第九話
斬る
斬る
斬る
目の前の男を、俺を殺した男をっ!
「ふふっ。あはははははっ! ユアンが幸次? なる程な。確かに、似てるもんなあ」
海人は、俺の剣を弾きながら笑う。
嘗めやがって。
勇者だかなんだか知らないが、俺は負けない。
「ゆ、ユアン! お、落ち着け。まずはそこからだ」
フィンが何か言ってる気がする。
しかし今はそれどころじゃない。
目の前の男を倒す──いや、殺さなきゃいけないのだから。
「そうそうさっきの続きだがな。お前を殺した後、そりゃあ焦ったさ。徐々にバレていくんだから」
俺が真剣に殺しにかかってんのに、こいつは笑ってやがる。
「そんな時に、俺は召喚された。つまり、逃げれたわけだ」
くそっ。
くそっ。
くそっ。
なんで当たんないんだ。
「もうホント、感謝の気持ちで埋め尽くされたぜ」
「……はあ、はあ」
ちょこまかと。
……今度こそ。
「海人ぉぉぉ!!!」
「幸次!」
だが誰かが目の前に現れ、邪魔される。
俺の邪魔を──
「──凛?」
目の前には凛が両手を広げ、立ちふさがっていた。
その目には、涙があった。
あの、凛の目に、だ。
「……幸次」
今度は優しく、凛が言った。
……俺の名前。
ああ、そう呼ばれるの、久しぶりだな。
「船で、言い掛けたこと」
普段の凛からは考えられないような表情を、凛はしていた。
無表情にしようとしているが、涙が出るのが抑えられていない。
「私が、ここにいたい、理由」
震えた声。
垂れ下がっている目尻。
「向こうには──幸次はいない!」
俺は海人を殺さなきゃ
「でも幸次は──ここにいる!」
俺は海人を
「だから私は──ここにいたい!」
俺は……
ははっ。
「馬鹿、だな」
俺は確実に、
「冷静さを失っていた」
そして俺は
「──女の子を、泣かせちまった」
この世界を平和にしてみせる!
「あーあ、嫌だ嫌だ。俺の前でそーゆーの、見せつけるな……よっ!」
キィィィン!!
金属音が響く。
海人は俺に切りかかって来たようだが、それは防がれる。
「空気を……読みなされ」
魔力で作られた光る剣を持ったロン殿だ。
「お主、本当に勇者か? 最初から儂は不思議じゃった。なんせ、アリリが気絶する程の闇を持っていたんじゃから」
アリリさん。
海人と出会ったとき、彼女は気絶した。
つまりあれは、闇に敏感な彼女が海人の心の黒さに気付き、気絶する程恐怖した、と言うことか。
「……あら」
海人がそう呟き、一旦下がった。
その手にある聖剣。
それは完全に変化を見せていた。
剣の先から消えていってるのだ。
薄くなり、その存在がなくなろうとしている。
「もう、お主は勇者ではない、と言うことじゃ」
「そういう、ことね」
なのに海人は、余裕の表情だ。
まだ何かあるのか?
流石にこの人数相手に聖剣無しじゃ──
「なら、魔王になる」
「なっ!!」
そう宣言した直後、黒い霧がどこからともなく現れ、海人の身を包んだ。
あの霧……なんで?
それに、魔王、だって?
「ふふっ」
黒い霧から笑い声が聞こえる。
もう海人の姿は見えない。
完全にそれに包まれている。
「成功、だな」
また聞こえてくる。
が、違和感がある。
先程までと、声が……違う。
そしてそれは……魔王ザクロスの、それだった。
「ふはははははっ!」
その笑い声と共に霧は消える。
そしてそこにいたのは
「魔王……ザクロス」
海人の面影は、全くない。
完全に、魔王ザクロスの容姿になっていた。
「馬鹿な奴だ。あのエセ勇者は。自分の意志が残るとでも思っていたのか?」
これはもしかして。
いや、もしかしなくても。
……魔王ザクロスは倒せていなく、その上勇者である海人の力を奪った……?
「……マジかよ」
いや、でも。
ここには──
賢者と呼ばれる、規格外の人がいる
剣術だけなら誰にでも負けない人がいる
魔法に特化した、異世界人がいる
だから
「俺は……負けない!」
その瞬間、空いていた左手に、聖剣が現れた。




