〇七四
それは、どういう意味なのだろう。
白い空間を空気が泳ぐ。私にはそれが見えなかったが、なんとなく。
「きみは、人体実験遂行部の頭に毒粉を飲まされたね」
また、医師は薄い記憶を揺さぶる。
覚えている。薙ぎ倒されたとき、AF-117が破壊されたとき、私は毒の粉を飲まされた。結局どんな意図によるものなのか分からなかったが……。
「それは、鳥取のダイセンという山から採取した種を原料にしている」
それを聞いた途端、胸がずきりと痛んだ。心臓のある左側ではなく、右側の奥まった、肺よりも奥のなにかが。
「さすがに、覚えがあるだろう」
私の記憶を掻き乱すように、彼は言う。依然として、前かがみになっている。
「その種は、きみが採取したものだ。つい二ヶ月ほど前にね」
AF-117から、最初の報酬を受け取った仕事だ。忘れているわけがない。
あの粉は、私が採取した種が原料になっていたのだ。
……だとして、それでどうなるのだろう。
「きみは、ダイセンでなにか、変わった体験をしなかったか」
彼の「大山」の発音は、どことなくぎこちない。いや、もしかしたら、彼の発音こそが本来の発音なのかもしれない。私がそこへ赴いたときには、既にその山は、人の踏み入れない山となっていたのだから。
名があることさえ憚れるような山なのに。
「死なない……獣」
私は言う。先ほどの彼の言葉は、返答のいらない質問だったのかもしれないが。
「そうだ。いくら殺しても死なない獣。いくら砕いても元に戻る獣」
彼は、ずっと白衣のポケットに入れたままだった手を、出した。その手は、小さな、四角い鏡を掴んでいる。
それを、私に向ける。必然的に、鏡に私の顔が映し出される。
整った顔とは言いがたい。鼻は高くも低くもないが、口がどうも、バランスにそぐわない形をしている。小さいころは、これがコンプレックスだった。今でもたまに、気にしてしまうことがある。この口の形を気に入ってくれる人も、少ないがいてくれので、コンプレックスという言葉はもう似合わないのだが。
ただ――ひとつ、いやふたつ。
私の両の瞳は、紫色に染まっていた。