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少女と男が話している。少女は長い髪を茶色に染めており、男は黒スーツに身を包んで、黒いサングラスをかけている。彼は標的のボディーガードだ。
今回の任務内容は、標的の写真を撮るというものだ。標的は「表」では世界トップクラスの大富豪で、滅多に屋敷から出ない老人だ。その老人が今日、孫の誕生日プレゼントを直に選ぶために、屋敷を出るのだ。
私のパートナーは、清楚なお嬢様風に薄水色のワンピースを着こなしている。胸元には煌びやかな宝石のネックレス。
なぜその老人の写真が必要なのかは分からない。私の勝手な憶測では、彼のセキュリティをかいくぐって写真を撮ったことを本人に伝え、こちらの実力を見せしめ、老人を資金源の一つとするのだ。勝手な憶測だが。
ボディーガードは一人だ。何人も護衛がついているものだと思っていたが、それだと逆に目立ってしまうからなのだろう。ボディーガードは、私のパートナーに話しかけられ、律儀に対応をしている。
ここは大手百貨店の地下駐車場だ。今日は臨時に休業日ということになっている。大富豪がそう指図したからだ。
従業員も、おそらく少数しかいない。そんな厳戒態勢の中、迷い込んでしまった令嬢。
老人は、黒い車から出てこようとはしない。アクシデントがあったから当然だ。ワンピースの令嬢をどうにかしない限りは、出てこないだろう。
ボディーガードは無表情に徹している。それに対して、令嬢は微笑み顔だ。
今回の私は、ただ彼女に失態があったときのための予備であって、私に仕事はない。
令嬢は、やっとここがどこだか分かったという風に、一層笑顔を強めた。ボディーガードが指差す出口を、にこやかな表情で眺める。出口へ向かって歩く。
そして。ふいに途中で立ち止まり、思い出したように振り替える。
完璧だ。プラン通りにことは進んでいる。さすがは私のパートナーだ。
彼女は礼をする。感謝の印だ。
礼をしたことで、ネックレスの宝石に隠しこまれている小型カメラが、角度を変え車内を捉えた。カメラが捉える映像は、瞬時に組織に送られる。
「はぁー疲れたー」
「おつかれなさいませ、お嬢様」
「なによ、それ」
彼女がおかしそうに笑う。清楚なワンピースも相まって、彼女の小顔がとても可愛らしく照っていた。
帰りの電車の中での会話。座席に腰掛けて、私と彼女は手を繋いでいた。
「あ、そうだ。こないだの宿題なんだけど、貸してくれる?」
「またかよ。もう受験生なんだからいい加減自分でしろよな」
「いやほら、ぼくはお嬢様なんだし」
胸元のネックレスを見せ付ける。いや、それはどうせ組織に返すのだから、お嬢様の証にはならないのだが。
窓の景色は移り変わる。この前新しく買った腕時計が、私たちの声で掻き消されながらも、時間を刻んでいった。




