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Legend Of Blue Bird   作者: zeroY
Chapter 2  追い風と向かい風
10/27

10 「温もり」

 春音たちが警察署内に入った後、五十嵐と呼ばれた男性警察官は縄梯子を回収し、四人の方へ向き直る。

 キリッとしたつり目と少し長めの黒髪が特徴的で、紺色の制帽を被っていた。


「自己紹介が遅れました。巡査の五十嵐いがらし 裕也ゆうやです」


 裕也が自己紹介を終えると、春音たちも各々の自己紹介を済ませた。


「因みに彼は、私の後輩で……門田君の同期よ」

「あれ? 先輩、輝義はどうしたのですか?」


 裕也の問いに、春音と唯と広子が表情を曇らせる。

 瞬時に裕也は、何かを察した。


「まさか……」

「ええ……私たちを守るために、ゾンビになってしまって……」

「そんな…………クソッ! 何であんなに良い奴が、死ななきゃならないんだ!!」


 裕也は悔しさと悲しみの混じった表情を浮かべ、拳を強く握りしめる。


「ごめんなさい……私がもっと早く気づいていれば……」

「……すみません、取り乱してしまいました。先輩は、自分を責めないで下さい」

「五十嵐君……ありがとう」

「とにかく、皆さん今日はお疲れでしょうし、部屋まで自分が案内します」


 裕也は踵を返し、廊下を歩き始める。春音たちも、その後に続いた。




 蛍光灯で青白く照らされた警察署内は、外と比べて安心感があるものの、どこか物寂しい雰囲気を醸し出している。

 歩いて五分経たないうちに、一つの扉の前に着いた。

 磨りガラスのついた何の変哲もない鉄製の扉で、上に掲げられた室名札には「女性用仮眠室」と書かれている。


「春音さんと唯さんは、こちらをお使い下さい。清さんは男性用仮眠室まで案内します」

「わかりました。それじゃあ、唯、春ちゃん。また後で」


 裕也と清は女性用仮眠室を後にする。

 春音と唯、広子の三人は、そのまま扉の前に残った。


「さあ、二人とも中に入って」


 広子が仮眠室の扉を開け、春音と唯は中に入った。

 仮眠室は春音たちが想像していたよりも遥かに広く、白塗りの壁は清潔感を醸し出している。

 クーラーが効いている為、心地よい涼風が微風そよかぜのように、フワッと春音たちを優しく包み込む。

 中には誰もいない。無機質なクーラーの動作音だけが、聞こえるばかりだ。

 室内を見渡すと、シングルベッドと二段ベッドが、それぞれ十台ずつ設置されていた。


「へぇ、結構広いんですね!」

「最近は婦警の人数も増えているから、広めにスペースを確保しているのよ」

「広子さん、此処使っていいの?」

「勿論! ベッドは好きな所を使って良いわよ」

「やったー! あ、でも……」


 春音は自分の服装に目を向ける。

 ここまで辿り着く間に身に着けていたTシャツやジーパンは、汗や雨などで汚れていた。

 唯も春音と同じ考えである。


「先にシャワー浴びる?」


 二人の様子を見兼ねた広子が提案に対し、春音と唯はコクリと頷く。

 

「準備が出来たら、声を掛けて。案内するわ」


 広子がそう言うと、春音と唯は部屋の隅に荷物を纏める。

 春音は金属バットを壁に立て掛け、下ろしたリュックにポケットの中の物と双眼鏡、唯の所持品を入れた。


「あ、これ……返した方がいいのかな?」


 春音は後ろポケットから取り出した拳銃を手に取る。


「春音ー、早く行こー!」


 拳銃を返すべきか否か迷っている春音の背後から、唯の声が聞こえた。

 唯と広子が廊下で、春音が来るのを待っているようだ。

 春音は、「あ、待ってー!」と言って拳銃をリュックの中に入れ、廊下へと出た。




 三人は仮眠室を後にし、広子の案内で四階へと向かった。

 時刻が午後七時を過ぎる頃、日の入りを迎えた街には夜が訪れ始める。

 夕日が闇の中に溶け、点いて間もない街灯の明かりが、薄暗い街路を淡く照らした。

 ゾンビの姿は見えないが、生者という獲物を求め、今も徘徊していることは確かだ。

 

(あんな化け物がうろつく中で生き抜けただけでも、私たちは運が良いかもね……)


 春音は廊下の窓越しに外の様子を軽く眺めつつ、上階へと続く階段を上がっていった。

 やがて四階に辿り着く。案内板を見ると、武道場と講堂の位置が描かれている。

 武道場を囲むような形状の廊下を歩いていくと、程無くしてシャワー室に辿り着いた。

 淡いクリーム色の壁と天井のシーリングライトが、清潔感を漂わせる。

 戸のついた個室シャワーが五つと洗面台、バスタオルが置かれた棚が設けられていた。

 部屋の隅には、プラスチック製の白い脱衣籠が重ねて置かれている。


「着替えの服を持ってくるわ。ごゆっくり~」


 広子はそう言って、シャワー室を後にした。


「早く浴びよう、唯!」

「うん!」


 春音と唯は、服と下着を脱ぎ、脱いだ服と下着を脱衣籠に入れる。


「な、なんだか……恥ずかしいね、唯……」

「う、うん……ほ、ほら!さっさと浴びちゃおう!!」


 一糸まとわぬ姿の二人は、それぞれ個室の中に入り、戸を閉めた。

 温度を調節するバルブの目盛を「38」に合わせ、流水量を調節するバルブを捻る。

 間もなくシャワーヘッドから、人肌より少し高めの温水が流れ始め、二人の頭上に降り注いだ。

 

「んん~気持ちいい~」

 

 無意識のうちに、春音の口から至福に満ちた声が漏れる。

 

「はぁ~生き返る~」


 隣の個室からも、唯の幸福感に満ちた声が聞こえた。

 温水の心地よい温もりによって、溜まっていた不安や疲れが、汗と一緒に洗い流れていく。

 そう感じながら、二人はシャワーを浴び続けた。

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