〇八一
山頂の風は冷たかった。身を切るような冷たさではなく、包み込まれてしまうような冷たさなのだ。霜風呂に入ったというか。
太陽は見えない。もう夜は明けているはずだが、ここは霧が濃い。
考えた末、私が一人で屋外に出ることにした。お互い、独りになるのは考え物だったが、それよりも食料が先決だ。……それが逆になる可能性も、少なからずありはするのだが。
それに、おそらく今こちらに向かっているであろうニルのことも、どうにかせねばならないのであった。あの黒人と、茶髪の彼女とを顔合わせさせてはいけない。
まだ問題はある。それらは、ほどなくしてやってきた。
山頂の家屋からは離れたところ、そこに花畑がある。一面に紫の――私の瞳と同じ色の――花が並んでいる。いつのまにやら繁殖して、絶滅する兆しは見えない。
いつの間にか私の腹が抉れていた。空腹のときに腹が鳴るように、腸が悲鳴を上げていた。渦潮を巻くように、螺旋階段を駆け巡るように、陳腐な血液が溢れ出てきた。
もちろんそれは獣の仕業だった。猫がねこじゃらしを相手取るときにとるような、いわゆる猫パンチとやらで、私の腹に穴を開けた。いつか首を飛ばしたときも、こんなありきたりな方法をとっていた。どうせ、獣たちにはその程度の攻撃威力で十分なのだ。長期戦ならいっそのこと。
だが私は、獣たちと長期戦をするつもりなどない。戦うつもりもない。
私は食料を探しに来たのだ。
ここには紫の花しかない。これを彼女に食べさせるわけにはいかないので、ここには用などない。
私は腹を押さえながら、そこを後にする。獣たちは、執拗に追ってきたりはしない。私の腹に穴が開いたのも、私が少々花畑――彼らの縄張りに近づきすぎたからだ。こちらから危害を与えないのであれば、あちらはなにもしてはこない。動物は本来、無駄な行動はしない。獲物を追うのは、空腹を感じてからである。
その花畑は、花の香りよりも、獣の糞尿の臭いのほうが目立っていた。だが私の見解からすれば、それは汚点を隠しているようでもあった。汚らわしき花を、獣たちが隠しているのだ。こんなもの、とうてい他人様には見せられないと。
こちらも、そんな花は願い下げだ。
麓付近まで、ゆっくりと歩いた。家屋には腹を空かしている少女がいるので、そう悠長ともしていられないのだが。
食べられそうな木の実やキノコを見つけ、毒見する。私は死んだりしないが、一応として、毒があったならそれ相応の反応が出るはずだ。