〇六九
彼女はまた「命中」と呟いた。黒いボブカットが、ライフルの振動で微かに揺れる。
「『裏』にも『表』のような、社会がある。階級がある。ルールがある」
男がそう言った。だがすぐにまた、弁は彼女が執っていく。
「そして『裏』にも『組織』があるのよ。体の組織ではなくて、団体という意味の『組織』。『組織』は『表』に気付かれないまま、『表』の手助けをするのよ」
膜の中でも、気温に変わりはなかった。そういえば銃声も聞こえるのだから、この膜が防ぐのは、物理的な衝撃のみということになる。毒ガスでも流されたらおしまいだ。
「私たちは、『反組織団体』の人間なのよ」
聞く言葉自体は、百科事典にでも載っていそうな言葉だ。だが今になって、この意味不明さが分かってきた。組織があって、反組織団体があって……。表? 裏?
それでも彼女は語り続ける。
「『裏』にだって人情というものがある。だから賛成意見や反対意見もあるのよ。『組織』に反対する団体、それが『反組織団体』。私たちは、そこの人間なのよ」
「だからこうして、争っている」
男が口をやっとのことで挟んだ。どうもこの男は、会話が不得手なようだ。
「『裏』を知ってしまったのだから、君も、もう『表』へは戻れない。無知の『表』には」
意味深なのか短絡的なのか。男が続けてそう言う。真っ黒い服は、光をも吸い込むブラックホールのようだ。
「君の命は保障しよう」
やっと、意味の分かる台詞を男は言った。
だが、意味の分かる言葉はそれだけだった。男が言う。
「君は今日から、『反組織団体』の人間だ」
銃声が響いた。膜の内側からではなく、外側から。膜はそれを受け止める。
だが、膜が消えた。
「相殺か」
男が冷静にそう呟く。
「離脱」
女が呟く。するとたちまち、僕たちの体は薄くなり、ついには見えなくなってしまった。
――気付くとそこは森ではなかった。
だが、見覚えはある。
そうだ、ここは森の奥にある広間だ。
辺りを見渡す。なにもない。ただ足元に、二つの屍が横たわっているだけだ。