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Legend Of Blue Bird   作者: zeroY
Chapter 2  追い風と向かい風
19/27

19 「逆風を超えた先」

 春音の前で男性は、スクリーマーへと完全に変貌を遂げた。

 口からは「キィ……キ、キィッ……」という耳障りな金切り声を漏らしている。

 

(不味い……こんな所で叫ばれたら、直ぐにゾンビに囲まれちゃう。逃げなきゃ!!)


 春音の脳内で危険を示す赤信号が灯り、逃げる態勢に入る。

 その場を去ろうとした時、不意に春音はスクリーマーの右手に視線を移した。

 目を凝らすと、針の付いた円筒状のものが握られているが、指が邪魔で正体が掴めない。

 春音がスクリーマーの右手に気を取られていたときであった。


「キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」

「うっ……しまった……」


 気付いた時には既に遅く、春音はスクリーマーの金切り声を真面に聞いてしまった。

 途中で耳を塞いだため気絶は免れたものの、鼓膜が張り裂けそうな甲高い音が脳内に響き渡る。


「うっ、ゲホッ! き、気持ち、悪い……」


 唐突な不快さと吐き気に襲われ、春音は膝から崩れ落ちた。

 同時に右手から拳銃が滑り落ち、落下音を立てる。

 その音に反応したスクリーマーは、芋虫のような動きで春音の方へと近づき始めた。


(うっ!? これは……五十嵐さんの時と同じだ!! 不味い!!)


 裕也の二の舞を演じるわけにはいかないと言わんばかりに、春音は不快さと吐き気を押し殺し、素早く銃を手に取った。

 四つん這いの体勢のまま震える右手で撃鉄を起こし、スクリーマーの頭部に狙いを定める。

 春音の足とスクリーマーの顔の距離が30cmも満たないほど近づいたところで、トリガーを引いた。 

 乾いた発砲音の後、スクリーマーの右頭部から、血が弾け飛ぶ。

 血飛沫ちしぶきが目に入らないよう、春音は咄嗟に目を瞑り、腕でも防いだ。

 幸い皮膚にも服にも血は付かず、目を開けるとスクリーマーが倒れていた。


「あ、危なかった……」


 だが、スクリーマーの息の根を止めたかどうか判別できないため、安心はできない。

 更に金切り声と銃の発砲音に引き寄せられたゾンビたちが、ちらほらと姿を現し始めていた。


(や、ヤバい!! 早く逃げなきゃ!!)


 春音が周囲を見渡すと、コンビニの横で裏路地を見つけた。

 大人一人が丁度入れる程の狭さではあるが、ゾンビの姿は無い。


「此処からなら逃げれる!!」


 活路が開かれたと言わんとばかりに、春音は裏路地へと入っていく。

 路地内には、ゴミ袋から漂う食べ物の腐ったような悪臭が溜まっており、その場に居続けるだけで嗅覚が狂いそうだ。


(うぅっ……酷い臭い。耳の次は鼻まで変になりそう……)


 右手で口元と鼻を覆うと、春音は無意識のうちに小走りになっていた。 

 振り返ると、数体のゾンビがスクリーマーの近くに群がっている。 

 一瞬後ろに気を取られていた春音は、足元に落ちていたスチール缶の存在に気づかず、足を滑らせてしまった。


「キャァッ!!」


 思わず出た悲鳴と同時に春音の体が一瞬、宙に浮く。

 あらゆる時の流れがスローモーションの様に感じた後、春音は前のめりで派手に転んでしまった。


「痛たたっ……もう!! 何でこんな時に!!?」


 思わず悪態をついた春音だが、後ろから一体のゾンビが裏路地へと入ってくるのが見え、急いで身体を起こす。

 立ち上がるや否や、裏路地の出口に見える光に向かって再び走り出した。




「……ハァハァ……もう……ハァハァ……大丈夫かな?」


 暫く無我夢中で走り続けた春音は、肩で息をしながら、膝を崩してその場に座る。

 両手を道路に付け、息を整えようとする彼女の色白い肌には、汗がより一層吹き出ていた。

 幾つもの玉の様な汗が頬を伝い、ポタポタと流れ落ちる度にアスファルトを黒く濡らす。

 落ち着きを取り戻して辺りを見回すと、そこは別の大通りであった。

 個人経営や全国チェーンの飲食店、背の高いマンション等が並んでおり、先程の大通りと然程さほど変わらない。

 幸いゾンビの姿は見当たらず、春音は安堵の息を吐いた。

  

「……うっ!」


 不意にズキズキとした痛みを感じた春音は自身の右腕を見ると、肘には一円玉程の大きさの擦り傷が出来ており、血が薄らと滲んでいた。おそらく裏路地で転んだ時に出来たのであろう。

 傷は浅いが、ゾンビへと変貌する病原菌に何時感染するか分からない為、早いうちに手当てする必要がある。

 

「参ったな……何処かで安全に手当てできる所を探そう……」


 そう言って春音は再び歩き出した。

 周囲の建物に目を向けると、窓ガラスや扉が壊された形跡はない。

 災害時に必ず現れる「火事場泥棒」や幸一の話に出てきた「反政府軍」に荒らされていない可能性があるということだ。


「あの様子だと鍵は掛かったままだし、窓とか割って中に入れば私も火事場泥棒になっちゃうしな……」


 辺りを見回しながら呟いていると、春音はある建物の存在に気づき足を止める。

 視線の先には、大きなガソリンスタンドがあった。

 横長に広がる敷地に長方形の平らで大きな屋根が特徴的であり、屋根の下には四台の計量器とサービスルームが設けられている。

 普段は、給油等の目的で来た車のエンジン音や従業員の活気のある声等が飛び交っているが、今となっては誰も居ない。


「ガソリンスタンド……確かサービスルームは、災害時に避難者や帰宅が困難な人の為に開放しているって聞いたことある」


 もしかしたら他に生存者がいるのではないか、という思考が頭に過った春音は、ガソリンスタンドへと足を進めた。

 敷地にゾンビがいないか確認したが、歩く姿も倒れた姿も見当たらない。

 ふと、コンクリートで出来た地面に目を向けると、赤黒い液体が大きな水溜りの様に広がっていた。

 今まで何度も目にした色と、鼻に付く様な生乾きの鉄臭さから、それが血溜まりだと春音の直感が告げる。

 更に血溜まりからは、二人分の靴跡が敷地の外へと続いており、道路の途中で掠れたかのように消えていた。

靴跡の形は、どちらもスニーカーのものであり、凡そ26㎝の大きさから男性のものだと推定できる。

 少なくとも、人間の仕業である可能性は低い。ゾンビや人間の死体を運んだとしたら、態々道路の方に行かずとも、ガソリンスタンド内に隠せる場所は十分あるからだ。


(……考えられるのは、誰かがゾンビに襲われて仲間になった……ってところかな?)


 春音は無意識のうちにホルスターへと伸びていた右手を戻し、サービスルームの方へと歩みを進めた。

 出入口のガラス扉まで近づくと、室内をガラス越しに覗く。

 中型店舗のカフェ程の広さを持つ室内は明かりが点いておらず、薄暗い中には木製の小さなテーブルや横長の黒いソファーが幾つか、大きめの液晶テレビや自動販売機等が物淋し気に置かれていた。

 春音は人の姿が無いか目を皿にして見続けるが、特に人の気配は無い。


「誰も居ない……大丈夫そうかな?」


 安全だと感じた春音は、扉のノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開けた。

 扉を開けた途端、室内から微風そよかぜの様な涼風が吹き付ける。どうやら室内には、クーラーが効いていたようだ。

 

「クーラーが効いているって事は、電気はまだ大丈夫か。えっと、スイッチは……」


 春音は電灯のスイッチを見つけると、迷わず押した。

 その途端に部屋中が明るくなり、先程まで漂っていた薄暗さは、瞬く間に柔らかな光で塗り潰される。

 

「よしっ、取りあえず怪我の手当てをしておこうかな」


 治療のために腰を下ろそうと、春音は近くのソファーへ歩み寄った。そこで動きが止まる。

 視線の先には、ソファーで寝ている小学校低学年ぐらいの少女の姿があった。

 少女はツインテールに結われた黒髪が特徴的であり、リボンの付いた桃色の半袖のワンピースに黒いレギンスといった姿である。ソファーの下には、子供用のウェッジソールサンダルが綺麗に並べられ、その近くにガソリンスタンドのジャケットが落ちていた。

 

「……んっ…………」


 人の気配に気づいた少女は突如、ゆっくりと目を覚ます。

 赤みがかった瞳が目蓋の奥から現れ、徐々に春音の姿を捉えていった。

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