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Legend Of Blue Bird   作者: zeroY
Chapter 2  追い風と向かい風
12/27

12 「決断の先には」

 20XX年 8月 14日 AM 6:47 M県 M市 M警察署


 翌朝、窓から差し込む陽射し顔を照らされ、春音は目を覚ました。

 ベッドから身を起こし、カーテンが開かれた窓に近づく。

 晴れた空には、綿を千切ったような雲が浮かんでいる。

 窓を開けて軽く深呼吸をすると、新鮮な空気が肺の中一杯に広がった。

 隣のベッドに目を向けると、スヤスヤと気持ち良さそうに眠る唯の姿がある。

 程なくして、制服姿の広子が部屋に入ってきた。

 

「おはよう、春音ちゃん。朝ご飯の準備できてるから、昨日の小会議室に来てね」

「わかった。唯を起こしたら行くよ」

 

 広子が部屋を後にすると、春音は唯の身体を軽く揺すり、起こそうとした。


「唯~朝だよ~」

「…………んっ」


 やがて、唯は目を覚ました。

 ゆっくりと目蓋が開き、淡い空色の瞳が現れる。

 

「おはよう、唯。ゆっくり眠れた?」

「春音、おはよう……昨日よりスッキリした気分」

「そう……良かった。朝食が出来ているみたいだから、一緒に行こう」

「うん……」

 

 唯は左手で寝ぼけ眼を擦りながら、眠そうな声で答えた。

 仮眠室を後にした春音と唯は、小会議室へと向かう。

 部屋に入ると、広子と裕也、清の三人が既に席に着いていた。


「唯、春ちゃん。おはよう!」

「パパ、おはよう!」

「おはようございます」

「もう準備が出来ているから、座って座って」


 二人が清に促されて席に着くと、朝食を摂り始めた。

 今朝の朝食は、ラップに包まれたおにぎり二つと紙コップに入ったインスタントの味噌汁、そして淹れられたばかりの緑茶である。

 朝食を取り終えると、広子と裕也はテレビの前に立った。

 他の三人はそのまま椅子に座っていた。

 

「重要な連絡があります。皆さん、よく聞いてください。」


 裕也が真剣な面持ちで口を開く。

 その様子に春音たちは、思わず固唾を呑んだ。


「先程、本庁から一般市民の救助命令が出され、本署を避難所として使用することになりました。我々はこれから、一般市民の救助活動に向かいます」

「日暮れまでには戻るようにするわ。それと……」


 そう言うと広子は、春音の方に目を向ける。


「春音ちゃん、私たちの救助活動に協力して欲しいわ」

「えっ?!」

「何だって?!」


 驚きのあまり、唯と清は思わず声を上げた。

 だが当の本人のである春音は、


「……わかったよ、広子さん」


と口を開く。

 それは広子の言葉を予測していたかのような返答だった。

 

「昨日の夜、私に銃を持たせたままにした時から薄々感づいていたよ」

「春ちゃん…………白石さん、それなら私が代わりに!」

「おじさん、心配してくれてありがとう。でも、おじさんは唯の傍に居てあげて……」

「春音……」

「私なら大丈夫。それに今は警察官の人が少ないから、不測の事態が起こった時も考えて、此処の人数を減らすのは良くないと思う」

「……決まりのようですね。宜しいでしょうか、茜屋さん?」


 裕也の問いに対して、春音は頷く。

 いつもは可愛らしい顔付きが、この時は凛々しく感じられた。

 



 春音は一人仮眠室に戻ると、身支度を整えた。

 ベッドの近くにはプラスチック製の白い籠が置かれており、中には昨日着ていた服と下着が綺麗に畳まれた状態で入っている。

 着替えを済ませると、借りていた服を籠に入れ、リュックを手に取る。

 中から取り出した唯の携帯電話と懐中電灯をベッドの上に、催涙スプレーと金属バットをその近くに置いた。


「よしっ、準備完了!」


 準備を終えた春音は、双眼鏡を首に掛け、部屋を後にする。

 廊下に出ると、扉の近くで広子が立っていた。

 どうやら、春音が出てくるのを待っていたようだ。


「準備はできた?」

「うん」

「一緒に来て。渡したいものがあるわ」


 広子は仮眠室の隣の部屋に春音を案内した。

 室内は小会議室と似たような部屋であり、テーブルの上には何かが並べられている。

 黒い革製のヒップホルスターと予備弾入れ、ポリプロピレン製で灰色の正方形の箱が置かれていた。


「広子さん、これってもしかして……」

「ゾンビとの戦いに備えた装備品よ。銃を使うなら、これらの装備があった方が良いわ」

「……ありがとう。大切に使わせてもらうね」


 手始めに春音は、ホルスターと予備弾入れをベルトに付けると、拳銃をホルスターに収めた。

 後ろポケットに入れていた時よりも拳銃が取り出しやすくなり、落とす心配も無い。

 

「西部劇に出てくるガンスリンガーみたい!」

「春音ちゃんって、西部劇とかに興味あるの?」

「ちょっとだけね。昔、お父さんと『アニーよ銃をとれ』ていう映画のDVDを一緒に観たことがあるぐらいだから」


 そう言いつつ春音は、正方形の箱を手に取った。

 箱からは、ずっしりとした重みを感じる。

 蓋を開けると、中には弾薬がびっしりと入っていた。

 弾薬ケースである。弾の数は25個。

 更に春音は予備弾入れの中を開くと、5発の弾が既にセットされた円柱状のスピードローダーが入っていた。

 

「拳銃の中の銃弾も合わせると……全部で35発か」

「少なかったかな?」

「大丈夫。あまり持ちすぎても重いだけだし、これで充分だよ」 

「そうね……時間だわ。春音ちゃん、行くよ」

「……うん」


 春音と広子は部屋を後にし、廊下を歩く。

 しばらく歩くと、一つの窓の近くで止まった。

 警察署に入る時に通った窓である。

 その近くには、装備を整えた裕也が居た。

 制服姿は変わらないが、腰にはリボルバー銃の入ったホルスターが取り付けられており、黒いリュックを背負っている。

 

「お二人とも、準備が出来た様ですね。それでは、行きましょう」


 春音と広子が頷くのを確認すると、裕也は設置された梯子を下りた。

 それに続くように広子が下り、最後に春音が下りようと窓の近くまで歩み寄る。

 

「待って!!」


 突然の呼び声で、反射的に春音は足を止める。

 振り返ると、廊下の唯がこちらへと向かっていた。

 走ってきたためか、ハァハァと肩で息をする。

 息を整えると、唯は春音を見つめた。


「春音! 絶対……絶対、無事に帰って来て!! 春音までいなくなったら、私……」

「唯……大丈夫、私は絶対に戻ってくる。約束するよ」


 春音は唯を抱きしめる。

 唯の目から流れた一筋の涙が、頬を辿った。


(これは私が決めた道……だからこそ、死ぬわけにはいかない)


 春音は心の中で、静かに呟いた。


「それじゃ……行ってくるね」

「うん……気を付けてね…………」


 春音は梯子に足を掛けると唯を一瞥し、そのまま下りた。

 入り口付近にパトカーと同じ色のキャラバンが一台停まっているのが見え、運転席には裕也、助手席には広子が居る。

 春音はキャラバンの後部座席の扉を開け、中に入った。

 座席に春音が座ったのを確認すると、裕也はエンジンを掛け、発進させる。

 一台のキャラバンは、日差しと建物の影が交じり合う道路を真っ直ぐに進んでいった。




 警察署を出てから十五分経った頃、大通りの途中でキャラバンは突然ブレーキを掛けられた。

 その十数メートル先に、何かが居たからである。

 春音が双眼鏡越しに見ると、停車していた宅配便のトラック周囲に人影が見えた。

 三体のゾンビである。

 しかし、ただ佇んでいるわけではなく、何かを捕まえようと、トラックの屋根に向けて手を伸ばしている様子だ。

 トラックの屋根に視線を移すと、一人の男性が居た。

 見た目は二十代前半で、茶色のベリーショートヘアーが特徴的である。

 どうやら、身動きが取れずにいるようだ。


「どうしますか、先輩?このまま向かっても、襲われるだけです……」

「そうね……車で移動しているときには他のゾンビの姿が見えなかったから、銃を使っても大丈夫そうだけど……」

「……広子さん、私が行く」

「春音ちゃん、何か良い方法があるの?!」

「うん、それはね……」


 春音は広子と裕也に思いついた作戦を話した。

 案の定、危険だと反論されたが、春音は自己責任で行うと頑なに主張する。

 結局、春音の考えで男性の救助へと向かうことになった。


「それじゃ……行ってきます」

「春音ちゃん、無茶しないでね!」

「危なくなったら、すぐに戻ってください!」


 リュックを背負い、後部座席のドアに手を掛けて一度深呼吸をすると、春音はドアをゆっくりと開けて外に出た。

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