〇七一
石が痛かった。
びしょ濡れの服が重い。たくさん川水を吐いた。食べ物を戻すときとは違って、喉が焼けたりはしない。ただどばどばと、排水をしていた。私は仰向けになっているので、口から出てきた水は、そのまま首を濡らす。
――死ねなかった。また死ねなかった。
まったく、なぜ死ねないのだろう。
考えてみればそうだ。老婆にめった刺しにされても、私は死んではいなかった。もしかしたら幻想だったのかもしれないが、目も正常に機能している。くり抜かれた様子など、とんとない。
空を見上げる。ただの空だ。別にここが異世界で、私が不死身の体になっているとか、そんな非現実的なわけではない。だったら私は、なぜ死なない。なぜ体が治癒する。
もしかしたら、本当はここは異世界なのではないだろうか。私がそれに気付いていないだけで。ここは、天国や地獄などという、「情報体」の作用を超える空間なのではないだろうか。私は死んだのか。
それとももしかしたら、本当に私は、不死身の体になったのかもしれな――
脳裏に、あの光景が目に浮かんだ。
新しいものと古いものがあるのなら、新しいものを選べばいいというのに。私の脳裏に蘇ったその光景は、古いほうのものだった。
死なない獣。
大山に潜む獣。
瞳が紫色の獣。
再生する獣。
「……まさかな」
もう吐き出すものはなにもないというほどに水を出して、私は、ずっと空を眺めていた。今が何時なのか、それ以前に、今日が何月何日なのか分からなかった。
雲が泳ぐ。まるで水槽に棲む魚のようだ。
川岸の石が痛い。頭を小突く。
叫び声がした。足音がする。誰かが近づいてきていた。
「……くん?」
よく聞こえなかったが、おそらくそれは私の名前なのだろう。久々に名前で呼ばれた気がする。可愛らしい女子の声だ。
なんだか心地が良い。私は目を閉じて、曖昧な思考を断った。