表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/100

〇七九

 風がドアを叩いた。少女がひっと身を強張らせる。

 ここにいる限り、安全だ。そう私は彼女に言い聞かせる。

 ここは暗い家の中。誰もいない家の中。されど二人は家の中。

 またドアが叩かれた。風よりも強く、確固たる物体を持って――また来た。

 私は彼女の肩を寄せた。小刻みに震える肩が、私の腕に収まる。怖いのだ。ドアの外が怖いのだ。私と違って、彼女の命は一度きりなのだから。

 ふいに、馬鹿に機械的な、雰囲気を壊してしまうような音が鳴り響いた。彼女の胸からだった。

 ボタンを複数一気に押しているような、合成音のようなもの。彼女がじっとしたままにしているので、私は断りを呟いてから、彼女の胸を触った。やわらかい感触が、私の手を支配する。その中に、硬い箱状のものがひとつ。

 携帯電話だった。電源は切れているはずの携帯電話だった。

 彼女が、震える手で私を抱きしめてきた。震える指先が、私の背を撫でる。

 私も、彼女も、体温が欲しかった。人肌が恋しかった。彼女ほどにないにしても、私は怖かった。自分よりもずっと大きな力が怖かった。

 私たちは抱きしめ合った。独りではないことを確かめるように。

 ずっと、ずっと抱きしめた。それは高校生の恋愛とは全く関連性がなく、いわば、人類愛というものだった。生きている人。互いに支えあう人。

 携帯電話は、無神経にも鳴り続ける。

 ドアの外は、怖いぐらいに静かになっていた。風も止んでいる。

 携帯電話は鳴り続ける。

 まるで頭を洗脳していくかのように、一定のリズムが、流れる。音は壁を撥ねることはなく、じんわりと、家屋全体に染み渡っているようだ。

 生きないといけない。そう思った。彼女は生きないといけないと。

 もう丸一日、なにも口に入れていなかった。このままでは、彼女は飢え死にしてしまう。

 図々しくも、携帯電話は鳴り続けていた。

 私は彼女の胸ポケットから、それをとった。彼女が私に顔をうずめる。

 携帯電話の液晶画面を、指でなぞる。するとサングラスの黒人の顔が映った。

『ハーイ』

 陽気な声で、ニルは笑う。

『今、そっちに向かうネ』

 私は携帯電話を壁へ投げつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ