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Legend Of Blue Bird   作者: zeroY
Chapter3 見えない明日
25/27

25 「出発と遭遇」

 翌朝、電線に止まる雀の鳴き声が耳に入り、香澄は目を覚ました。

 壁に掛かった時計の針は午前6時32分を指している。十分な睡眠が取れた為、体調も頗る良い。

 カーテンが開いたままの窓に目を向けると、澄み渡る青空の一部が垣間見えた。


「ふぁっ……あぁ……」


 香澄は小さな口を目一杯に広げて欠伸をした。ふと隣に目を向けると、春音の姿が無いことに気づく。


「あれ……お姉ちゃん?」


 香澄はベッドから出ると、春音を探すべく部屋を後にした。

 廊下に出てリビングに向かうと、ダイニングキッチンから明かりが漏れていることに気づく。

 そっと引き戸を開けると、朝食の準備をする春音の姿が見えた。

 春音はパジャマから普段着に着替えており、白黒のストライプ柄のTシャツと、黒色のクロップドパンツといった姿だ。

 キッチンを見渡すと炊飯器や鍋などから湯気が立ち上り、室内に漂う出汁の香りが鼻腔をくすぐる。

 香澄の存在に気づいた春音は引き戸の方に顔を向け、


「おはよう、香澄ちゃん」


と優しく微笑んだ。


「春音お姉ちゃん、おはよう」


 香澄も頬を緩め、挨拶を返した。

 朝食の準備が出来た頃、リビングに繋がる引き戸から纏と陸が姿を現す。


「おはよう。春音ちゃん、香澄ちゃん」

「ふぁぁっ……眠い……」


 それぞれに挨拶を交わすと、四人は席につき、朝食を摂り始めた。

 テーブルの上には、ご飯、豆腐と野菜の味噌汁、ネギ入りの卵焼きが用意されている。どれも出来立てで、薄らと白い湯気が立っていた。

 香澄と陸は卵焼きを箸で掴み、そのまま口へと運んだ。咀嚼する度に、ネギの食感と卵の優しい味が口の中で広がっていく。


「たまごやき、おいしい!」

「美味いっ!」


 一方、纏は味噌汁を啜り始めた。程よい濃さの味噌が野菜の味を引き立て、旨みを醸し出していく。


「はぁ~温まるわぁ……」


 箸が進む様子の三人を眺め、春音は小さく笑みを浮かべた。




 朝食と片づけを済ませると、春音たちは出発の準備を始めた。

 着替えを終えた四人はリビングに集まり、荷物の整理に取り掛かる。

 食料や飲料水、生理用品等は四人で分け、各々のリュックに詰めていく。それ以外の持ち物や武器は各々が継続して所持することになった。


「さてと……あっちも取り出しておこうかな」


 荷物をまとめ終えると、春音と纏は父の部屋へと向かった。

 ガンロッカーを開け、猟銃と弓、矢筒を取り出していく。武器を手に取った瞬間、昨日感じた緊張感が体中を駆け巡った。

 次にもう片方のロッカーを開け、春音は銃弾とクリーニングセットをリュックへと詰め込んでいく。


「春音ちゃん、全部持っていったら重いんじゃないの?」

「うっ……確かに、そうですね」

「良ければ、私と陸で一箱ずつ持っていくわよ。荷物は少しでも軽くした方がいいでしょ?」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 銃弾入りの箱を二つ春音から受け取ると、纏は部屋を後にする。

 一人残された春音は残りの箱をリュックに押し込み、ロッカーの鍵を本棚の奥へ戻した。

 部屋を出るべく本棚を離れようとした時、偶然にも一冊の本が春音の目につく。


「んっ? 何だろう?」


 よく見ると、背表紙に何も書かれていない。

 手に取ってページを捲ると、白紙のページに何枚もの新聞の切り抜きが糊付けされていた。どうやら、スクラップブックのようだ。

 

「っ!? 嘘……なに、これ?」


 記事の内容に目を通すや否や、春音の眼が大きく見開かれた。





「春音お姉ちゃん、来ないね……」


 ソファーに腰掛けた香澄が呟く。

 纏が部屋から戻って来て五分近く経っており、荷物をまとめ終えた三人はリビングで待機していた。

 しばらくして、春音が姿を現す。荷物を詰め終えたリュックを背負っており、手には猟銃が握られていた。

 

「ごめん、お待たせ! リュックの中を整理していたら、遅くなっちゃった……」


 春音は三人に向かって謝ると、急いで拳銃やスタンガン等の装備を身に付ける。


「気にするなって。ところで茜屋さん、ちょっといいか?」

「どうしたの、木村君?」

「一つ提案がある。警察署まで距離もそれなりにあるわけだし、まずは車を入手した方が良いんじゃないかな?」

「車か……」


 春音は小さく呟いた。

 車があれば移動時間を短縮でき、目的地まで安全に向かうことが可能である。また、猟銃などの重い武器や荷物の運搬が楽になり、体力も温存できる。

 注意すべき点は、乗車した状態でゾンビに囲まれたら一巻の終わりということだ。

 

「確かに、あった方が良いね」

「決まりだな。運転は姉ちゃんに任せたから、警察署に向かう途中で探そう!」

「そうと決まったら、出発しましょう。春音ちゃんの友達も、心配していると思うわ」

 

 壁掛け時計の針は、午前8時18分を示していた。今から出発して運よく車を発見できれば、昼頃には警察署に到着できるだろう。

 出発の準備も整い、今後の方針が決まったところで、四人は玄関へ向かった。

 各々が靴を履こうとした時、あることに陸が気づく。


「香澄ちゃん、そのスニーカーと靴下どうしたの?昨日は確か、サンダルを履いていたよね?」

「これ? 春音お姉ちゃんからもらったの!」


 そう言って香澄は、スニーカーを陸に見せた。

 スニーカーは灰色とピンクを基調にしており、サイズは香澄の履いていたサンダルと同じくらいだ。

 靴下の方は黒を基調としており、可愛らしい猫の模様が幾つも描かれている。

 陸と目が合った春音は、


「両方とも、私が昔使っていたものだよ。といっても、サイズが合わない貰い物だったから、全然使っていなかったけどね。この際だから、香澄ちゃんにあげることにしたの」


と説明した。その場を急いで離れる事態に遭遇した際、スニーカーのような素早く動ける履物の方が良い。

 特に、スクリーマーや人間の敵相手では、足の速さで香澄が追い付かれてしまう可能性があるからだ。


「ねぇ、みんな行こうよ~」


 早く外に出たいと言わんばかりに狭い玄関内をウロウロしている香澄が三人を促していく。

 纏、陸の順に靴を履き終え、春音がスニーカーを履こうとした時であった。


「あっ……木村君、ごめん。忘れものがあったから、先に外に出てて」

「んっ? おう、わかった!」


 陸が玄関を後にすると、春音はリビングまで引き返す。

 春音は壁際のアンティークチェストに向かうと、写真立てを手に取った。


「お母さん……行ってきます」

 

 春音は静かに目を閉じた。

 写真立てを元の場所に置き、玄関でスニーカーを履くと、春音は玄関を後にした。

 扉を開けた先には、小さな浮雲が漂う青空と、誰も居ない住宅街が広がっている。

 人や走行する車の姿は何処にも無い。聞こえるのは、何時もより大人しい蝉時雨のみだ。


(やっぱり、この現実だけは変わらないか……)


 春音は大きく深呼吸した。朝の爽やかな空気が肺一杯に広がり、活力が湧くのを感じる。

 一階へ続く階段を降りて陸たちと合流すると、四人はアパートを後にした。




 出発してから二十分近くが経った頃、十メートル近く先で路上駐車された車の後ろ姿が目に入る。

 発見した車は赤い軽自動車であり、パッと見た限りでは目立った傷や破損は無い。

 

「おっ、車発見!」


 先頭に立っていた陸が真っ先に気づき、車へ近づこうとした。だがその動きは、彼の肩に置かれた春音の右手によって止められる。


「えっ? あ、茜屋さん?!」

「待って、木村君。近づく前に、車の周囲を観察した方が良いよ」


 春音に注意された陸は、周囲を観察し始めた。

 道路に目を向けると、車の前方側を中心に赤黒く固まった血液が飛び散っている。

 更に、右前輪の下敷きになっている何かを発見した。


「何かあった?」

「あぁ。俺が見て来る」


 陸が木刀を握りつつ近づくと、それは人の形を成していた。首や腕はあらぬ方向に曲がっており、既に息絶えていることが窺える。


(人……? いや、ゾンビか……少なくとも、運転手じゃなさそうだな)


 タイヤの下敷きになったゾンビを避けつつ、陸は車内を確認する。中には人の姿が見当たらない。

 また、運転席には車の鍵が刺さったままだ。

 陸は一通り確認し終えると、


「こっちは大丈夫。来てくれ」


と呼びかけた。

 三人と合流すると、陸は観察した結果を伝える。それを聞き、間髪入れずに纏が意見を述べた。


「とりあえず、ゾンビを退かす必要があるわ。春音ちゃん、ジャッキを借りてもいいかしら?」


 纏に促され、春音はリュックからパンタジャッキを取り出す。


「ありがと。ここは私と陸で何とかするから、春音ちゃんは香澄ちゃんの傍に居てあげて」

「はい、わかりました」


 春音は纏にジャッキを渡すと、香澄の方へ向かった。

 香澄は車の後ろから少し離れた所で屈んでいる。何かを眺めている様子だ。

 

「あっ、お姉ちゃん」


 春音が近づいてきたのを察知し、香澄が振り向く。彼女の手前には一匹の白い猫の姿があった。


「ネコちゃんだ、かわいい!」

「ふふっ、確かに可愛いね。でも、無闇に触ったらだめだよ」

「はーい」


 香澄が春音に笑顔を向けた。だがその隙をついて、猫は近くの路地へと逃げていく。

 思わず、「あっ……」と残念そうな声を漏らす香澄であったが、そのまま追いかけることはせず、諦めて立ち尽くした。


(そういえば、動物はゾンビのウイルスに感染しないのかな?)


 ふと春音の頭の中で疑問が湧いた。これまでも、死体に群がるカラスなどを見かけたりしたが、襲い掛かって来る素振りは見受けられなかった。


(ウイルスに関する情報……今後の為にも、少しずつ集めておいた方がいいかもしれない)


 春音が考えを巡らせていた、その時である。


「ヴォァァッ……グォァァァァァァッ!!!」


 猫が逃げていった路地の先から突如、何者かの雄叫びが響き渡る。

 同時に春音たちは、その場に凍りついた。

 ゾンビやスクリーマーのものではなく、ましてや人間のものでもない。

 今まで耳にしたことが無いその雄叫びは、まるで永い眠りから覚めた怪物のものにも感じ取れた。

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