〇七二
気付くと私はベッドに横たわっていた。
「起きた」
そう声が届くと同時に、視界に顔らしきものが入ってきた。靄がかかったように、視界はまだぼんやりとしていた。霧が晴れていくように、次第に顔ははっきりとしてくる。
見覚えのある顔だった。いや、すぐに誰だか分かった。私の、友達だ。
私の常連である、宿題の。女のくせに「ぼく」を使うやつ。
ここはどうやら、病室であるようだ。個室ではなく、両隣のベッドと、白いカーテンで隔てられている。
彼女の茶髪が目に入る。比喩ではなく、それくらい彼女は顔を近づけていたのだ。
「学校来ないから、心配してた」
引っ込めるように顔を戻して、円椅子に腰を落ち着かせてから、彼女はそう言う。顔は私に向けず、よそを向いていた。よそを向いてもなにもない。ベッドはカーテンと壁に囲まれて、まるで牢獄のようだ。あるいは、精神病院の個室か。
ベッドの脇に、鉄製の物置があった。そこに、時計がある。正常に動いている時計だ。九時十分だ。
「今日は……何日」
私は彼女に訊く。知り合い、もう二年の仲だから話しかけやすかった。
彼女が即座に今日の日にちを教えてくれた。それと、今が夜の九時であることも。
彼女は挽磨高校の制服を着ていた。下校途中に、川岸で倒れている私を見つけたのだそうだ。救急車を呼んでくれたそうだ。
「今日ね、綾川先生が学校に来なかったの。連絡もなしに。それに、きみも、きみの恋人も、無断で学校に来なかった。でも、先生の荷物も、きみのカバンも、なぜか学校にあったんだ」
よそを向いたままで、彼女は言う。今日学校であったこと、私が電車に揺られているときのことを。
「それに、講堂にたくさんの血が……あの準備室に血がついていて」
「それを見たのか」
彼女はこくんと頷く。よそを向いたまま。
白いカーテンを背景に、彼女の黒い上着は、目立っていた。そして茶色く染めた髪も。
「なにがあったの」
泣き入るような声で、それでもよそを向いたまま、彼女は訊く。
医師がカーテンを開けた。