〇八五
外はやはり冷たかった。暖房のない家屋が、なぜ寒くないのか疑問に思うほど。山頂までの道は、昔作られたらしい人工物により、無茶なことをしない限り一方通行だ。私は家屋が見えないところの、木でできた橋――人の通れそうにない緑に架かる橋――の真ん中で立つ。そして待つ。
太陽は沈んでいた。いつの間にそんな時間が経ったのか。五日という経過日数も、なんだか自信がなくなってしまう。
「朗報があるネ」
二分ほど対峙してから、ニルはそう言った。
「きみのティーチャー……担任の体を実験体に使ったネ。すると分かったネ。あの毒は、死体には作用しないネ。死体が蘇ることはなかったネ。だから、きみも、一度死ねば、もう生き返ることもないネ」
「……その一度が、できないんじゃないか」
家屋のことを想起する。ここで待つ前に、もしものときのために、仕掛けを施しておいた。家屋にあった戸棚に糞尿を入れ、戸棚の周囲の糸を踏めば、戸棚が前に傾くようにしたのだ。彼女に近づいたら踏んでしまうところに糸を仕掛けて。糸は私の服から取り出し、糞尿は、紫の花畑にある、獣たちのを使った。できればナイフなどがあればよかったのだが、皿を割っておくことで、どうにかナイフの代用にした。……結局ニルは私の前に現れたが。
「いやいや。それができるネ」
ニルは言う。大仰そうに手を広げて。
「回復は、生きた細胞が残ることで起こる現象ネ。だから、きみの全ての細胞を、一瞬の一まとめで殺せば、一億分の一秒だけでも、きみは死体になれるネ」
風が吹く。橋が軋む。
「体の頭から足まで全部を、全く同じ瞬間に殺す――そんなことができるのか」
反芻するように、私は頭でそれを確認しながら、そう問い返した。
「できるネ。そりゃあ、一回ではできないネ。何度も何度も、きみをミキサーにかけるネ。きみの体は回復するけど、それと同時に、ミキサーがきみの細胞を殺すネ。ミキサーの速さが、きみの回復力を上回れば、きみは一瞬だけでも死体になれるネ。そうすれば、もう回復しないネ」
「……」
ありえる話だった。
「取り引きするネ」