〇八二
彼女は、食事前のお祈りをすることもなく、赤い木の実を咥えた。確かめるように、じわじわと噛み千切っていく。
思ったよりも、食べられるものは多かった。開発不要地域であっても、観光地と化した山であっても、蜂が蜜を吸い花粉を運ぶというような原理は、変わらないようだ。
たくさんの時間をかけて、たくさんの果実を彼女は食べた。私はそれをただ眺める。人が食事を摂る姿というものは、案外美しいものだった。
ちまちまとなくなっていく果実が、善悪の知恵を与えるということもない。まだいくつかの果実を前にして、彼女は、怠惰を貪るように、ばたんと横になってしまった。帰宅して疲労に身を任せてベッドに潜れ込む少女。皮肉にも、彼女はもう、なにも考えていないのかもしれない。食事をして、寝る。そんな日常が、勝手気ままに蘇ってでもいるのだろう。
私も真似するように、彼女と向き合う形で横になった。
「……これからどうなるの、ぼく」
私への問いかけというよりも、自分への問いかけというよりも、それはただの独り言であるようだった。でも律儀に、声を発したくなった私は答えた。
「きっと、助かる。私が助けてみせるさ」
彼女の虚ろな目に、横髪がかかる。
「ぼく、きみのことがスキだった」
その言葉もまた、空気を漂わせているだけで。
薄暗い家屋の中。されど、二組の目は、しっかりと視界を形成できていた。少なくとも私の視界はそうだった。彼女の顔は小さくて、というよりも体が小さくて、いかにも高校二年生を全うしていそうな、茶色く染まったボブカットがよく似合っていた。
「きみから宿題を借りるために、いつも宿題はサボってた」
空気を漂う言葉たち。
ほら、意味があった。いつも、宿題を貸すとき、きっと意味があるんだろうなと思っていた。私が宿題をするのと同じように、しないことにも、きっと意味があるのだと。そして、あった。
「だから、きみに恋人ができたとき、その恋人がぼくじゃなかったこと、とても悲しかった」
あえて、今はもういない女子高生を名指しすることなく、彼女はただ「恋人」と言う。それが誰であったかなど、彼女にとっては関係のないことで。
何度目かの風が吹いた。その程度では、彼女の「でもね……」は掻き消えない。




