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Legend Of Blue Bird   作者: zeroY
Chapter 2  追い風と向かい風
11/27

11 「警察署での夜」

「ふぅ~スッキリした!」

「ホント、疲れが吹っ飛んじゃったよ!」


 春音と唯は個室から出ると、棚から取り出したバスタオルで身体や髪を拭いた。羊毛のような柔らかさが、濡れた肌を優しく包みこむ。

 ふと、唯は視線を感じた。


「春音? どうしたの?」

「唯……何食べたら、そんなに大きくなるの?」


 春音は、唯の胸をじっと見つめながら言った。Eカップはあるであろう唯の胸から、水滴が滑り降りる。


「いいなぁ……私なんてBカップ止まりなのに」

「大きすぎても、肩が凝るだけだよ!」

「それでもいいの!」


 二人が楽しそうに会話をしていると扉が開き、広子が現れた。

 手に持っていたプラスチック製の籠には、衣服や下着が何枚か入っている。


「ふふっ、なんだか楽しそうね! はい、これ。適当に見繕ってきたから、好きなの着てね」

「へぇ、色々あるんだね」

「ありがとうございます、広子さん」

「終わったら、仮眠室で待ってて。今日着ていた服は、私が洗濯しておくから」


 そう言って広子はシャワー室を後にした。

 二人は籠から自分に合った衣服や下着を選ぶ。

 色の種類は少なく、暗い色のものが多い。

 最終的に、春音は灰色の無地のTシャツに黒の長ズボン、唯は黒にピンクと白のラインが入ったジャージをそれぞれ選んだ。

 仮眠室に戻ると、二人は近くのシングルベッドに並んで腰かける。

 

「少しは落ち着いた、唯?」

「うん…………でも私、まだ現実味がないよ」

「私も同じだよ。現実だってわかっているはずなのに、悪夢を見ているみたい……」


 春音はリュックに視線を移し、今までの出来事を振り返った。

 ゾンビの襲撃や無残に死んでいった人々の姿、静かに変わり果てていく街の様子。

 それらが写真フィルムに焼き付けられた光景の如く、頭の中で鮮明に残っていた。




 仮眠室に戻ってから十分が過ぎた頃、広子が部屋に入って来る。


「夕食の準備ができたから、一緒に来てちょうだい」


 広子の案内で、春音と唯は仮眠室を後にした。

 しばらく歩いていると、春音は広子に疑問を投げかける。


「そういえば、広子さん。他の警察官の人たちは?」

「五十嵐君に聞いた話だと、ほとんどが避難所への誘導や警備に割り当てられたらしいわ。こっちに残っているのは、私や五十嵐君を含めて十人足らずといったところよ」

「十人足らず……大丈夫かな?」

「大丈夫、とは言い切れないけど……春音ちゃんたちは私たちが全力で守るわ」


 程なくして三人は、一つの扉の前に着く。

 仮眠室と同様、磨りガラスのついた何の変哲もない鉄製の扉であり、扉の上の室名札には「小会議室」と書かれていた。

 三人が中に入ると、室内には椅子が八つと大きめのテーブル、小さめの液晶テレビが設けられており、清と裕也が椅子に座っている。

 スーツ姿のままの清は春音たちが来たのを確認すると、軽く右手を挙げて微笑みながら言った。

 

「お、二人ともやっと来たか。早く食べよう」


 テーブルには、紙製のカレー皿に盛られたカレーライス、プラスチック製のスプーン、水の入った500mlペットボトルが人数分用意されている。

 五人とも席に着くと、夕食を取り始めた。

 各々スプーンでカレーを掬い、口へと運ぶ。

 スパイスの利いたルーとモチモチとした白米が旨みを生み出し、温かさと共に口の中で波のように広がった。


「んっ、美味しい!」

「パパたちとキャンプに行った時を思い出すなぁ」

「ふふっ、二人とも大げさね。レトルト食品なのに」


 表情を綻ばせる春音と唯の様子を見て、広子の頬が自然と緩む。

 まともな食事をとっていなかったため、飢えと不安が和らぎ、各々の身体に活力を取り戻す。

 春音たちは楽しく会話しながらも、食事の一時を楽しんだ。




 食事を終えると五人は、広子が淹れたコーヒーを飲みながら、今後の行動について話し合った。


「ところで広子さん。私たち以外の生存者は警察署には居ないんですか?」

「ええ。他の人たちは指定された避難所へ避難したと思うわ……でも……」

「先輩たちが見たという避難所にも関係しますが、実は他の避難所に向かった警官たちとも連絡が取れない状況です」


 天災時の避難とは違い、避難してきた人の中に感染者がいれば、集団感染のリスクが濃厚である。

 避難所の状況が分からない以上、無闇に行動すれば、ゾンビの餌食になりかねない。

 何か情報を得ようと、広子がテレビの電源を入れた。

 どのチャンネルも画面に映る映像は、アナウンサーが淡々と原稿を読む姿のみである。

 ほとんどが外出を控えるような呼びかけであった。有益な情報を得られないと感じた裕也が電源を切る。

 

「……皆さんお疲れでしょうし、今日のところは解散しましょう。先輩もお疲れさまでした。しばらくお休みください。署長たちがいない今、先輩が疲労で倒れてもらっては困りますので」

「わかったわ。五十嵐君たちも無理しないでね。私も少し休んだら、そっちを手伝うから」


 気付けば、時刻は午後十時を過ぎていた。

 裕也を除いて、春音たちはそれぞれ仮眠室に戻り、寝る支度を始める。

 春音は唯と広子を自分のベッド付近に召喚し、手にいれた荷物や遭遇した出来事を話した。


「そんなことが……春音ちゃん、怪我してない?」

「なんとか無傷で済んだけど……もし判断が遅れてたら、私もレイプされてたかもね……」

「そ、そんな……なんで、そんな酷い事を……」

「唯。人間っていうのは、何をするか本当にわからない生き物なんだよ……兎に角、今は生き残ることを考えていかなきゃ!」

「春音……うん、そうだね!」

 

 春音の激励で、唯の表情が明るくなった。

 その後、三人はリュックの中身を確認しつつ、今後について話し合う。

 リュックの中身は、春音が継続して保管することになったが、武器は共有することになった。

 現在手元にある武器は、金属バット、催涙スプレー、バトン型のスタンガン、春音の所持していたリボルバー銃、そして広子の所持している自動拳銃と警棒である。


「広子さん、この銃は返すべきかな?」

「……その必要はないわ。それは、春音ちゃんが使って」

「えっ、いいの?」


 広子の答えは、春音にとって意外なものだった。

 本来なら銃刀法違反で禁じられているため、このまま厳しく処罰される覚悟があったからである。

 おそらく、此処までの春音の様子を見て決心したのであろう。


「ただし、条件があるわ」


 広子の提示した条件は、次の三つである。

 一つ目は、本当に危険な状況の時だけ使うこと。強盗目的や無意味な発砲は、以ての外である。

 二つ目は、最悪の場合を除いて銃口を向けて良いのは、ゾンビだけであること。

 三つ目は、安全装置や暴発などの安全面や取り扱いに気を付けること。銃を扱う者にとっては基本中の基本だ。

 また、常に弾数に気を付けるように注意された。

 近接武器と違って、銃はリロードが必要である。

 弾切れを起こせば必然的にタイムロスが発生し、隙が出来てしまうからだ。


「……わかったよ、広子さん。肝に銘じる」

「そう言ってくれると、安心できるわ。さて……唯ちゃんはどうする?」

「う~ん……催涙スプレーにしようかな? ゾンビに効くかどうか、わからないけど」

「バットやスタンガンは? 一緒に持っておいた方が……」

「バットはパパに預けるつもりだから、スタンガンは春音が持ってて。これでも陸上部だから逃げ足は速いし!」


 そう言いながら唯は、自分の脹脛をポンポンと軽く叩く。

 

「これで決まりかな? ……ふあぁ~っ……眠くなってきた」


 春音は大きく欠伸をした。

 唯もウトウトし始め、三人に睡魔が襲い始める。


「そろそろ寝ようか。私はまだやることがあるから、二人とも先に寝ててね」


 春音と唯がベッドに入るのを確認すると、広子は部屋の明かりを消した。


「二人とも、おやすみ」

「おやすみ、広子さん」

「おやすみなさい」


 一気に部屋は暗闇に包まれる。窓から見える夜空には星が瞬いていた。

 ベッドに入った春音は天井を眺めつつ、薄い掛け布団を鼻まであげる。

 程なくして隣のベッドから、スースーと唯の寝息が聞こえ始めた。


「流石に疲れたよね……唯、ゆっくりおやすみ……」


 視線だけを唯の方に向け、春音は小さく微笑んだ。

 再び天井に視線を移すと、今日起こったことを頭の中で振り返った。


(なんだか、大変な事になってきたなぁ……お父さん、無事でいて……)


 唯と清の姿を見続けたためか、春音は単身赴任で海外にいる父親のことが気がかりであった。

 しかし、春音にはもう一つ気がかりなことがある。


(あの避難所での火事……ゾンビは人間を襲うけど、武器や道具を使う様子は見られなかった。煙草の不始末とかが原因だとしても、消火器があるはずだし……何だろう、この胸騒ぎは…………駄目だ……眠い……)


 やがて強烈な睡魔が襲い、春音はそのまま眠りにつく。

 時計の針が午前零時を過ぎた頃、夜空に瞬く星々の姿は雲に覆われた。

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