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Legend Of Blue Bird   作者: zeroY
Chapter 2  追い風と向かい風
16/27

16 「反撃」

 春音はサングラスの男性に身動きを封じられながらも、死神の様な目つきは変えない。

  

「彼方たちみたいな人は……絶対許せない!!」

「な……なんだよ、ガキが一丁前に! おい、早く脱がしちまえ!!」

「お、おう! 春音ちゃ~ん、大人しくして貰おうか!!」


 覆面の男性は再びジーパンに手を掛けようと手を伸ばす。


「この……屑ッ! 卑怯者! どうせ一人だと、何もできないからこんな事しているんでしょ?!」


 覆面の男性に対して突如、春音は煽る様な言葉を連発した。

 春音の罵声を聞くや否や、覆面の男性は不意に手を止める。

 覆面で表情は見えなくと、怒りと憎悪に満ち溢れていることが容易にわかり、手がわなわなと震えていた。


「ああ!? もういっぺん言ってみろ!! このガキがっ!!」


 覆面の男性は怒りに我を忘れて右腕を振り上げ、春音に向かって殴りかかろうとする。

 しかし、それこそが春音の狙いであった。


(今だ!!)


 春音は咄嗟にサングラスの男性の手に思いっきり噛みいた。


「痛ッ!!」


 サングラスの男性は叫び、苦悶の表情を浮かべて思わず身を屈めた。

 同時に春音は、身体を押さえていた腕を素早く振り払って態勢を低くする。

 その直後、サングラスの男性の顔面に、覆面の男性の拳が勢い良く直撃した。


「ごふっ!!」

「あっ」


 まるでボクシングの試合で、綺麗にストレートが決まった時の様だ。

 あまりにも突然の事態であったため、避け切れなかったサングラスの男性は態勢を崩す。

 更にそのまま後ろに蹌踉よろめき、一メートル背後のコンビニの窓ガラスに頭から勢い良く突っ込んだ。

 窓ガラスは破裂音と共に砕け散る。サングラスの男性の首元から赤い血が流れ落ちた。

 男性の喉にはガラスの破片が深く刺さっている。

 殺虫剤を浴びた虫のよう男性は苦しみ悶え、やがて息絶えた。

 

「なっ……何が起こったんだ?! あのガキは何処に?!」


 覆面の男性は周囲をキョロキョロと見渡すが、春音の姿は見当たらない。

 まるで幽霊の様に、その場から一瞬で消えた様だ。


「チェックメイト」

「なっ!!?」


 男性は自分の足元付近から春音の声がしたのを聞き、慌ててその方向を向く。

 左斜め下を向くと男性の前足の近くに、春音の姿はあった。

 態勢を低くしたのは、覆面の男性の視界から消えるためである。

 狙いは、がら空きになった男性の顎。

 男性が春音の方を向いた刹那、春音はそのままの状態から勢い良く飛び上がる。

 更にその状態から宙返りし、男性の顎を思いっきり蹴り上げた。


「あがッ!!!」


 春音のサマーソルトキックが、綺麗に決まった。

 避け切れなかった覆面の男性は、為す術もなく後ろへと吹っ飛ぶ。

 そのまま地面に後頭部を打ち付け、程なくしてピクリとも動かなくなった。

 血は流れていないため、恐らく気絶したのであろう。

 一連の出来事に、慧介もフェイスガードの男性も只々唖然と見つめているだけであった。


「す、すげぇ……」

「これは…………」


 その一方で、春音は冷酷な目つきは変えないまま、ハァ、ハァと息を軽く切らした様子で男性二人を見つめる。


(お父さんから習った「サマーソルトキック」と「一対多戦闘術」……まさか役に立つ日が来るとは思わなかった)


 実は春音の先程の行為は、すべて父親から習ったものであった。

 最初に春音が覆面の男性を怒らせたのは、相手を怒らせて我を忘れさせることで「最も隙の出来た状態」を作ることが目的ある。

 同時に春音が力で敵わない相手に勝つため、相手の仲間同士で「同士討ち」をさせた。

 結果として男性一人を倒し、春音は相手と「一対一の状態」かつ「相手の視界から消えた状態」を作り出すことにも成功している。

 更に、出来た隙を利用し、現実では困難なサマーソルトキックも華麗に決めることが出来た。

 ほんの十数秒間の戦いであるが、ここまでの戦術を一瞬で成功させた春音自身も驚くばかりである。




 春音は息を整えつつ、慧介とフェイスガードの男性の方を向いた。

 依然として目つきは冷酷な死神の様だ。

 この時の春音の澄んだ青い瞳は、見る者全ての血を凍てつかせる妖しさを秘めた宝石の様でもあった。

 このまま戦闘が始まるのかと思いきや、事態は一変した。


「…………待ってくれ、お嬢さん。私は何もしない。この通り、武器を捨てるから」


 男性は落ち着いた口調で言うと、ゴムハンマーをその場に放り投げる。

 更に両手を顔の高さまで上げ、手の平を見せた。間違いなく「降参」を意味するポーズだ。

 その様子を見た春音と慧介は驚きの表情を浮かべた。

 程なくして春音の目つきが冷酷なものから少女らしい可愛らしいものへと、電灯のスイッチが切り替わったかのように戻る。

 気付けば彼女の色白の肌には玉の様な汗が吹き出ていた。

 やがて周囲には春音たちが来る前の静けさが戻り、雲の切れ間から青空が垣間見える。

 先程まで忘れていた猛暑を告げるかのように蝉時雨が降り始めた。

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