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〇七三

「起きたようだね」

 白衣を着た医師が、片手を白衣のポケットに入れたまま、ベッドに近づく。眼鏡をかけている。

「ちょっと、込み入った話があるんだ。すまないが、少し席をはずしてくれるかな」

 きびきびとしてはいるが棘はない。そんな声で、医師は茶髪の彼女に言った。棘がないといっても、その声は、薔薇のように美しいというわけでもない。

 彼女は素直に白い空間を出て行った。カーテンが彼女を吸い込む。

 彼女が完全に向こう側へ行って、しばらく時間が経ってから、医師は先ほどまで彼女が座っていた円椅子に腰掛けた。そして私に言う。問う。

「私を、覚えているかい?」

 膝に腕を乗せ、上半身を傾けるようにして、医師は眼鏡を光らせる。体の内側から、細かい糸で突かれているような声だった。

 どことなく、病院独特のにおいが流れている。

 カーテンの向こう側から、病院独特の、喧騒らしからぬ雑音が届いていた。

 私は静かに首を振る。ここがどこの病院だか分からないが、おそらく、私はここへ来たことはないはずだ。

「あの、すいません。南公園はどこにありますか」

 医師が、ふと拍子もないことを言った。口調も、今までと違って、芯が細い。

 私が、分からないという風に医師を眺めていると、冷静な顔で、医師は私を見つめ返してきた。

毒粉(どく)の件のとき、駅できみにメッセージを渡した者だ」

「あ、そうかあのときの」

 偽の母親が私の家に来る前に、私が受けた仕事。後にそれが実験であったと分かったが、そのときの話では、毒の粉をある人に渡すという内容であった。その渡し先を私に伝えるための――後に違うと分かったが――メッセージを渡す男、それが彼であったのだ。そうだ、そのとき私は確かに、ハンカチを拾って、眼鏡の男から紙切れを受け取った。そのメッセージは結局、労いの言葉だったが。

「ようやく思い出してくれたね。記憶力がいいと聞いていたものだから、てっきりすぐに気付いてくれると思ったのだけどね」

 私は上半身を起こそうとした。特に痛みは感じない。

「いや、そのまま、横になっていなさい。本当なら、まだ安静にしていないといけないから」

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