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Legend Of Blue Bird   作者: zeroY
Chapter 2  追い風と向かい風
14/27

14 「異形の怪物」

 得体の知れない異形の怪物を目の当たりにし、春音たちの警戒心が一気に高まる。

 しかし、怪物は一向に動く様子を見せず、襲い掛かる様子もない。

 先頭に立っていた広子と裕也は、互いに一度アイコンタクトを取り、同時に頷く。

 広子は顔を後ろの春音と慧介の方に向け、右腕を斜め下に伸ばし、手の平を後ろに向けて腕を前後に動かした。

 更に左手の人差し指を立てて唇に当てる。


(ゆっくりと、静かに下がって……ということだね)


 広子のジェスチャーの意図を理解した二人は、音を立てないように注意しつつ、後退し始める。

 裕也は右腰に装着しているホルスターから拳銃を抜き取り、怪物に銃口を向けて構えた。

 何時襲い掛かってきても、対処できるようにするためである。

 ところが、各々が怪物との距離を取るべく行動し始めた時だった。


「キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」


 閑静な大通りに突如、強烈な金切り声が響き渡った。

 それは女性の悲鳴よりも甲高く、黒板を爪で引っ掻いた時に生じる音を彷彿とさせる。

 春音たちは金切り声を耳にするや否や、咄嗟に両手で耳を塞いだ。

 耳にするだけでも鼓膜が張り裂けそうであり、真面まともに聞け続ければ気絶しかねない。


「っ!? うるせぇぇぇっ!!」

「うぅっ!! 頭に……響く……!!」


 余りの煩さと不快さに慧介は怒鳴り、春音は目を瞑って必死に耐える。


「うわあっ!! あぁぁっ!!」

「くっ! なんて、強烈なの…………」


 先頭に立っていた裕也と広子も、聞くに堪え切れず耳を塞いでいた。

 金切り声が鳴り響く中、春音は状況を確認すべく、閉じていた目を徐々に開けていく。

 彼女の視界に飛び込んできたのは、何かを叫ぶかのように口を大きく開いた怪物の姿であった。


(まさか……この金切り声は、あの怪物から?)


 春音が心の中で呟いていた時だった。

 裕也の右手から拳銃が滑り落ち、大きな落下音を立てた。

 すると怪物は叫ぶのを止め、間髪を容れずに裕也に襲い掛かる。


「キィィィィィッ!!」

「うわぁぁぁっ!!」


 怪物はゾンビとは違って動きが速い。

 油断したためか、裕也は銃を拾う間も無く、硬い地面に押し倒された。


「くっ! 来るなっ!!」


 噛みつかんとばかりに顔を近づけてくる怪物。

 それに対し、裕也は右腕と左手で押し返すことで、必死で抵抗する。

 春音と広子は咄嗟にホルスターの拳銃に手を伸ばしたが、途中で手を止めてしまった。

 二人のそれぞれの位置からでは、裕也に弾が当たる可能性があるため、迂闊に使用できない。


(銃声で他のゾンビが来たら不味い……それなら!)


 春音は左腰のベルトに下げていたスタンガンを右手で引き抜き、生物の近くまで駆け寄った。

 辿り着くと同時にスタンガンの電極部を生物の首筋にピタッとつける。

 

「これでも食らえ!!」 


 春音はスタンガンの電源を入れ、怪物に電気を流した。


「キィッッッ!?」


 直後、怪物は全身麻痺を起こしたかのように動かなくなる。

 裕也は気絶した怪物を自身の右側に流すように移し、尻餅をついたような態勢で生物から退いた。 

 

「五十嵐君! 大丈夫!? 噛まれてない?!」

「えぇ……何とか噛まれずには……痛っ!!」


 立ち上がろうとした裕也が突然、苦悶の表情を浮かべ、右足首を手で押さえた。

 靴下を脱いで確認すると、くるぶしの辺りが若干腫れている。


「……軽い捻挫か。この程度なら、大したこと……うっ!」

「無理しちゃ駄目ですよ、五十嵐さん!」

「春音ちゃんの言う通りね。ほら、五十嵐君。肩、貸すから」

「ありがとうございます……」


 広子は捻挫した裕也の肩を貸すと、キャラバンの方へと向かう。


「五十嵐さん、大丈夫かな……」

「大丈夫だよ、きっと。春音ちゃん、今のうちにバイク起こすの手伝ってくれる?」

「うん、いいよ」


 春音は頷き、慧介と二人掛りでバイクを起こそうとした。

 だがその時である。


「キ……キィッ……」


 春音の背後で、怪物の声が聞こえた。

 どうやら気絶していた怪物が意識を取り戻し始めたようだ。

 しかし春音は、それに気づいていない。

 程なくして、怪物はゆっくりと立ち上がった。


「伏せろっ!」


 いち早く気づいた慧介はヘルメットを掴み、春音に向かって小さく叫んだ。


「えっ?」


 突然の言動に春音は一瞬戸惑ったが、直ぐに身を屈める。

 慧介は三メートル先の怪物に狙いを定め、ヘルメットを投げた。

 ヘルメットは弧を描きながら、怪物の頭部へと吸いこまれるように命中する。

 異様な衝突音を立てた後、重い音を立ててヘルメットは地面に落ちた。

 怪物の顔は熟れた果実が潰れたように真っ赤な血で染まり、そのまま後ろに倒れる。


「止めだっ!!」


 追い打ちを掛けるように慧介は落ちたヘルメットを素早く両手で掴み、怪物の頭部目がけて勢いよく振り下ろした。

 先ほどよりも大きい粘着質な音を立てて、怪物の頭部は完全に潰れる。

 暫く様子を窺うが、怪物はそれ以上動く気配を見せなかった。

 

「ハァハァ…………今度こそ、仕留めたか?」

「ありがとう、慧介君」

「おう! それにしても……此奴、一体何なんだ?」


 慧介は怪物の死体を見つめながら呟くと、おもむろにポケットからスマートフォンを取り出す。

 一方、春音は死体をまじまじと見つめ、観察した。


「強烈な金切り声を上げたり、音に反応して素早く向かって来たりとか……少なくとも、普通のゾンビとは違うみたいね」

「…………春音ちゃん。これ、見てくれ」


 慧介はスマートフォンの画面を、春音に向けた。

 画面にはネット掲示板らしきものが映し出されており、多くの書き込みがされている。

 幾つかの書き込みを見てみると、大半の人が家にそのまま引きこもっており、各々の様子などを呟いていた。

 その中で、とある会話が春音と慧介の目に留まる。




「さっきカーテン開けて外見たら近所のDQN三人組が変な怪物に襲われているの見ちまった!」

「どうせゾンビだろ?」

「いや、違う。うるせー叫び声上げるし、しかもそのあと大量のゾンビがやって来るしで思わず見入ってしまった」

「なにそれ。こわっwww」

「顔とかもグロい感じに腫れてるし、おまいら会ったら気を付けろよ!! 因みに俺は『スクリーマー』って名付けたぜ!」




 春音と慧介は思わず画面に見入っていた。

 画像が無いため確実とは言い切れないが、書き込みの特徴から、先程倒した怪物が「スクリーマー」である可能性は高い。


「慧介君……この人の書き込みが本当なら……」

「えっ?」

「スクリーマーの金切り声が相手を動けなくさせるだけじゃなくて、他のゾンビも呼び寄せる役割も持っているとしたら……」

「っっ!?」


 二人は何かに気づいた様子で、周囲を見渡す。

 いつの間にか、道路にはゾンビが姿を現していた。

 まだ数は多くないため、逃げることは可能である。

 しかしゾンビたちは、キャラバンの方に向かっていた。


「不味い! このままじゃ、広子さんと五十嵐さんが危ない!」

「くそっ……こうなったら!」


 そう言って慧介はバイクに駆け寄り、少し震えた手でエンジンを掛けた。

 ゾンビたちはエンジン音を聞くや否や、動きを止め、顔だけをバイクの方に向ける。


「こっちに注意が向いた!」

「春音ちゃん、後ろに乗って!!」

「うんっ!!」


 春音は一度広子たちの方を見つめると、直ぐにバイクに跨った。

 春音が乗ったのを確認し、慧介は何度か空ぶかしをする。

 間もなくしてゾンビたちが、バイクの方へと歩みを進め始める。


「こっちに来た!!」

「しっかり掴まってろ!!」


 ある程度ゾンビたちが近づいてきたのを見計らい、慧介は春音を乗せてバイクを発進させた。




「先輩、大丈夫なんですか?! このまま分断してしまっても!」

「食料と武器は持っているし、春音ちゃんには万が一、分断してしまった時は警察署に戻るように伝えているから大丈夫よ。それに今あの二人を追いかけたら、またゾンビに囲まれてしまうわ」

「…………先輩は何故、茜屋さんにそこまで信頼を置けるのですか?」

「……話せば長くなるわ。それより、今のうちに私たちも動きましょう」


 広子はゾンビが離れたのを確認すると、キャラバンをUターンさせてその場を離れる。

 青空に浮かぶ浮雲は知らぬ間に数が増え、日差しは徐々に弱くなっていた。

 その中を一台のバイクとキャラバンがそれぞれ逆方向に走り抜けていった。

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