!」


 興味津々といった表情の唯を見て、広子の頬が緩む。


「ふふっ、良いわよ。そうね……何から話そうかな……?」


 広子は春音との思い出を語り始めた。

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