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〇八三

 彼女は言葉を続けなかった。過去の自分を悼むように、目を瞑る。

 がたがたとドアが揺れる。されど風には、ドアを打ち破るほどの力はない。台風でもあれば別だが、山の風は、速いこそあれ冷たいだけで、強くはない。

「スキだった、のに」

 目を瞑ったまま、彼女は言葉を拾い始めた。目元でなにかが煌いていた。ダイヤのような、灯火(ともしび)のような。

「きみはぼくのこと、スキじゃなかった」

 薄暗くとも、表情が見えてしまうのでは、暗闇失格である。いや、薄暗さと暗闇というのは、似て非なるものなのだろうが。私には見えてしまった。彼女は目を瞑っているから見えないだろうが、私には……彼女の微笑みが。

 なるほど、これが健全な、私が求めていた高校二年生の在りかたなのだろう。「裏」と関わることがなければ、きっと私が歩んでいた人生。

「今はね、まだきみのことスキになってる……そんな自分(ぼく)がキライなんだ」

 なぜなのか。「裏」は「表」と向き合えない。好きになることに、なんの問題があるというのだ。なにがもどかしいのだろう。なにが悲しいのだろう。なにが嫌なのだろう。なにが怖いのだろう。なにが泣かせるのだろう。なにが嬉しいのだろう。なにが笑わせるのだろう。なにが感動させるのだろう。なにが煩わしいのだろう。なにが鬱陶しいのだろう。なにが好きにさせるのだろう。なにが――私を、こんなにも揺さぶるのだろう。

 倒れていたところを、偶然見かけただけの少女が、ただ宿題の貸し借りだけの間柄であった友達が、なにを言っているんだ。そんなこと言ったとこで私はこれっぽっちも信じないし、まさか涙を流すわけもないじゃないか。

 こんな、こんなものを涙だとは認めない。今私の目尻を、耳へ向かって流れ落ちているアルカリ性の液体を、まさか涙だと思う人はいないだろう。こんな、こんな言葉でまさか。私が、今頃になって悔やむわけがないじゃないか。あのとき、中学三年生のときに、あんな森に寝転んでいなければよかっただなんて、まさか。

 もう彼女に触れることも憚れた。「裏」と「表」は触れ合えないのだ。

 向き合うように、私たちは寝転がっている。きっと二人の間には、なにか線のようなものが引かれていて、きっとこの状態は、無理に折り曲げられた紙。本来向き合うことのできない「裏」と「表」が、特殊な折り方で向き合っている。本来ありえないはずのイレギュラー。されどちょっと考えてみれば、赤ん坊でもできるような折り方。

 だから私は、もっと早く気付くべきだった。私が組織に関わったのは、この配慮ない折り方のせいなのだと。そして今、また同じことが、彼女に作用しているということを。

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